愛と呼べるかもしれない境界線の狂気

カムラ(仮村)

飛べない小鳥

 遠くの空で生まれた水蒸気が寄り集まって、山のむこうで雲になった。雲は風と戯れ遊びながら、気が付けば長く伸ばした体の頭の先と足の先が、こんなにも離れてしまったと笑っている。そんな間抜けな雲の姿を、地上に真っ黒な影として投影するほど、垂直で強い日差しが深緑を湛えた草木に降り注いでいた。
 少女は、目に刺さるほどに光を反射する、真っ白なワンピースの裾をはためかせながら、細い足で器用に跳ねる様に走り出した。
「ひばり、待ちなさい。」
 彼女に次いで道を歩いてきた父は、少女を嗜めるように声を発した。少女は足を止め、父の方を振り向くが、その視線はすぐにそれてしまう。
「見て!鳥!」
 どこまでも青く続く空を、切り取るように視界の端には深い山々が連なる。その山々を右へ左へ、縫い付けるかのように小さな鳥が、忙しなく飛び回っていた。小鳥が羽ばたくたび、向きを変えるたびに、ピーヨピーヨと鳴く声が、はるか彼方の山々に反射して空間を支配していた。
「綺麗な声だね。」
 少女は彼女に追いついた父の眼を真直ぐ見ながら言った。その眼には空が映り込んで、空の青さに比例するように瞳の黒が深かった。
「飛びながら歌っているからだ。」
「そうなの?」
「地面に足を付けたままでは、あれほど自由に歌うことは出来ないさ。」
 少女は途端に下を向いて、両手で裾を握りこんで黙ってしまった。
「どうした?」
 父は、急な娘の変化に戸惑って声を掛ける。
「あのね。」
「うん。」
「私、大きくなったら歌手になりたいの。」
「それは知らなかった。」
「でも、私飛べもしないのに、あの鳥さんより上手く歌える気がしないわ。」
 父は娘の切な思いを正面に受け止めるには、あまりにも力なかった。
「大丈夫さ。お前なら出来るさ。鳥のようには行かなくても、お前のやり方でやればいい。」
「私のやり方?」
「そうさ。生き方には色々あるんだ。行き先は同じでも、行き方には色々あるだろう?」
 少女は、首をかしげて父親を見た。父親はその瞳を真直ぐ見れず。苦し紛れで少女の髪を撫でるのだった。
「汗を沢山かいてるじゃないか。早く風呂に入ろうな。」
 少女はおとなしく父親に従った。父は少女を連れながら、その小さな胸に抱く夢の行方に心を痛めていた。
 
 夏の日差しが、ゆらゆらと地面に陽炎をともして、遠く歩いて帰る親子の姿を隠してしまった。木の葉と砂を巻き上げて強く吹いた一陣の風、山の上にそびえる巨大な入道雲、やがて来る夕立の気配

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