小学生のぼくは日記を書くことにした

文戸玲

お手上げ


「何を言っているのかさっぱり分からないや。何かあったの?」

 佐藤さんは眉間に深いしわを寄せた。そして,大きく息を吸った。

「ばか! なつみさんの胸ばっかり見ていたくせに! コウシくんのえっち! 勉強が出来て優しくても,下心が見え見えで恥ずかしくないの? 男の人ってほんとに嫌!」

 あまりにも大きな声で佐藤さんが怒鳴るので,野次馬のように窓から身を乗り出して廊下に人の顔が集まった。ぼくは恥ずかしくなったが,ここで逃げるわけには行かない。ぼくは今日、なんとかして佐藤さんの心を動かすというミッションを自分の中に課しているのだから。

「そうか。三浦くんの家での事を言っているんだね。それで,不快にさせてしまったのなら謝りたいと思う。でも,ぼくにはそんなつもりは一切無いし,佐藤さんの見間違いという可能性はない・・・・・・」
「言い訳しないで!」

最後まで言い切る前に佐藤さんは正面にいるぼくを押しのけるようにして駆け出していった。「コウシが佐藤を泣かしたぞ」とか「何をしてあんなに怒らせたんだ」と言った声が耳に届いた。
確かに,何が佐藤さんをあんなに怒らせたのだろう。君たち野次馬のようにぼくにもその答えは分からない。だれか教えてくれたら良いのに,と思う。
 どうしたらよいのかも分からず,とりあえず席に戻ろうと教室に入ろうとした。中川くんと三浦くんは,まるで外国の映画の俳優のように,肩をすくめて両手のひらを天井に向け,お手上げのポーズを取っていた。


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