草食系男子が肉食系女子に食べられるまで

Joker0808

第12章 後編23 草食系とお嬢様



「はぁ~、やっぱり倉前さんすごいです!」

「そんな事無いわ。誰だって少し勉強すれば出来るわよ」

雄介が倒れていたのと丁度同じ頃。倉前ともう一人のメイドは、織姫の部屋に向かっていた。

「でも、三島さんもここに来てまだ一週間ですが、覚えが良くて、すごいと思いますよ」

「私なんて、全然ですよ!! 倉前さんは凄いです。私より年下なのに……」

三島咲は、以前やっていた携帯ショップの店員をとある理由で退職し、今はこの星宮の家のメイドとして働いていた。元々、物覚えは良い方だと自負していた三島だったが、そんな彼女以上に、仕事が出来て物覚えの良いメイドがいた。
今も、突然水道水が出なくなってしまったトラブルを、そのメイドさんがいとも簡単に直してしまったのだ。

「それよりも、なんで私までお嬢様のお部屋に?」

「三島さんには、今度から私と一緒に、お嬢様のお世話をしていただこうと思っていまして、今日は挨拶のようなものです。丁度、お嬢様の大切なお客様も来ているので、一緒に挨拶してしまいましょう」

「そうだったんですか、それにしてもお嬢様の大切なお客様って一体どんな方なんですか? 最近度々来ていますが、なぜかその方が来ると、メイドは全員隠れていてくれ! って旦那様が言うので、見たことすらないんですよ」

「まぁ、その方もお嬢様と一緒で、少し訳アリなんです……」

二人で話しながら廊下を歩いているうちに、織姫の自室についた。しかし、そこで二人は驚き、目を丸くする。部屋の主である織姫が居ないのだ。

「お嬢様?」

「あれ? 居ないですね。トイレでしょうか?」

倉前はそこで考える。先に雄介が部屋に向かったはずなのに、なぜ雄介も居ないのだろうかと。雄介が帰宅するときは、玄関の方で扉の音がするはずなのだが、鳴ってはいなかった。だとすれば、一体二人は何処に行ってしまったんだろう?
そう思っていると、眼鏡を掛けたメイドが倉前と三島の元にやってくる。

「あ、倉前さん、探しましたよ! お嬢様がお客様を追いかけて、部屋から飛び出したかと思ったら、今度はお客様が倒れて大変だったんですから!!」

「お嬢様が!! 今、お嬢様は?」

「客室です。そこにお客様と一緒に居ます」

倉前はその話を聞き、すぐさま客室に向かう。織姫が部屋を飛び出さなければならない何かが起こり、そのなにかのせいで雄介に何かがあったと考えるのが普通だろう。
倉前は駆け足気味に廊下を進む。後ろから美咲も追いかけてくるが、倉前はそんなのお構いなしに客室に向かう。

「お嬢様!」

客室につき、倉前が見たのは笑顔で談笑する織姫と雄介だった。話に夢中でこちらに気が付いていないが、あの織姫が男性と対面で話をしている事に、倉前は驚いた。

「とりあえず、もう少しで学園祭だから、そん時少し来てみろよ。なんだったら、俺が当日は案内してやるし」

「学園祭ですか!! 私はアニメや漫画の世界でしかそんな素敵イベントを知りません! 是非行ってみたいです!!」

「じゃあ、倉前さんと一緒に来いよ。俺のクラスはメイド喫茶やるから。まぁ、倉前さんからしたら、俺らのは遊びにしか見えないだろうけど」

楽しく話をする二人を見て倉前は自然と涙をこぼす。倉前は、メイドの中では最も織姫と親しく、そして長い付き合いだ。だからこそ、知っていた。本当は織姫が外に出て普通の女子高生のように、遊んだり、学校に行きたがっている事を……。

「お嬢様……」

ドアの陰に隠れて、倉前は泣いた。あんなに楽しそうな織姫を見たのは凄く久しぶりで、目がキラキラ輝いて見えた。

「やっと、追いついた……って! なに泣いてんですか!?」

「お嬢様……織姫が……」

倉前は部屋の中を指さし、遅れてきた三島に見るように促す。三島は部屋の中の様子を見て、その感想を倉前に言う。

「なんだか、楽しそうですね……じゃま、しちゃいけない気がします」

三島はそういって、倉前とは反対側のドアに隠れる。
普通の人からしたらどうって事のない事かもしれない、でも織姫からしたら大きな一歩であり、織姫の事を良く知る者からしたら、泣いて喜ぶほどの事なのだ。
倉前は涙を拭う。妹のように思ってきていた織姫の前で、泣き顔なんて見せたくなかった。だから、いつもの和らかな笑顔で倉前は部屋に入る。

「お嬢様」

「あ! 倉前さん。私、学校に行ってみたいです!」

「そうですか、勇気をだしたのですね……」

「はい! これからも色々大変かもしれません……でも、何もしないで閉じこもっているよりも、私は頑張る事にしました!」

「そう……ですか……」

「倉前さん? 何で泣いているんですか?」

倉前は決めていた。もう絶対に織姫の前では泣かないと、織姫の前では笑顔でいようと。でも、今日は駄目だった。織姫の嬉しそうな顔を見るたびに涙があふれてくる。

「うれしいんです……」

「え?」

「貴方から……笑顔を奪ったのは私だから……また……あなたの笑顔を見ることが出来て……」

倉前は涙を流し、笑顔でいう。
11年前、織姫が誘拐された時、傍には倉前がいた。助けなければと思ったが、怖くて体が動かず、倉前は見ている事しかできなかった。
あの時、自分がしっかりしていれば……。倉前はなんどもそう思った。元々責任感の強かった倉前は、織姫の側にいるため、メイドになった。

「良かった……良かった……」

暗い部屋で一人、寂しそうにゲームをする織姫を見るが、倉前は辛かった。でも、今はこんなにも楽しそうな顔を自分に向けてくれる。織姫を抱きしめ、涙を流す倉前。

「相当うれしかったみたいですね」

「えぇ、倉前さんでもあんな顔するのね……」

すっかり蚊帳の外になってしまった雄介と三島は、微笑ましい二人の姿を見ながら、自然と会話を交わす。そして気が付く。

「あれ? よく見たら…あなたは……」

「あ! 彼氏に振られた携帯ショップの店員さん」

「それをいうなぁぁぁぁぁぁ!!」

三島の悲しい叫び声が屋敷中に響く。
もうすぐ学園祭、織姫の社会復帰の手助けになればと、雄介は考えていた。

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