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魔導と迷宮~最強の冒険者は少女を育てるようです~

ノベルバユーザー465165

52話

 はらりと落ちた仮面の奥からは驚きに満ちた顔が現れた。額には若干の切り傷があり、そこから滴り落ちる赤い血が真っ直ぐに顔の表面を縦断していく。そして、それを見つめる少女の青い瞳も大きく見開かれていた。しばらくの間彫像のように動かなかったがようやく事態が呑み込めたのか青年は少女の首筋に当てていた剣を下げる。


「おめでとう。一撃当てられたな」


 優し気に微笑むブラッドの顔を見て、シンシアの瞳からは透明な液体が零れ落ちた。その反応が理解できずブラッドは眉根を寄せる。


「おい、どうした。なんで泣くんだよ」


 少女は左手で涙を拭うように顔をこすり、男の顔を潤んだ瞳で見上げる。


「初めて攻撃が当たってうれしくて……でも、先生の顔が見れたこともうれしくて……なんだか気持ちが溢れてしまって」


 少女は顔に皺をよせ不器用な笑みを浮かべていた。その眩い笑顔に当てられたのかブラッドの口角も自然に上がっていた。男は片手を少女の頭に乗せ、日光に照らされ美しく輝く金髪を優しく撫でる。


「本当に頑張ったな。流石は俺の弟子だ」


 シンシアは僅かに朱に染まった顔を隠すように俯くが、ブラッドの顔を伺うように上目遣いで見上げる。二人の視線が交錯し、まるで時が止まったかのように見つめあう。お互いの瞳には様々な正の感情が映し出され二人はそれにどっぷりと浸ってしまったのだ。


「二人ともそろそろいい?」


 ノインはいつの間にか二人の横に立っており、半眼でその光景を見つめていた。


「すまんな。思わず感傷に浸ってしまった」


 ブラッドは少女の頭から手を下ろす。シンシアの視線が名残惜しそうにその手を見つめるが理性で感情を抑制し、そっと視線を外す。


「それで次はノインと戦う番か」


「そう。次は私の番。にいに私の進化した強さを見せつける」


 ノインは珍しくやる気満々といった様子で薄い胸を張る。腰の黒い双剣を抜き、何時でも戦えるぞとアピールしてくる。おそらく今のシンシアの戦闘に当てられ、自分も早く力を示したくなったのだろう。


(やはり同年代の好敵手がいるとお互いがお互いを刺激し合うようだな。ユニ様がノインをこちらに寄こしたのは正解だったということか)


 ブラッドは当主の先見性に改めて感心し、感謝した。最初は気まぐれのような感情から始まった師弟関係であったが今やその実力を伸ばすために仕事の方を利用するほどになっている。もしかしたらブラッドはシンシアに恵まれない環境にいた同情や折角の才能が埋もれるのを勿体なく思う気持ち以上の何かを抱いているのかもしれない。


 ブラッドが思考の海に浸っていると痺れを切らしたノインが自分の影を男の方へ伸ばそうとした時、シンシアが二人の間に割って入る。


「ちゃっとだけ待ってノイン。私まだ先生に話したいことがあるの」


 少し不機嫌そうな表情を浮かべたが了承したのか持っていた双剣を鞘に仕舞う。


「ありがとう、ノイン。それで先生、約束覚えていますか?」


「ああ、覚えているぞ。確か一撃当てることができれば俺がお前の願いを何か叶えるというやつだよな」


 シンシアは嬉しそうに両の手を打ち合わせる。


「はい、その約束です。私はその条件を果たしましたので今願いを言わせて頂きます」


「それは構わないが事と次第によってはすぐに叶えてやれないかもしれんぞ」


「いえ、それは大丈夫です。今すぐにでも叶えられる簡単なものですから」


 ブラッドは願いの内容が皆目見当もつかず、眉根を寄せる。


「それで何を望むんだ?」


 ブラッドの問いに胸を撫でおろし意を決したかのような表情で答える。


「これから私のことはシアって呼んでくれませんか?今まで名前で呼んでもくれませんでしたので。ダメでしょうか?」


 少女は少し不安げに男を見上げる。だが、男はあまりにも予想外の要望にブラッドは呆けたような表情で固まっていた。こんなことがシンシアのやる気につながっていたとは思わなかったからだ。名前で呼んでいなかったことを意識したことはなかったし、正直この願いの意図を完全に理解しているとは言い難い。いや、ブラッド自身がそこまで深く理解することを無意識に避けているのかもしれない。だからこそ、ブラッドはその願いを快諾した。


「ああ、そんな簡単なことなら構わないぞ」


 ブラッドが受諾の返事をしてもソワソワしたような様子でチラチラと男の方を伺っている。何を要求しているのかを察したブラッドは心の中で嘆息しつつその要望に応え名を呼ぶ。


「シア」


「はい!」


 少女は光の魔法を使っているような眩しい笑顔を男に向けた。ブラッドはその輝きに思わず目を細め、見惚れていた。


「にい、そろそろいい?」


 いつの間にか後ろに立っていたノインが背中に剣を突き付け聞いてくる。その行動で夢見心地だった男の頭は冷やされた。


「あ、ああ。もういいぞ。シアも目的は果たしただろう。巻き込まれないように離れておけ」


「はい、そこの木陰に避難しておきますね。ノインも頑張ってね」


 そう言ってほほ笑んだシンシアの表情はただの笑顔以上の何かを孕んでいたのかノインが先ほどにも増してやる気に満ち溢れているようだった。


 二人はシンシアとの戦いと同じように一定の距離を取り戦いを始めたのだった。

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