草食系男子が肉食系女子に食べられるまで

Joker0808

第12章 草食系とお嬢様 前編

雄介は自分の部屋に戻り、明日の学校の準備を済ませてベットに寝ころんだ。

「はぁ~、なんか疲れたな~」

今日一日で色々な事がありすぎたと雄介は思い返していた。
みんなでショッピングモールに行き、加山と連絡先を交換して、その後に家族の敵である女を見かけて、家に帰ってみたら紗子が久しぶりに家に帰って来た。

「そういえば、加山はもう寝たかな....」

帰り際に色々あって、加山とは気まずい感じになってしまった事もあり、少し加山の事が気になっていた。
今思い返せば少し冷たいことを言ってしまったのではないかと、雄介は内心思っていた。

「連絡先交換したし、メッセージだけでも送っておく.....」

メッセージだけでも送っておこう。そう思ってスマホを手に取り、電源をつけた瞬間。すごい数の通知メッセージがスマホの画面に映っていた。しかもすべて加山からのものであり、電話が5分に一回とメッセージが3分に一回の割合で来ていた。

「元気そうだな....」

優子の様子がわかるような通知の量に雄介は若干引きつつも自然と笑いがこみ上げてきた。
雄介は机の上の時計を見る。時刻は既に23時を回っていた。今回の事は自分に非があったと、雄介自身反省していた。加山なりに自分の事を思って言ってくれた事に対して、関係ないの一言だけを言い放ち、何も説明しなかったのは冷たかったかと、雄介は思っていた。

「まぁ、明日謝ればいいか.....」

もう加山も寝ている時間だろうと雄介は思い。電話を掛けることをやめ、スマホをテーブルに置き、部屋の電気を消すために立ち上がり、ドア横の照明のスイッチを切った。

「.....あいつ、なんで俺なんかを......」

真っ暗な部屋の中でベットに横になり目を閉じて眠りにつく。しかし、もう少しで眠りに落ちていけそうなところで、スマホから着信を知らせる音が鳴った。

「ん....誰だよ....」

半分眠ってしまっていた雄介は、目をこすりながらスマホを手に取る。画面には加山優子の表記があり、加山からの着信であることが分かった。

「加山か....」

どうやら雄介の予想は大きく外れていたようで、加山はまだ眠っていなかったようだ。雄介は一呼吸置いた後で、電話を取った。

「もしもし....」

『あ。もしもし?雄介?』

一瞬驚いた様子でいた加山。しかし、すぐにいつもの調子に戻っており、雄介は少し安心した。

「あぁ、そうだけど....。どうした?」

『いや....謝ろうと思って....』

「ショッピングモールでの事か?」

『うん....』

「あれは、加山は悪くねーよ。俺がお前に八つ当たりしただけだ。俺こそ....悪かったよ」

『そんな事ないよ!私も無神経に色々聞いちゃって....ごめん....』

加山の声は、いつもの明るい声ではなかった。暗く落ち込んでいるのがわかるくらいに悲しい声だった。

「気になっても無理はないよな....。でも悪い。お前にはまだ話せない」

『やっぱり....まだ知り合って日が浅いから?』

「それもある。でも、それだけじゃ説明できないんだよ....俺の過去は....」

『そっか.....』

雄介の言葉に加山は短く答えた。いつか加山に話すべき時が来るのだろうかと、雄介は心の中で考えていた。

『いつかは話してよ。雄介の事....』

加山は優しい声で雄介にそういう。まるで雄介の心を読んでいるかのようなタイミングに、雄介は少し驚いた。
加山はそのまま続けて雄介に言った。

『そしたら、私がなんで雄介を好きなのか教えてあげる』

実際そのことは雄介の今一番知りたい事の一つでもあった。加山がなぜ自分にこんなに好意を抱いているのか、雄介は加山に告白されたあの日からずっと考えていた。

「お前、それ本当か?」

『本当だよ、雄介が自分の事ちゃんと全部話したら、私も全部話すよ』

加山の声はどこか弾んでいて、心なしかいつもの加山に戻った様子だった。

「簡単には教えてくれないって事か....分かったよ」

『じゃあ決まりだね!』

「あぁ、ちゃんと話せる時が来たら話すよ」

『フフ....。よかった、ちゃんと仲直り出来て。すっごい電話したんだよ~』

「お前は電話しすぎなんだよ。びっくりしたわ」

『だって....早く仲直りしたかったんだもん....』

加山のその一言に、雄介はこれまでにない感覚を覚えた。胸が痛いのとは少し違う、だが胸の辺りに違和感を覚えていた。雄介は胸の辺りを抑えるが、これといって変わった様子はなかった。

(なんだ、この変な気分は.....)

考えるがわからない。今までにない変な気持ちに雄介は若干困惑してしまった。

『雄介?聞いてる?』

「へ?あ、あぁ....悪い悪い。じゃあもう寝るから切るぞ」

『え!もう寝ちゃうの?』

「あぁ、明日は学校だろう?」

『うん、そうだね....。ごめんね、もう少し雄介と話してたかったなって....』

加山のその言葉を聞いた瞬間。またしても雄介は胸の辺りに違和感を覚えた。

(またか....なんだ、この変な感じは....)

消して気持ちの悪いものではないのだが、雄介はこの胸の違和感が気になってしまった。むしろこの感覚を心地良いとまで、雄介は思ってしまっていた。

「明日学校で会えるだろ?じゃあお休み」

『うん!また明日ね!』

雄介は胸の違和感の事もあり、半ば強引に電話を切った。電話を切った後も胸の違和感は若干残っていた。

「なんだ、この変な気分....」

雄介はきっと体調が悪いのであろうと思い、すぐさまベットに寝ころび、目を閉じて眠りについた。

「明日には治ってるだろ....」

雄介はそんなことを考えていたが、これが病気でも体調のせいでもないことにきが付くのはまだまだ先の話だった。

翌朝、雄介はスマホのアラームの音で目が覚めた。目が覚めてすぐに胸の違和感を思い出し、胸の辺りに手を当て異常が無いかを確かめる。

「やっぱり体調の問題か....」

異常が無い事に安心する雄介。いつも通りの朝の支度を済ませ、学校に向かうとこれまたいつも通り、雄介の席の前にはクラスの女子が加山の席の周りに集まっていた。もちろん中心には加山の姿があった。

(相変わらず人気あんだなぁ....)

そんな事を考えながら、雄介は自分の席である、加山の後ろの席に向かおうとした。しかし、席に向かう雄介を通せんぼするように、慎と沙月が雄介の前に現れた。

「おう、おはよう。どうしたんだ?」

雄介は二人に挨拶をすると、二人は揃ってため息をついた。

「なんだよ!人の顔見るなりため息なんて!失礼だろ!」

「失礼なのはお前だ!なんだ、昨日は一人でシリアス感出して帰ったくせに、いつも通りじゃねーかよ」

慎が若干呆れた様子で雄介に説教をする。沙月は慎の横でうんうんと首を縦に振っていた。雄介は昨日の事を思い出し、何も言えずに黙っている事しかできなかった。

「少しは落ち込んでるかと思って、心配した私達の心配を返してほしいわね」

慎に続き沙月も淡々とした口調で雄介に言う。まったくもってその通りです。と雄介は思いながら、何も言えずに二人の説教を聞いていた。

「優子なんか、すごい落ち込んでたし....」

「いや、加山とは昨日の夜ちゃんと話したから大丈夫だと思うんだが....」

「でも、優子を傷つけたのは事実」

「うっ....それは....そうだけど」

沙月の言葉が雄介に重たくのしかかる。今度は慎が沙月の横でうんうんと首を縦に振って、沙月に同意していた。

「いや、まぁ....二人にも大変なご心配をおかけしました」

「太刀川、お前はこんな雄介を許せるか?」

「いやいや、山本君。こんなので許せたら、こんなに怒ってないでしょう?」

「そうだな、という事で雄介....」

慎と沙月は雄介の目の前で腕を組み仁王立ちをすると、雄介に言った。

「放課後になんかおごれ」

「私はパフェで勘弁してあげる」

この二人はこんなに仲が良かっただろうか?そんなことを考えながら、雄介は財布の中身を確認し、二人の要求を泣く泣く了承した。

「お前らそんなに仲良かったか?」

「昨日の買い物で意気投合した!」

「え?そうだったっかしら?」

「え?」

仲が良いのか悪いのか、よくわからない関係だなと思いながら、雄介は二人の横をすり抜けて、自分の席に向かった。

「あ、おはよう雄介」

雄介が席に着くと、加山は後ろを振り返り、雄介の方を向いて雄介に挨拶をした。それと同時に、加山の周り集まっていた他の女子生徒も雄介の方を向く。

「ん、おはよう....」

雄介は自分に向けられている視線の多さに気が付いた。向けられている視線が、良いものにしろ悪いものにしろ、雄介は見られるのがあまり好きではなかったため、カバンを置くとすぐに立ち上がった。

「あれ?どこか行くの?」

雄介の行動の不自然さに気が付いた加山が、雄介を呼び止める。

「トイレだよ」

雄介は、加山の問いに短く答えると、そのまま教室を出て行った。加山には悪いと思ったが、雄介は加山に嘘をつき、あの視線の群れから逃れたかったのだ。
加山が、雄介との関係を教室で暴露してからというもの、雄介は学校中で有名になりつつあった。
あの加山が告白した相手、加山を振った男、など噂の種類は様々だった。今までは噂が飛び交っているだけで、雄介に直接コンタクトを取ってくるような奴はいなかった。しかし、雄介自身に噂の真相を確かめに来るような奴が現れるのは時間の問題だった。

「はぁ~。勘弁してほしいよ、まったく」

雄介は、背中を丸めてため息をつきながら学校をブラついていた。沙月と慎のところに戻ろうかとも考えたのだが、雄介が席を離れた時には、もう既に二人ともどこに消えた後だった。

「何してるかな~、席には戻れないし」

窓の外を眺めながら、雄介は朝のホームルームが始まるまでの20分間をどうやって過ごそうかと考えながら、窓の縁に肘をつく。

「なんで俺が、こんな事で悩まなきゃいけないんだか...」

ぼーっと外の景色を眺めながら、雄介は不満を漏らしていた。すると、雄介の方に近づ居ていく人影が3つあった。

「ねぇねぇ、今村君だよね?」

「え?あぁ、うんそうだけど?」

声をかけてきたのは、違うクラスの女子生徒3人だった。
雄介とその3人の女生徒は面識は無かった。雄介は急に話しかけられた事と、相手が女生徒という事があって、雄介は若干驚き、少し後ろに下がった。

「何かよう?」

声をかけてきた女子生徒に雄介が尋ねると、3人の女生徒は不機嫌そうな顔で雄介の顔を見る。

(面倒くさそうだな.....)

女生徒の顔を見るなり、雄介は決して好意的ではない態度を察し、顔を曇らせる。

「あのさ、優子と付き合ってんの?あんた?」

女生徒の1人が雄介に向かって、きつく言い放つ。言葉だけでなく、目を細めて腕を組み、仁王立ちををしている。

「どこから聞いたか分からないけど、俺とあいつはそんな関係じゃない。ただあいつが付きまとってくるだけだ」

雄介の発言が気に食わなかったのか、女生徒3人は表情を更に曇らせる。

「なにそれ?すっごい上から目線じゃん。じゃあなんで、優子はあんたに御執心なのよ?」

あからさまに敵意をむき出しにして話をしてくる女生徒。どうやら、加山が雄介にベッタリなのが気に食わないようで、雄介に突っかかってきた様子だった。
廊下の真ん中でこんな言い争いをしていれば、当たり前のように目立ってしまう。既に廊下を歩く生徒は、雄介と女生徒3人の言い争いをちらちら見ていた。雄介はその視線がだんだん気になりはじめ、早くこの場から立ち去りたいと思っていた。

「そんな事俺が知る訳無いだろ、加山本人に聞けよ」

「聞いたわよ。でも、納得できなかったのよ!あんたが、なんか優子の弱みでも握ってるんじゃないの?」

初対面にも関わらず、失礼な発言を繰り返す女生徒に雄介は少しイライラしていた。

「そんな事しねーよ。話がそれだけなら俺は教室に戻らせてもらうぞ」

「なんでこんな奴が....」

女生徒たちに背を向けて、雄介は教室に戻っていく。良い時間つぶしになったと考えながら、教室に戻ると、加山の机の周りの人だかりはなくなっており、加山が席に座っているだけだった。

「あ、もどって来たんだ」

「ん、あぁ。お前は珍しく一人か?」

雄介が席に座ると、加山が後ろに振り返り雄介に話しかけてくる。

「珍しくってどういう事よ~」

「お前の周りには常に誰か居るイメージだったからな」

「そうかな?」

加山は首をかしげて、不思議そうに雄介をみる。そんな加山の姿に、雄介はほっとしていた。
昨日の出来事があり、少し話しかけずらいかと思っていたが、加山がいつも通り雄介に接してくるので、雄介は安心していた。

「昨日は、悪かった」

「うん、私もごめんね」

雄介は加山の目を見る事が出来ず、窓の外を見ながら一言謝った。加山は雄介の横顔を見ながら、笑顔で謝罪する。

「まぁ、昨日も言ったけど、そのうち話すから。それまでは」そっとしててくれ」

「うん。待ってるよ~」

いつも通りの加山の様子に雄介は安心し、視線を加山の方に戻す。

「そういえば、あんな時間まで起きてるんだね。もう寝てるかと思ったよ」

「あぁ、昨日は紗子さんが帰って来てたからな」

雄介がそういうと、加山の顔つきが変わった。さっきまでの笑顔とは違い、鋭い目つきで雄介の方を見ていた。

「紗子さんって、誰?」

「誤解すんな、俺の母親だよ。義理だけどな」

加山の表情の変化に気が付いた雄介は、誤解をつくため、紗子が自分の母親であることを告げる。すると加山の表情は元の笑顔をに戻った。

「へぇー!そうなんだ!じゃあ今度挨拶に行かないと!」

「は?なんでそうなんだよ」

「だって、彼氏のお母さんだし...」

「誰が誰の彼氏だって?」

嬉しそうに話を進める加山に、雄介はため息を吐きながら、呆れていた。いつも通りに戻ってもややこしい事には変わりないと雄介は思い、もう一度深くため息をついた。

「雄介のお母さんって何してる人なの?」

「俺も良くは知らないんだが、デザインの仕事をしてるって言ってたな、結構な役職だから忙しいみたいだけど」

昔、雄介は紗子になんの仕事をしているのか、聞いたことがあったのだが、紗子は詳しくは教えてくれなかった。

「そうなんだ、あれ?じゃあお父さんは?」

「あぁ、単身赴任で今は海外に居るんだ」

紗子の夫であり、雄介や里奈の父にあたる人物は、仕事の都合で二年前から海外に単身赴任をしていた。年末年始やお盆などは日本に帰って来るが、それ以外はほぼ海外で仕事をしている。

「そうなんだ。だから雄介とお姉さんは二人で生活してるんだ」

「まぁ、紗子さんが忙しくなったのが最近だから、二人で生活するようになったのも結構最近なんだけどな」

「そうなんだ。じゃあ今日、雄介の家に行っても良い?」

「なんでそうなんだよ!」

「挨拶は早いほうがいいでしょ?彼女として!」

ドヤ顔で主張する加山に、雄介は紗子の事を話すべきではなかったと思った。ただでさえ紗子が帰って来てからというもの、変な誤解をされてしまったり、里奈の機嫌が悪かったりと、今の今村家は色々と面倒だった。
そんな自宅に加山なんかを連れて行ったら、もっと面倒な事になってしまうかもしれない。

「絶対に来るな。今は特に!」

「えー、別に良いじゃん~」

「駄目だ、少なくとも紗子さんが家にいる間は勘弁してくれ」

頬を膨らませて、不満そうな顔をしている加山に、雄介は少し厳しめに言い放つ。それでも加山は諦めきれないのか、何かを考え始めた。

「あ~あー、昨日は傷ついたな~。雄介は帰ってるとき、ずっと機嫌悪いし~」

「なっ!それはさっき謝っただろ...」

昨日の出来事を持ち出され、雄介は痛いところをつかれてしまった。昨日の一件は、確かに雄介自身に非があった。そのことを雄介も認めてしまっている。
つまり、昨日の事を持ち出されては、雄介は立場的に弱くなってしまう。

「あーあー、傷ついたなー。悲しかったなー」

棒読みでわざとらしく言う加山に、雄介は何も言い返せなかった。

「分かったよ、でも直ぐに帰れよ」

「うん、大丈夫だって!直ぐに帰るから!」

満面の笑みを雄介に向ける加山だが、雄介はその笑顔が信用できなかった。この笑顔の裏には、必ず何かあると雄介は知っていたからだ。家に紗子や里奈がいないことを願うしか、今の雄介にはできなかった。

「優子が行くなら私も行くわ」

雄介の後ろから、沙月がいきなり会話に入ってきた。まったく気配を感じなかったため、雄介は驚いて、体をびくつかせてしまった。

「なんだよ、みんなで今日は雄介の家いくのか?じゃあ俺も行くわ」

今度は慎が、沙月の後ろから顔を出して、話に参加してくる。雄介は許可を出していないというのに、雄介以外の三人には何やら盛り上がっている。

「じゃあお菓子買っていこうか!」

「そうだな、茶菓子くらいは持参してやらんと、雄介も気の毒だ」

「私、おいしいケーキ屋知ってるわよ。優子」

「おお!沙月ナイス!手土産を持って行って、雄介のお母さんの好感度を上げるわ!」

雄介が口を挟む間もなく、3人の話はどんどんと盛り上がっていく。流石にこのままではまずいと思った雄介は、3人の会話の中に割って入る。

「おい!俺はまだ良いなんて一言も......」

「昨日の楽しい雰囲気をぶち壊したのは誰だっけかな~」

「うっ......」

慎がうっすらと笑みを浮かべながら雄介に言うと、雄介は言葉を詰まらせた。

「優子を泣かせた...」

「私は泣かされた!」

「そ、それは...」

慎に続いて沙月と加山が口々に雄介に言った。雄介は何も言い返せず、そのまま自宅に三人を招く流れになってしまった。

「よし!決まりだ!じゃあ学校が終わったら雄介の家に行くか!」

「はいはい、わかったわかった......」

雄介は観念し、3人を自宅に招くことにした。一気に自宅に帰るのが憂鬱になってしまった。
授業中、雄介はどうやって紗子や里奈と鉢合わせしないようにするかを考える事で頭がいっぱいになってしまい、授業どころではなかった。
そして、なんの案も思いつか無いまま、放課後になってしまった。

「はぁ~」

「なんだよ、デッカイため息なんてついて、なんかあったか?」

「これからあるんだよ....」

本日最後の授業が終わり、雄介が自分の席で帰りの準備をノロノロとしていると、慎が帰りの支度を済ませて、雄介のもとにやってきた。

「俺の家に来たんだから、今度はお前の家に行ったっていいだろう?」

「どんな理屈だよ、来ても良いけど大人ししてろよ」

「それは俺よりも加山に言うセリフじゃないのか?」

「....それもそうだな」

がっくりと肩を落として、雄介は席から立ち上がり、慎と共に帰宅する。丁度教室を出た時だった。加山がクラスの男子生徒と女子生徒に呼び止められていた。

「なんだあれ?」

慎と雄介は、ドアの陰からその様子をひっそりと眺めていた。すると加山が、引きつった様な顔で申し訳なさそうに口を開いた。

「ごめんね、今日は放課後は先約があって....」

「先約って、この前も、その前も、最近はさっぱり俺たちと遊ばないじゃん」

「また、今村のとこ行くの?あんな冴えないやつのどこが良いのよ?」

どうやら、加山を放課後遊びに誘ったが、断られたようだった。雄介は自分を冴えないやつだと言われたことに多少腹を立てながら、その後の様子を見ていた。

「うーん、確かにさえないかもね~」

笑顔で言う加山に、雄介は更に腹が立ってきた。慎は雄介の横で、笑いをこらえていた。雄介は、そんな慎の足を踏みつけつつ、加山たちの様子を再度見る

「でも、優しくて面白いよ。雄介は」

一呼吸置いて、加山は優し気な笑みを浮かべながらいった。雄介は、よくも恥ずかしげもなく言えるものだと思いながら、見ていた。

「でも、優子さっぱり相手にされてないじゃん。あんな奴の事なんか忘れちゃいなよ!きっと不幸になるよ!」

女生徒の言った一言に雄介は、少しイライラしたものの、実際はそうなのではないかと思いながら、話を聞いていた。

「そうだよ、あんな薄情な奴なんてほっといて、みんなでカラオケ行こうよ」

「そもそも、あいつってホモっていう噂も出てんじゃん、気持ちわりーよ」

クラスでもチャラい感じの男子生徒二人が、加山の左右から笑いながらそういう。加山は少しムッとした表情を見せていたが、当の本人である雄介は、ホモの噂についてのショックの方が大きく、悪口を言われたショックよりもホモ疑惑の方で精神をやられてしまい、ドアの前で膝を抱えて小さくなっていた。

「雄介、あれだ気にすんなって」

「うるせー、ほっといてくれ」

慎が、雄介をショックから立ち直らせようと、励ましの言葉を掛けるが、ショックが大きかったらしく、残念ながら雄介には届かなかった。

「大丈夫、雄介はホモじゃないから。ちゃんと反応もするみたいだし!」

加山は男子生徒二人から距離を置きつつ返答すると、男子生徒は面白くなさそうな顔で、加山を視線で追った。他の生徒達も不服そうな顔で加山を見ていた。

「反応したのか?」

「するか!」

雄介と慎は加山の言葉の方が気になり、回りの生徒の様子をよく見ていなかった。一方の加山は、囲まれてしまい逃げ道がなく、困ってしまっていた。

「あのさ、そろそろ行っても良いかな?」

加山は苦笑いで、取り囲んでいる生徒たちに言うが、生徒達も加山を行かせる様子はない。加山を説得しようと、口々に雄介の事を言う。

「良いじゃん今日くらい、行こうよ」

「そうだよ優子。前みたいにみんなで騒ごうよ」

一斉に言われて、加山は困ってしまう。そんな中、先ほどのチャラい男子生徒が、優子の腕をつかんできた。

「あんなのほっといて、みんなで遊び行こうよ」

「え、ちょっと離してよ」

優子も突然の事で、驚いてしまい、少し口調が強くなってしまった。困っていた加山のもう片方の腕をまたしても誰かがつかんだ。
今度は誰かと、加山はつかまれた腕の方を見ると、つかんでいたのは雄介だった。

「悪いけど、今日はこいつにお詫びしなきゃなんないから」

なんでここに居るのか、加山は不思議だった。それは雄介も同じことだった、自分がなぜこんな事をしているのか、わからなかった。気が付いたら、体が動いていた。そんな表現しか、今の雄介には出てこなかった。
しかし、加山の腕を掴んでいるのと、至近距離に女子生徒が何人もいる状況に、雄介の体調はすごく悪かった。

「雄介....」

加山が頬を赤らめながらつぶやく。雄介の眼は鋭く、怒りをあらわにした表情に、他の生徒たちは圧倒されてしまった。
チャラい男子生徒も雄介の表情に、圧倒され掴んでいた加山の腕を離した。

「さっさと行くぞ。慎と沙月さん待たせてんだから」

「う...うん」

雄介は加山の手を引いてその場を後にする。しかし、そんな雄介たちをその場にいた生徒たちが呼び止める。

「おい、待てよ」

呼び止めたのは、先ほどまで加山の腕を掴んでいた男子生徒だった。少し明るくなっている髪の色やピアスをを開けているのであろう、耳たぶには小さな穴が開いていた。

「何かよう?」

雄介は平然を保ちつつ、声をかけてきた男子生徒に静かに答える。平静を装ってはいるが、雄介の体調は最悪で、今にも倒れ込んでしまいそうな勢いだった。
男子生徒は眉間にしわを寄せ、鋭い目つきで雄介の顔を睨みつけている。

「今は俺らが優子と話してんだ、何横からかっさらって行こうとしてんだよ」

先ほどまでの騒がしい廊下とは違い、男子生徒の声が廊下に響くほど、周りは静まり返っていた。

「約束を最初にしたのは、こっちだ。それに、時間も押してるからな。悪いけど、加山とはまた今度にしてくれ」

「優子を振ったくせに、随分と独占欲が強いじゃねーかよ。その気も無いくせに、優子がかわいそうだと思わねーのかよ!」

大声で怒鳴る男子生徒。きっとこの男子生徒も悪い奴ではないのだろうと、今の言葉で雄介は思った。
雄介が加山を振った事は事実だし、理由もあるが、振った後も加山と雄介は仲良くしている。他から見れば加山が雄介にいいように使われていると思われても仕方がないのかもしれない。

「別に、振ったからって友達として仲良くしちゃいけない訳じゃないだろ?むしろ、振った後にあからさまに避けるほうが失礼だろ」

淡々と答える雄介だが、もうそろそろそんな事も言ってられなくなってきており、限界が近づき始めていた。

「ずっと優子の事を邪険に扱ってきたお前が良く言えたな!」

「そうよ!優子がかわいそうじゃないの!」

「そうだ!このホモ野郎!」

「おい、今ホモ野郎って言ったの誰だ!そいつだけ出てこい!」

男子生徒に続いて、他の生徒も雄介に馬頭を浴びせてくる。
傍から見ていた慎は、「面倒臭い事になってるな~」と思いながら見ていた。そろそろ助けてやるべきかと慎は思い、雄介や加山のもとに足を進めた。

「はいは~い、そこまでそこまで」

慎は雄介に馬頭を浴びせる生徒たちの前に立ちふさがった。慎がやってきた事によって、馬頭はやみ、また廊下は静まり返った。

「君たちの言いたいことはよ~くわかるよ。雄介って最低だよな~、加山の好意に興味すら抱かなかったんだからよ~」

「あぁそうだよ!なんてうらやま...ひどい奴だ!」

「おい、こいついま羨ましいって言おうとしなかったか?」

今までは、ただ加山がクラスの人気者だから、ここまで心配されているのだろうと思っていたが、さっきから雄介に必要以上に絡んでくるこの男子生徒は、どうやらそれだけではないらしい。どうやらこの男子生徒は加山に気があるらしい、雄介はそのことに気が付き、今までの行動も納得がいった。

「まぁまぁ。わかるよ、気持ちはわかるけどよ。多少強引に人の腕を掴んでいいもんかな~?」

「な....そんなん、あいつだって一緒だろ!」

「今は加山が雄介にしがみついてるように見えるけど?」

慎の言う通り、先ほどまでは雄介が加山の手を引いているような感じだったのに、今は加山がちゃっかり雄介の腕にしがみついている。

「加山、少し離れろ」

「え~、良いじゃん。減るもんじゃないし」

「俺の体力が減るんだよ....」

雄介は加山を自分の腕から引きはがした。
慎の一言に、男子生徒は言葉を詰まらせる。慎はそのまま言葉を続ける。

「まぁ、お前らの気持ちはわかるよ。でもさ、加山が誰と仲良くしようが、誰を好きだろうが、お前らにももちろん俺や雄介にも関係のない事だろ?加山が好きで雄介にくっついてるんだから、あんまり外野が騒いでも仕方ないだろ?」

慎の言葉に男子生徒は何も言い返せなくなってしまった。しかし、慎は話をやめない。

「まぁ、あれだ。確かにこいつは女を毛嫌いしているし、ホモなのかもしれない」

「おい、お前は俺を助けに来たのか?それとも貶しに来たのか?」

「でも、加山の好きにさせてやれよ。別にまだ雄介がなんか加山にしたわけでも無いんだし」

雄介の言葉を無視して、慎は話を進める。雄介はそんな慎に、あとで一発殴っておこうと心に決めて、その場はとどまった。

「ま、そんなわけで、今回は加山の好きにさせてやってくれよ」

「それは、そうだけど。あたしたちも優子の事を心配して....」

慎が優しい表情で、この場を収めようとしていたが、一人の女生徒が反論する。その言葉に慎は待ってましたと言わんばかりに良い笑顔で、その女生徒に言い放つ。

「加山を使って、男を集めてる人たちが心配ね~」

「な....なにを根拠に言ってるのよ!失礼ね!」

「根拠?そんなもん多すぎてどれを上げたらいいのか分かんねーよ。例えば...加山をカラオケに連れて行く代わりに、男子生徒から金取ってる事とかかな?」

慎は悪い笑顔を浮かべながら、スマホの写真を女生徒に見せつける。女生徒は、写真を突き付けられ、驚き何も言い返すことが出来なくなっていた。

「そんなことしてる奴らが心配?笑わせんなよ、お前らが心配してるのは加山自身じゃねーよ。加山っていう商品だよ」

慎の言葉は静かな廊下に響いていた。他の生徒達も何事かと集まってきており、慎の言葉をに周囲はざわついていた。
慎はすべて言い終えると、雄介と加山の方を向き、いつもの爽やかな笑顔に戻る。

「じゃあ、お二人さんいきますか!」

「あ...あぁ、なんていうか、サンキュー」

「なんだよ気持ちわりー。ほらほら、さっさと行くぞー」

慎は加山と雄介の背中を押して、その場を後にする。少し歩き、人通りの少ない階段の踊り場まで来たところで、雄介は限界が来てしまった。膝をつき、呼吸を荒げてかがみこんでしまった。

「雄介!大丈夫?」

「まった!加山が近づいちまったら、状態が悪化するかもしれない。ここは俺に任せてくれ」

「う...うん」

雄介の方に近づこうとしている加山を止め、慎は雄介の方に寄り、背中をさする。

「ありがとう、二人とも」

加山が、少し離れたところから、雄介と慎にお礼を言う。暗い表情の加山に最初に声をかけたのは慎だった。

「別に気にしなくていいよ。それに最初に行動したのは雄介だし」

「気に食わんかっただけだ、それに家に行くのが遅れる」

顔を真っ青にしながら言う雄介に、慎はニタニタと笑みを浮かべて雄介の脇を小突いた。

「嘘言え~。加山が心配だったくせに~」

「え!そうなの!!」

「それは無いな」

目を輝かせる加山に雄介は冷たく言い放つ。加山は頬を膨らませて、不満をあらわにし、そんな二人を見て慎は笑っていた。

「そんな事より、あの話ほんとなのか?」

雄介は真剣な顔で慎に尋ねる。

「一部の女子が、加山を餌にして男子生徒から金を巻き上げてる話か?あぁ、ほんとだぜ。加山も知ってただろ?」

「うん、薄々だけどね。でも知ったのは最近なんだ、沙月から言われて」

加山の表情はどこか寂し気で、悲しそうだった。そんあ表情の加山に雄介は、またしても胸に変な痛みを覚える。そこまでの激痛ではないが、確かに胸の辺りが痛かった。

「そんな事してたのか、あいつら...」

「まぁ、俺も気に食わなかったんだけどな、前から。それに雄介の体もかなりやばかったっぽいし」

「お前が持てる理由がわかったよ」

「おぉ、雄介が素直に俺を褒めるなんて珍しいな」

「まぁ。俺は最初の勢いだけで、なんもしてないし」

雄介は、今回ばかりは慎がすごく頼もしく見えたし、すごい奴だとも思えてしまった。あれだけの大勢の前であんな事を言える姿に、雄介は素直に尊敬していた。
それに比べて自分はどうだったかと考えると、雄介は恥ずかしくなってしまった。

「そんなことないよ!雄介もちゃんと助けに来てくれたじゃない!」

加山が雄介にそういうと、それにつづいて慎も口を開く。

「まぁ、お前があそこで加山を助けなかったら、俺だってあんな事できなかったよ」

二人の言葉に、雄介は心が満たされていくのを感じていた。自分の高度を認めてくれる二人の言葉が、自分を素直に褒めてくれる二人の言葉が、雄介はうれしかった。いつもは何かと騒がしい奴らだが、本当は良い友人を持ったのかもしれない。宗雄介は思ったのだが......。

「まぁ、あのままほっといても面白そうだったけどな!」

「雄介が...雄介から私の手を...はぁ...はぁ...」

満面の笑みで、さらっと恐ろしい事を言う慎と、先ほどまで雄介から掴まれていた自分の手を見ながら、妄想の世界に入る加山。
いつも通りの二人の様子に雄介は肩を落とす。

「こいつらに感動した俺がバカだった....」




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