愛と呼べるかもしれない境界線の狂気

カムラ(仮村)

主張する生命

「決めた!俺は夏までに彼女を作る!」
 がやがやと騒がしく会話しながら、酒を喉へと運ぶ人々の視線を一度に集めてしまいそうなほど、大きな声で拓人は叫んだ。僕ら三人の中でもずば抜けて成績のよかった彼は、一流大学に進学後、一流企業に就職していた。
「うるせー!」
 顔をくしゃっと潰して笑いながら、直也が突っ込みを入れる。そして拓人に対抗するように、さらに壮大な目標を掲げた。
「じゃあ俺は今年中に会社やめてサーファーになるわ。」
「いや、会社はやめるなよ公務員。」
 直也の突拍子も無い発言についつい僕も突っ込みを入れる。直也も拓人ほどではないものの、なんだかんだで上手いこと世を渡り、某県の県庁で働いていた。
「あー、俺も会社やめてーわ。毎日残業ばっかりでさすがに無いっつーの!」
 [会社をやめる]というワードに拓人が食いつく。
「まあまあ、今会社やめたって行く所なんてないでしょ。」
「拓人の会社はいいじゃん、ネームバリューあるし。三十才くらいで結構稼げるでしょ。」
「三十まで耐えられる気がしないわ。そこから伸びるかどうかは運次第だし。つーか、恭介だって残業多い会社だろ?嫌にならねーの?」
「んー、残業は確かに多いけど、のんびりしてる職場だからなー。必要なときは早く帰れるし。」
「ずりーなー。俺なんて残業多くてギスギスした職場だよ。あの監視魔の部長がいる限り俺に安息は訪れないわ。」
「残業無くてのんびりした職場で申し訳ない。」
「やっぱり公務員が一番ずりーわ。」
 そんなたわいも無い会話をしながら、僕は小さな劣等感を感じていた。
「そういえば次の三連休、みんな予定は?」
「俺は暇してる。」
「特に予定は無いかな。」
「じゃーどっか遊びに行こうぜ!恭介んちの車使って!」
「またうちの車かよ!いちいち実家帰るのめんどくせーって!」
「なら恭介は車使って遠出以外に何かいい案あるのかよ。」
「いや、別に無いけど。」
「じゃー遠出しかない。俺草津温泉生きたい!」
「この時期に温泉かよ!」
「いや、まだ楽しめる!本格的な夏前なら楽しめる!」
「俺はいっそ海に行くのもあり!」
「まだ入れないだろ。」
「あえて!予行演習しないと!」
「何の予行演習だよ!」

 こうして一通りの盛り上がり方をして、僕らは終電を待たずに解散した。帰り道一人になった僕は、膨らんだ劣等感について考えていた。
「二人は主張が強くていいなあ。」
 僕には、やりたいことや目標が漠然として無い。これは今に始まったことじゃない。ずっと昔から、自分という人間はこうだった気がするし、成長するにしたがってその傾向が強くなった気もする。
 生きているうちに、様々な前例を見て、主張することが悪いことのように、主張せず現状に甘んじるほうが利口なことのように思ってしまっている。
 やりたいことに満ち溢れている二人が、生き生きとして見えているのだから、きっと僕はその反対に、活力無く見えているのだろうと考えてしまう。
 きっとただ呆然と生きることをこなしてしまっているのだろう。だから、僕が本当の意味で生きるためには、目標を掲げる必要があるのだろうが、今の僕にはその意志が一向に沸き出でてくれないのだった。


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