異世界悪魔の生き方 ~最後に神が笑うと誰が決めた~

凛助

第十一話

「あ!ここだよ、ここで話せば部屋とかを融通してくれるんだ」


あの薬屋から少し歩くと明かりを放つ三階建ての建物が見えてくる、…ん?明かり…人目につくじゃないか!


「ごめんもう下ろして」
「そんな子供何だから恥ずかしがらなくても」
「即、今すぐ、早く下ろしてくださいお願いします!」
「う…うん」


起きてる時に背負われているのを見られるのは嫌だ。傍目に怪我もしてないのにこんなことしてたら駄目だ。
 降りて伸びしてリィナを背負い直すと、建物に近づく。複数の音と光が心の疲れを癒す様だ、それに釣られるように照らされ梟の彫刻のあるスイングドアの中に足を踏み入れた。


「あら。新入りさんね、私はミーリア・デア・オズマンサス。ここの受け付けね」


後ろと左右を本棚に挟まれた受付台に、メガネをかけたエルフの女性が笑みを向ける。挨拶をしてから軽く見回すと、建物の中は広い部屋に何個かのテーブルと椅子には誰も座って── 
 いや、一人いるな。なんて薄い気配、影みたいだ。解析を使いなれた今でも意識してようやくわかったぞ、まあ敵意は感じないから良いか。


「どうかしたの?」
「いえ、それでここで休めるところに案内してくれるとそこのアーサーさんが」
「っフフ…あ、うん。ジークちゃん、それじゃ利き手を出して」


彼女が後ろの本棚から本を抜き開く、そして指し出した右手を開いたページの上に置くと文字が手に染み込んでまた本に戻る。その循環が10秒程たった後、頭に物凄く簡易な地図が思い浮かぶ。それにしても、ちゃんって。


「貴方たちはうーん…とりあえず1日は休めると思うわ、でもここも余裕がないの何かお仕事してもらうことになるわ。ここで話をするから明日か明後日には必ず来てね」


そう言うと俺が手を置いていた本を読み始めた。小さな声で「…凄い身体性能」とか漏らしている。ここに来てから丸裸にされた様な気分だ。


「終わった? 記念で何か奢るよ!」
「記念って、まだ来たばっかりなんだけど」
「ここに来た記念ってことで、まあ何でも良いや。ついでにその魔具を見せてくれるっ!?」


アーサーは兜で目は見えないが、夢喰いに向けて物凄くキラキラした目を向けている。それに少し驚いていると突然後ろのテーブルから強い圧がかかる、それはあの影のいたテーブルだった。 


「アぁぁぁぁサぁぁぁぁ!!」
「ゲッ!隊長ぉ!──おぁっ!?」


突然逃げようとしたアーサーを多少の攻防の後隊長と呼ばれた人間が捕まえた、それを見て受付のミーリアが笑っている。結界の様な物を使っているのか音は聞こえない、思い返せば最初にアーサーを見て笑っていたのはこれか。


「最初はなぁ新入りを案内して良いやつと感心していたんだぞ、隊長は。だがお前の頭を見て驚いたよ」
「ぁ頭、あ!」
「そうだそうだ、その兜は数が少ないから交代の時は気を付けろと言っただろう。すぐに返しに戻ったなら軽くしてやろうと思ったが、記念だぁ~!奢るだぁ~!。さぁどうするかぁ……あぁ極悪トレーニングが良いのかなぁ?」


アーサーは捕まえていた腕を解き、「渡してきます!」と外に走って逃げていった。


「全くあいつは…はぁ。そう言う訳で、すまないな少年少女よ。…それにしても良く隊──ウォル隊長に気づいたなぁ」


そう言うと目線を合わせて更に言葉を重ねる。


「だが視界にはあまり入れない方がいいぞ。それであいつも怪しいんでいたからな。もし狩猟役になったなら、みっちり鍛えてやるぞ! ハッハッハ!」


ウォル隊長は笑いながらアーサーを追いかけに外に行った。
 ミーリアの方を見るとまだ笑っていた、その状態で二本指を立て先を光らせ振る。少したつと結界が解けはじめた。


「はっぁはははっ!。…はあ、あーおっかし。あら…もうすぐ混むだろうから早く帰った方が良いわよ、女の子でも背負ったままだと大変でしょ」
「混むとは?」
「見たら直ぐわかるわ」


建物の近くでリィナは目が覚めた、一度深く眠るとあのピリピリした霧で深く眠れないのもあってまだ眠そうだが歩きたいと降りた。着くまでの暇な時間に途中までの事を簡単に話す、そのまま地図の通りに橋を進みその下に続く階段を下りると。


「ここか」


橋の下に作られた大きな集合住宅がある、その二階の三号室が部屋みたいだ。中に入るとリィナが声もなく驚いている、リィナの視線のその先には小さめのエントランスの受け付け台と柔らかい笑顔のおばちゃんがいた。


「カルーおばさん!」
「リィナちゃん!」


二人の顔が奇跡を見たような顔に変わると、走るように近づきその命を確かめる様に強く抱きしめあっている。名残惜しく離れると──


「その紋様は」


服にはあの紋様が見えた。そうだよ、霧があっても傷の時間と合わせて場所的に考えても関係があっておかしくない。


「リィナちゃん。その服はどうしたの?」
「ジークさんに貸していただいたんです」
「あら…まぁ」


季節とこの体で上半身裸でも特に気にされなかったが、そんな風にまじまじと見られるのは恥ずかしい。


「初めまして、俺はジークと言います。森の中で怪我をしていた彼女を見つけここまで護衛の様なものをしてきました」


怪我と言った辺りで息を飲む音に青い顔、それと奥から「カルーどうしたんだい?」と呼ぶ声が聞こえてきた。顔を向けるといきなりの憤怒の表情。


「妻と神子様に何をするこのド腐れがぁぁあ!」


全身の体重をフルに使った杖の一撃が頭に向け振り落とされる、夢喰いで受け流すとそのまま回転し腹に追撃を仕掛けてきた。それを膝と防護服で抑え更に夢喰いで挟み込む。


「貴様それだけの腕を持ちながら変態に落ちるなど!」
「あー何か勘違いしてませんか?」


そのままつばぜり合いをしていると、我に帰ったのか二人の「止めて!」と言う声が響いた。


「すまなかった」


目の前のおじさんが頭を強く下げる、切腹を知ってたらそのままやってそうな顔だ。その後ろにカルーと言う優しそうなおばちゃんがキレている。優しそうな人が怒ると怖いって言うのは本当だな。まあそれより──


「とりあえず休めますか? 二階の三号室で」


そうして案内された部屋に入ると、少し広めのベッドだけの内装だ。


「あー痛って」


見えるように実体化した尻尾をマッサージする。つい杖の力を抑えるのに床を強く押したせいで痛めた、いきなり使ったのが悪かったしちょっと油断もあったのかもしれない。
 結構腫れてるし、薬なんて借りれないし【肉体再生】しかないか。


「あれ?」


尻尾が伸びたり柔らかくなってくる、何度か確かめると。
 魔力の通し方で硬くも軟らかくもなるし、元のサイズより短くならないが伸び縮みするし、なにより魔力の通りが良い。
 隠す時との違いは多分、直接尻尾から魔力を出してることだろうな。身体の一部なんだ、支えにもならない意味無し敏感パーツなんて決めつける物じゃなかった。


「ジークさん、服を返しに──尻…尾?!」


あ゛っ!


服を着替えたリィナは、不思議そうな顔をして尻尾を見ている。尻尾を消そうとすると「むー」と何か言いたげに見てくるから、この無意識に視線を避けようとする尻尾を隠せない。返してもらった上着を着ているときもそうだ。


「どうして隠していたんですか?」
「何て言うか…うん、タイミングがわからなくて。別に騙してる訳でもないんだ。いつ言おうか、その感覚が掴めなくて」


そのまま尾を隠すとその言葉を聞いてリィナは「むー」とした顔から「はっ」と思い付いた様な顔に変わると。


「私もここで一緒に寝ます」
「……はぁあ!!!」


衝撃と言える驚きの後、またコンコンとドアを叩く音が。今度はなんだと恐る恐る開ける、とそこにはカルーさんが。


「準備が終わったわ、リィナちゃんちょっと来て」
「あっ、今行きます。…ジークさん、また夜に」


はぁ…もうダメだ、いくら驚いていたとはいえ俺の危機管理能力はガバガバだ。尻尾は完全に消せない時点でバレやすいとは思っていたが、ここまでとは。見られても問題ない理由。わからない…、明日図書館に行こう。  


━━━━━━━
カタカタカタと階段を下りていく、カルーおばさんは古傷も簡単に治ると言うけれど。…治したくない、ジークさんとの絆。


本当は、私はあの場所で、生まれた里で死ぬはずだった。
 私は谷の中にある森の里、様々な風が吹くそこで特に柔らかい風の日に生まれた。物心ついた時から結界と風を操る姉や祖父を見て生きてきた、あの霧の日まで。光球を生む根の絨毯を溶かす薄紅色の霧。里の皆の頭を切り裂き化物に変える、虫の様な剣の腕を持つ異形。
 お祖父ちゃんのお墓、お姉ちゃんの命、ルーリャ、大切なものを少しずつ手のひらから取りこぼすばかりで。姉の様に皆を、森を守りたかった。神子なのに…神子だからなにもできないまま逃がされて。


だけど、助けてくれた。ジークさんは自分だって大変なはずなのに、私に残った最後の大切、あの娘の…ルーリャの言葉を。


「はい、リィナちゃんすぐに治りますよ」
「…どうしても治さないと駄目ですか?」


エントランスの奥の一室、ランタンに照らされた背中のそれ。表面的には只の傷痕でも、おぞましい白濁の力と無数の色を纏った黒の力がお互いを消しあっている。


「好きなのね、あの男の子のこと。…大丈夫。こんなに強いんですもの、きっと残るわ」
━━━━━━━━


「ジークさん今戻りました!」


本当に一緒に寝るのか?と聞こうとするが、何か憂うその顔を見ると「あ~」だの「う~」だのしか出てこない。でもちょっと考えれば泣かれるよりはマシだ、あのおじさんとまたつばぜり合いしたくない。
 まあ妹見たいなもん、か。……そういえば誰かと一緒に寝るなんて初めてだな。


「良いけど寝相悪いよ、俺」
「大丈夫です、落ちたら直してあげます」


柔らかな風が差し込むベッドはあの風を纏った杉の木の下の様だと思いながら、夢に落ちていった。

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