魔導と迷宮~最強の冒険者は少女を育てるようです~

ノベルバユーザー465165

48話

 迷宮都市に着いたシンシアたちは買い物をするために商業地区へ、ブラッドは仮眠をとるために宿に向かった。少女たちは軽い足取りで、仮面の男は重い足取りであった。ブラッドはエントランスを抜け真っ直ぐに自室へと戻るとベッドに身を投げ出す。深く息を吐きながら仮面と外套を脱ぎ、異空間に仕舞う。アインは寝具に身を沈め、窓辺から覗く陽光から逃れるように眠りにつく。


 アインが再び目を覚ましたのは日は完全に落ち、夜も更けてきたころだった。今頃酒場では冒険帰りの冒険者の野太い笑い声であふれていることだろう。そんな益体のないことを考えながらアインは体を起こし、肩を回す。アインは散歩にでも行くように黒い穴を出現させ、それをくぐる。体内の魔力がごっそりと削られたせいで倦怠感を覚えつつも優雅に紅茶を嗜んでいる女の対面へと腰を掛ける。女はティーカップを音もたてずにおくと意地の悪い闇を浮かべた。


「あら、夜更けに女性の部屋を訪ねておきながらお詫びの品の一つもないのですか?」


「……俺はあんたとの約束を果たしに来たのだが」


「それとこれとは別でしょう。あなたの力ならいつでもここにこれたのですから」


 アインは自分の主張をグッと呑み込み、異空間から球を引き延ばしたような形をしたある魔道具を取り出し、差し出す。


「これは?」


「最近開発された魔道具だ。中央の切れ目から開くようになっているだろう?そこを開いて下半分の真ん中の色の変わっている部分に指を乗せてみてくれ」


 女は言われた通りに指を乗せる。すると残り半分の半球のから光が漏れる。その反応を見るとアインは異空間からもう一つ同じものを取り出す。そして、同じように魔道具を操作する。すると、それぞれの半球の断面にお互いの映像が映し出される。


「これで使い方は分かっただろ。それをあんたにやるから一回だけ依頼を個人的に受けてやるよ」


「それは中々の贈り物ですね。ですが、一国の皇女にその口調は頂けないのでは?」


「別にあんたが皇女だから俺は敬っていたわけじゃない。依頼者だったから気遣っていただけだ。どの国の王族であっても俺には関係のないことだ」


 皇女はにこりと笑みを浮かべ答える。


「それもそうですね。カームベルに所属し、尚且つ攻略者であるアイン様がその程度の権威に縛られるはずがありませんものね」


 アインは白々しい言い回しを受け流し、用件を伝える。


「俺はこんな話をしに来たわけじゃない。俺は今回の騒動を起こした原因がお前なのかを確かめに来たんだよ。分かっているだろう?」


 コルネットは皆の前では見せなかった妖しげに口角を上げる。


「もちろん分かっていますよ。ヒントもいくつか出したつもりですし。それでアイン様は私が今回帝国で起こった後継者争いを起こしたと思っているのですね……」


 そう言ってコルネットは少し眉を下げる。だが、アインはその意見に反対する。


「いや、そうじゃない。俺はお前がすべてを引き起こしたとは思っていない。お前が行ったのは二つだ。一つはウェントスを第一皇子側に付けたこと。もう一つは本来敵にならない貴族たちも第一皇子を支持するように工作したことだ。違うか?」


 コルネットはまるで新しいおもちゃを与えられた子供のような笑みを浮かべ、アインを称賛する。


「お見事です。流石はアイン様ですね」


「まあ、あんたが俺に気づかせたい意思が見え隠れしていたことや状況があまりにもうまく運んでいたから分かりやすかったというのもあるけどな。ですよね、ユニ様?」


 そう呼びかけるとコルネットの艶やかな金髪をかき分け一匹の青い獣が顔を出す。それはアインにとって見慣れた生物であった。その獣は凛と透き通るような聞きなれた声を発する。


「そうね。私たちもある程度協力していたものね。帝国の王が死ぬのは元々分かっていた、だから数か月前からアムール侯爵を始末してウルに成り代わってもらってたの。そんな時にこの子から接触があったものだから手助けしてあげたというわけよ」


 アインは納得したように首肯した。そして、続きを促すようにコルネットへと視線を向ける。


「私がユニ様とお会いしたのは五か月ほど前のことでした。私は次の王になることはなかったので比較的簡単にお父様とは会っていました。何回かお父様の部屋に行く中で隠し部屋を見つけたのです。勝手に入るのは不味いと思いましたが好奇心には勝てませんでした。その部屋には一匹の青い獣が飼われていました」


 そう言って肩にのるユニが作り出した生物に目を向ける。


「不思議に思い近づくとしゃべるはずのないものから綺麗な声で話しかけられたのでとても驚きました。ですが、私はその場を去ることはせず長い間お話しました。今思えば迂闊な行動ですがこれがのちに自分の命を救うのですから人生は分からないものですよね。そのお話の中で噂でしか知らなったカームベルの存在とその当主が話している人物なのだと知りました。お父様が死期が近いことも分かっていましたから私はユニ様にお願いしました。トランお兄様を次の皇帝にしてくれないかと。ですが……」


「いや、そこまで聞いたら理解した。普通カームベルは国の政治には介入しないからという理由で断られた、だからあんたは他の国と戦うつもりの第一皇子に攻略者のウェントスが味方する状況つくり傍から見たらこのままでは第一皇子が攻略者を使った大きな戦争が起きるかもしれないというカームベルが手出しできる虚構の事実を作り出した。ウェントスの攻略者と戦いたいから協力したという理由も矛盾がなく俺たちを引きずり出すための策だとは他の奴らは気づけない。そう考えたというわけだ」


 コルネットは自分が言いたかったことを取られたからか若干不機嫌な様子を覗かせたがアインの感心が伝わったのかそれを口にすることなく肯定の笑みを浮かべていた。


「それでユニ様、今回何故この情報を伝えてくれなかったのですか?最初から知っていればもっと簡単で穏便な方法で依頼を達成できました」


 アインは責めるような口調でユニに食って掛かる。だが、ユニは柳に風と言った様子で答える。


「別にいいじゃない。その方が面白そうだったんだもの」


 その独善的な言い分にアインは呆れた表情を浮かべ、コルネットは硬直していた。


(これで皇女もこの人の恐ろしさが分かったようだな)


 この超人は強く、聡明で、あらゆるものに通じている。攻略者とも一段違う次元にいると言っても過言ではない。だからこそこの人の思考は理解できないのだろう。そんな考えを悟られないようにアインは静かに席を立つ。


「聞きたいことは聞けたので俺は失礼する。ユニ様はお戯れはほどほどにお願いしますね」


 そう言って去ろうとするがユニがそれを呼び止める。


「ちょっと待ちなさい。まだ話すことがあるのよ」


 アインは反抗の意思を一切示さずゆっくりと腰を下ろした。







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