愛と呼べるかもしれない境界線の狂気

カムラ(仮村)

林檎

「神様はどうしてリンゴを罪の果実にしたのかな?」
 彼女はそう言いながら、病室の椅子に腰掛けながらリンゴの皮を器用に螺旋状に剥いていた。丁度西に傾いて光を弱めた太陽に、染められた空と同じ色をした熟れた果実は、彼女の指に芳香な汁を滴らしていた。
「それは、人間は本能的にリンゴを求めているからだよ。」
 僕は濡れ光る彼女の手に魅入られながら、きわめて理性的に振舞って答えた。
「どういうこと?」
「欲望といった方がいいかも知れない。欲望のままに求めて行動してはいけないと教えているんだろう。」
「それ本当?本当に教会ではそう教えているの?」
 彼女の発声の振動で、綺麗に連なっていた螺旋が落ちてしまった。皿の上で捻じれてのたうつ螺旋は、蛇のように思えた。
「君は、僕にとっては蛇かな?」
「マリア様じゃないの?」
「もし本当のマリア様なら、少なくともこうして僕の病室で、貞淑な振りをしてリンゴを剥いたりしないさ。」
 取り留めの無い会話だ。病室に差し込んでいた光が弱くなった。空に湧いた雲が、カーテンの様に太陽を遮っていた。
「暗いな。電気を付けてくれ。」
「いいじゃない。このままで。」
「病人の頼みだぞ。聞いてくれよ。」
「あなた、病気になってからとても意地悪よ?」
 そんな悪態をつきながら、慣れた手つきでリンゴを切り分けている。その熟した味に想いを馳せる。
「はい、どうぞ。」
 彼女はフォークに刺したリンゴを一切れ、僕に差し出してきた。フォークは自分で手にしたまま、僕に食べさせようというのだろう。
 僕は、口を開いてリンゴを迎えにいく。リンゴに噛り付くという瞬間に、それは僕の口から離れていった。素早くリンゴを取り上げた彼女は、それを自分でひと口ほお張った。悪女の如く挑発的な笑みを浮かべて僕を見る彼女、その口から淫乱な蜜が溢れて垂れていた。
 次の瞬間、僕は彼女を抱き寄せ、唇を奪った。むせ返るような罪の味だ。だが今は、僕が感じるこの劣情の方が重要に思えていた。
 ああ、この罪・・・・・・この罪だ・・・・

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