小学生のぼくは日記を書くことにした

文戸玲

三浦くんの不安

 給食を食べた後の休み時間にトイレに行こうと廊下に出ると,後ろからばたばたと足音がした。振り向くと,三浦くんがいた。

「どうしたの? そんなに急いで」

 そんなに長い距離を走ったわけではないだろうに,三浦くんの息は少し上がっていた。

「いや,ぼくもトイレを我慢していたから一緒に行こうと思って」
「そうしよう。それ以上我慢すると膀胱炎になってはいけないから」

 三浦くんはとくに何も返事を返さず,黙ってぼくの横を歩いた。
 トイレに着くと,ぼくは便器に立って用を足した。三浦くんはぼくの隣の便器に立って同じ格好で横にいる。なんとなく見られている気がして切れが悪い。ぼくは三浦くんの目線を気にしてそっちを見ようとしたが,用を足している最中に相手の方を見るのもなんとなくばつが悪いので視線を動かしたい気持ちをぐっとこらえた。見た訳じゃないからまったく第六感という以外には何でも無い予想なのだけど,三浦くんは用を足していない気がした。でも,それだと何のために急いでトイレに来たのか説明がつかない。そんなことを考えていると,ずいぶんと残尿感が残ったまま事が済んでしまった。

「君はぼくに何か言いたいことがあるのかい?」

 思い切って聞いてみた。ほとんど当てずっぽうに近かったが,何か話がある場合しか急いで跡を追うことはないように考えられたからだ。三浦くんはぼくの言葉を聞いて,はっとした表情をした跡うつむいた。どうやら図星だったみたいだ。

「コウシくんはなんでもお見通しなんだね」
「名探偵になれるんじゃないかとちょうど今思ったところだよ」

 ふっ,とコウシくんは吹き出した。そしてその表情が真面目な顔つきに戻った。

「今日の放課後,中川くんとどこかに行くの?」

 変な間を作りながら三浦くんは言った。

「そうだよ。本屋さんに行く約束をしたんだ。三浦くんも来ないかい?」

 ぱっと表情が明るくなった。でも,太陽が隠れてしょげた太陽のようにまた表情は暗くなった。

「中川くん,ぼくといて嫌じゃないかな」

 少し考えたあとで,ぼくは言った。

「嫌かどうかは本人にしか分からないけど,嫌じゃ無いと思うよ」
「でも,ぼくは今までさんざんいじめられてきたし」
「それを言うなら,ぼくも数え切れないほどちょっかいを出されてきた。でも,今日の中川くんはずいぶんと違う雰囲気みたいだ。そう思わないかい?」

 それはそう思うけど,と三浦くんは自信のなさそうに答えた。

「それに,中川くんからおもしろい話を聞いたんだ。本を読み始めたんだけど,そこの書店員さんがぴったりの本を探し出してくれたみたいだ。ぼくも是非ぴったりな本を探して欲しいと思ってね」

 丸堂書店? と三浦くんは言った。中川くんの家の近くと言っていたから,多分そこだろうと答えた。三浦くんの表情はまたひまわりに戻った。

「それなら安心だ。ぼくも一緒に行かせてもらおう。ところで,コウシくんはこれからもぼくと友達だよね?」
「それはどういう意味だい?」
「中川くんと仲良くなっても,ぼくとも仲良しだよね?」

 三浦くんは不安そうだ。ぼくは三浦くんのいう「安心」の意味も気になったが,それについてはとりあえず考えないことにした。

「もちろん友達に決まっているじゃないか。ぼくは好意的にしてくれる人と,学びを与えてくれる人とはぜひ仲良くしたい。三浦くんはどっちにもあてはまらるじゃないか」

 やった! と飛び上がった。始業を知らせるチャイムが鳴ったのでぼくたちは急いで教室に戻った。


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