小学生のぼくは日記を書くことにした

文戸玲

中川くんの謝罪


「悪かったよ。これからは無茶言わないから,仲よくしよう」

 どういう風の吹き回しか,中川くんは神妙な顔をして歩み寄ってきた。
 ここでぼくは少し意地悪なことを言ってやろうという気持ちになった。さんざんわがままをわめき散らして横暴なことを言って好き勝手振る舞っているのだ。少々手厳しい目に合わせてやっても悪いことにはならないだろう。それに,その方が中川君にとっては教訓となるかも知れない。
 そんなことを考えているうちに,昨日読んだ本のことが頭に浮かんできた。そこには,自分にとっても相手にとっても得になるようなことをしなさい,と書いてあった。
 確かに,今ここで中川君に皮肉を言ったらぼくはすっきりとするかも知れない。でも,それで中川君はどうなるだろうか。安易に相手のためになると決めつけたが,実際の所それは自分の欲を満たすためのこじつけでしかなかった。それに,都合のいい言い訳をして自分の思うとおりに事を運ぶのはぼくが最も嫌うことの一つだった。
 ここは感情的にならず,自分と中川君のためになる選択をしよう。そう考えた。

「中川君、まさか君がそんなことを言ってくれるなんて,ぼくは嬉しいよ」
「じゃあ,お前・・・・・・許してくれるのか?」

 中川君に真剣な顔で見つめられた。こんな顔も出来るのだなと感心した。

「もちろんさ。中川君が許して欲しいというのに,ぼくが拒否する理由はない。それより,普段からきっとぼくは無意識のうちに中川君をいらいらさせていたんじゃないかな。そのことをぼくからも謝りたい」

 ううっ,と中川君はべそをかきはじめた。これには面食らった。

「どうして,どうしてそんなことを言うんだよ。お前はどうしてそんなに大人なんだ?」

 少し考えた。そして,ぼくなりにその質問について答えてみた。

「それはきっと,ぼくが本を読んでいるからだ。本を読んでいると,自分では気付かなかった視点や生き方が身につくからね」
「本を読んだら,お前みたいに大人になれるのか?」
「中川君はぼくよりもよっぽど立派な人になれるんじゃないかな」

 中川君の口から,本日二度目の「ごめん」と一度目のの「ありがとう」という言葉が出てきた。もちろん,今日以前にこの言葉を中川君から聞いたのは初めてだ。

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