異世界悪魔の生き方 ~最後に神が笑うと誰が決めた~
第四話『擬態』
そして30分もしないうちに、強く最後の一段に手をかけ跳び上がるとクルリと回転して着地する。途中からかなり平坦になった崖は、こんな風に調子に乗れるほど魔力の制御を一歩も二歩も高めた。
「うわぉ凄い景色だな」
後ろを見下ろすと谷の隙間にできた霧の窪みがみえる、空いた多くの穴は見たくないものを覆い隠そうとする幕に空く穴の様。
「…あの無数の穴の先、一つ一つに彼女の様な霊がいるのだろうか」
まるで雪原の足跡の様だと思ったそれも、そう思えばひどくおぞましい。
断崖の先、上層とも呼べる場所。どこも霧が曇っていて風もなく植生は霧の外と変わりないように見えるが、下よりも濃い霧は何処か擽る様で気味が悪い。
この直感を考えるべきだったんだろう。それは走っている途中、霧に飛ばされ霧の塊に突っ込んだ時だ。
「あぁこれは、化け物…だな」
自壊する様に心から吹き出した言葉は、更に心を削る。
まとわりついた霧を振り払う様に少し動くだけで何かが吸われ奪われる様な感覚、そしてそのまま身体の何かが萎み破れた。その瞬間人のような身体は滲み異質な黒い影が透ける。
所々、鳥や虫・獣の様なシルエットが浮かび、映るそれが自分の身体のように思えて、ただただ気味が悪かった。
「おおー、ちょっとかっこいいんじゃない?」
格好いいなんて口にしたのはただの現実逃避。人から外れたならずっとそうしていろと、そんな風に思えてしまって。せめて、最初っからこうだったらここまで心は荒れなかったはずだ。
「それにしても本名を言えない様になってるのも憎いな、プライバシーの問題ですかぁ? 俺もゲーム見たいにしろって? ………人に押し付けるなよ」
人の頃を思い出して名前を喋ろうとしたが、口は石のように固まり息が出ない。
自分から人が剥ぎ取られる様で酷く苦しい、力だけで説明もほとんど無いままで選んだのは自分だが、悪態を吐かないとやっていられない。
今仮初でも自分に名前をつけないのは、こんな気分で着けたら身体に引きずられて本当に化物になりそうだ。せめて誰かにあってからに、その方が自分を信用できる。人間味のない悪魔何てごめんだ。………心だけは残す、そうしないと…。
「声も少し変か?まあ悪魔は契約を迫るもんだ、声にも色気の少しは宿るか。…今更にしてもこの霧、吸っても大丈夫なのか?何かを吸いとっているにしても見た目以外に違和感もないし」
この黒い影に変わった身体、いや本体か?まあいいが、このままむき出しなのか?それは困る、困るぞ。この身体の人の皮…幻影か変化か知らないけど。せめて文明圏で暮らしたい、こんな後から気づく様なことがまた起こらないと良いが。
「……でも無理かもな、どうせ化物だし……」
そんなことを考えながら出来るだけ霧の薄い方に行くと、少しずつ人の身体が浮かび上がってくる。
「あぁ……駄目か」
それでも完全には元には戻らない、手足や顔の一部に影がヒビや炎の様に纏わり。覆われた部分が酷く冷たい。
「大丈夫…俺は大丈夫だ」
少し息と心を整えると身体が変わる前に考えていた、出来そうなことを思い出した。
【精密操作】と【解析】で魔力を引き伸ばしてソナー変わりにする。木や段差も拾うからか結構頭を使うけど、形や地形を見るだけにすれば文字化よりは楽。それでも使いすぎれば頭痛くなるけど。
こんな風に応用したことも、慣れれば結構出来た。少しずつ成長してるな、俺。
「…いや気のせいか?」
最初のうちは簡単に出来ていたが何回か使う度に違和感、いや難易度が上がっている? とそんなことも霧から抜ければ頭から離れていた。
抜けた先は断崖に囲まれているのか、それとも窪みか。崖の横から岩山が、下から上の順に長く延びて内側に覆い被さって天窓の様に光の出口を狭めている、それはまるで球形の檻の様だ。中心には大きな一本杉が見え、その周りは広く草原のようになっていた。
登ろうにもこれじゃ宙吊りになる、錬金術で作ろうにも崩れたら心配だ。こんな崖上れないぞ。
はぁ、このままここにいてもしょうがない、あまり喉は渇いていないが速く水を探さないと。また霧を抜けないといけないのか。
「ああッくそッ!……駄目だ。はぁ、せめて朝になってからじゃないとな」
霧の中からだと気づけなかったが、もう真っ暗だ。杉に寄りかかりながら来た場所を睨む、霧は自発的に薄く発光している。そのお陰で霧の外の周りを少しは観察出来たが、中にいては時間感覚もあやふやになる訳だ。
「……風の、翁か?」
杉の裏に融合している墓石にそう書かれていた、正面に無いがそれは隠したいと言うよりもまるで守る様だ。18枚の花弁が刻まれた墓石には傷ひとつ無いが供えてあった花は枯れていた。
「読めるのか。いやそれよりも」
静かに手を合わせた。この世界じゃ合わないかも知れないが、こう言うのは心だろう。墓に寄りかかったことを詫びる。それにこんなことを言うのも何だけど、誰も見てなくても、真似だけでもせめて人で居たかった。
「珍しいぃ祈りじゃの、あーじゃが悪いのぅ。わしゃ神でも精でも無いんじゃよ」
構えながら大きく後ろに跳ぶ、強く目を凝らす。その姿は薄く透明で月や霧の薄明かりに紛れ消えてしまいそうな、風の様な装飾を持つローブを着た柔らかな笑みを浮かべるじいさんが居た。
「誰だ」
「お主が祈っとった墓の主じゃよー、……何じゃ辛いことでもあったのか?ひっどい顔色じゃよ」
剣を納めながらはぁぁと強く息を吐き、目を塞がないように顔を撫でる。【解析】でも悪い霊には感じられない、それに力はほとんど無いも同然だ。いつ消えてもおかしくないな。
「すいません、ちょっと今は気が立ってまして。…でもあまり俺を驚かせない方がいい」
そう強い言葉で払う。今は誰にも見られたくなかった、人皮がいつ剥がれるかわからない俺の姿を。
「そうかそうか、じゃがそんな顔でここを歩くと危ないぞ。…もちょっとよって、ほれ座れ。ここの原っぱは柔いぞ。わしゃに話してみぃ」
いつ消えるかわからないとしても近づきたくはなかった。それでも何も知らない世界で寂しくてついつい、その言葉と柔らかな空気と笑みが何処か暖かく思い。それにつられて少しずつ口が開いていった。
「生きる為に、守る為に、大切なものでも捨てなきゃいけないと思ったんだ。でも違った……確かに生きては行ける、でもひとりぼっちだ。弱くても人でいればよかったのに。もう俺は化物だ、今も…いやこれからも死ねば、誰の心にも残れない」
ゲームみたいに思ってる奴とは違うなんて言いながら能力重視にして。酷いイキり野郎だ、それで、この…これか。
顔を上げることが出来ない。怖い、怖い、怖い。否定される可能性に心が裂けそうだ。ほんの一秒が何十倍から何百倍になったようで、息が詰まる。
「人とは皆同じであることを求める――
「っ!」
なぜか胸が痛い。身体が変わったのか知らないけど、簡単に信じちゃって子供みたいだ。でもそんなことよりも、何かが破れる様な感触がする。でも別に良いか。
――そして答えのない、心という。迷いを持つお主は、とても人らしい」
その言葉を聞いても自分が涙を流すなんて思いもしなかった、触れて、強く拭って押さえても。隙間から溢れて止まらない、ぼやけた視界でもわかるその表情が。迷子を心配する様な顔が嬉しかった。
「わしゃ赤の他人じゃよ、…でもこうも思わんか? 赤の他人にもお主は人だとわかる! じゃから安心せい」
もう顔はぐしゃぐしゃで声もぶるぶるだ、でもこれだけは言いたかった。
「ありがとうございますっ…」
そこから泣き止むまでおじいさんはずっとみていてくれた、何分かした後。酷く晴れやかな気持ちになれた、俺は俺だから形なんてどうでもいい、ちゃんと人なんだって。
そう思った時、身体から影が溶ける。その下から戻るのは普通の人の身体だ、それを見たおじいさんが何処か懐かしい様な顔で俺を見つめる。
「ああっ!そうだ俺の。俺の名は…ぐぅっ」
首を締める様に息が切れる。何故、何故できない。足掻いても只、名ではなく息ばかりで。気付けはおじいさんの手がなだめるように胸に置かれた。
「無理をするな。名無きが名乗れんのはわかる、それは只お主にこの世界の名が無いからでしかない。わかったなら、無理をするな! 諦めも肝心!。お主は頑張りすぎる様に見える、少しは落ち着いても大丈夫じゃよ」
そう有無を言わせない様な声に頭を縦に振る位しか出来なかった。
「おせっかいかも知れんがそんなもん年寄りの特権じゃ、特権。それに最後ぐらい誰かとお喋りの一つと思っておったが、お主みたいな少年で良かった。…そうじゃ、もし良かったらわしゃの墓を霧から取り戻しといて欲しい。出来たらで良いぞ」
「はい、任しといてくださいよ!」
「そのいきじゃ!」
おじいさんの足下から少しずつ消え始める、それなのに苦しくない様に笑みを浮かべて腕を強く上げた。その瞬間、杉の枝が何本か切り飛ばされ落ちてくる。
「まぁちょっと風を纏っとる程度じゃがこれをお主にやろう、頑張るんじゃぞー。ファッファッファッ」
そう言うとおじいさんは影も形もない、残ったのは橙色の粒子だけ。
「ありがとうございました」
小さなお礼の言葉、でも何処か遠くの空にまで響くように。
「素人してはうまく出来たほうかな、時間があればもう少し頑張るだけど。明日も速いんだ、仕方ない」
それから少し経った後、杉の枝をゆっくりと束ねていく、それは【錬金術】で杉の葉から簡単なマントと鞘を作る為だ。力をかけながら薄く伸ばして折り返すことを三回。この材料はなかなか馴染むからかそれとも腕が上がったか、呪術で柔らかくしなくても今なら錬金術だけで出来るな。
「うーん。かっこよく抜刀したいんだけども、刃が少し合わないか?」
何度か作り直して少しずつ刃と鞘を合わせていく。岩に打った時から少し違和感があったが、柄と刃の繋がりが脆くなっている。手編み感覚で作ったから接着した感じだったし、ちょうどいい。
柄を割って中に溝を彫り、刃に中子を作る。少し厚く作りすぎたから重かったし刃も見ればぶれている、それを【精密操作】と【解析】でより鋭く強く、斧みたいな刃から刀の刃に変えていく。
刃は片刃直刀から少し反らすだけで済んだけど。鞘はそれなりの魔石と杉の枝を層になるよう折り返して、折り返した素材を上手く包む。それなりに満足いくまで5~6回作り直した。
何度か振るうとより空気を断つ。そしてこの鞘が凄く良い、風が吹き抜ける様に太刀筋が加速する。特にカッコ良い!
今の俺を外から見れば目がキラキラしてただろうな。
「あぁー終わった。もう寝ないとな」
それに明日はこの霧に用がある、本当の身体はどんなものなのか。でもどんな身体でも俺は俺、そう口ずさむ。
今日はここで夜を明かすことにした。盛り上がっている原っぱと、マントのおかげでぐっすり眠れそうだ。
空から細い月明かりが射し込んでくる、明日もまたなんとかなるだろうと頬を緩め目を閉じた。
「うわぉ凄い景色だな」
後ろを見下ろすと谷の隙間にできた霧の窪みがみえる、空いた多くの穴は見たくないものを覆い隠そうとする幕に空く穴の様。
「…あの無数の穴の先、一つ一つに彼女の様な霊がいるのだろうか」
まるで雪原の足跡の様だと思ったそれも、そう思えばひどくおぞましい。
断崖の先、上層とも呼べる場所。どこも霧が曇っていて風もなく植生は霧の外と変わりないように見えるが、下よりも濃い霧は何処か擽る様で気味が悪い。
この直感を考えるべきだったんだろう。それは走っている途中、霧に飛ばされ霧の塊に突っ込んだ時だ。
「あぁこれは、化け物…だな」
自壊する様に心から吹き出した言葉は、更に心を削る。
まとわりついた霧を振り払う様に少し動くだけで何かが吸われ奪われる様な感覚、そしてそのまま身体の何かが萎み破れた。その瞬間人のような身体は滲み異質な黒い影が透ける。
所々、鳥や虫・獣の様なシルエットが浮かび、映るそれが自分の身体のように思えて、ただただ気味が悪かった。
「おおー、ちょっとかっこいいんじゃない?」
格好いいなんて口にしたのはただの現実逃避。人から外れたならずっとそうしていろと、そんな風に思えてしまって。せめて、最初っからこうだったらここまで心は荒れなかったはずだ。
「それにしても本名を言えない様になってるのも憎いな、プライバシーの問題ですかぁ? 俺もゲーム見たいにしろって? ………人に押し付けるなよ」
人の頃を思い出して名前を喋ろうとしたが、口は石のように固まり息が出ない。
自分から人が剥ぎ取られる様で酷く苦しい、力だけで説明もほとんど無いままで選んだのは自分だが、悪態を吐かないとやっていられない。
今仮初でも自分に名前をつけないのは、こんな気分で着けたら身体に引きずられて本当に化物になりそうだ。せめて誰かにあってからに、その方が自分を信用できる。人間味のない悪魔何てごめんだ。………心だけは残す、そうしないと…。
「声も少し変か?まあ悪魔は契約を迫るもんだ、声にも色気の少しは宿るか。…今更にしてもこの霧、吸っても大丈夫なのか?何かを吸いとっているにしても見た目以外に違和感もないし」
この黒い影に変わった身体、いや本体か?まあいいが、このままむき出しなのか?それは困る、困るぞ。この身体の人の皮…幻影か変化か知らないけど。せめて文明圏で暮らしたい、こんな後から気づく様なことがまた起こらないと良いが。
「……でも無理かもな、どうせ化物だし……」
そんなことを考えながら出来るだけ霧の薄い方に行くと、少しずつ人の身体が浮かび上がってくる。
「あぁ……駄目か」
それでも完全には元には戻らない、手足や顔の一部に影がヒビや炎の様に纏わり。覆われた部分が酷く冷たい。
「大丈夫…俺は大丈夫だ」
少し息と心を整えると身体が変わる前に考えていた、出来そうなことを思い出した。
【精密操作】と【解析】で魔力を引き伸ばしてソナー変わりにする。木や段差も拾うからか結構頭を使うけど、形や地形を見るだけにすれば文字化よりは楽。それでも使いすぎれば頭痛くなるけど。
こんな風に応用したことも、慣れれば結構出来た。少しずつ成長してるな、俺。
「…いや気のせいか?」
最初のうちは簡単に出来ていたが何回か使う度に違和感、いや難易度が上がっている? とそんなことも霧から抜ければ頭から離れていた。
抜けた先は断崖に囲まれているのか、それとも窪みか。崖の横から岩山が、下から上の順に長く延びて内側に覆い被さって天窓の様に光の出口を狭めている、それはまるで球形の檻の様だ。中心には大きな一本杉が見え、その周りは広く草原のようになっていた。
登ろうにもこれじゃ宙吊りになる、錬金術で作ろうにも崩れたら心配だ。こんな崖上れないぞ。
はぁ、このままここにいてもしょうがない、あまり喉は渇いていないが速く水を探さないと。また霧を抜けないといけないのか。
「ああッくそッ!……駄目だ。はぁ、せめて朝になってからじゃないとな」
霧の中からだと気づけなかったが、もう真っ暗だ。杉に寄りかかりながら来た場所を睨む、霧は自発的に薄く発光している。そのお陰で霧の外の周りを少しは観察出来たが、中にいては時間感覚もあやふやになる訳だ。
「……風の、翁か?」
杉の裏に融合している墓石にそう書かれていた、正面に無いがそれは隠したいと言うよりもまるで守る様だ。18枚の花弁が刻まれた墓石には傷ひとつ無いが供えてあった花は枯れていた。
「読めるのか。いやそれよりも」
静かに手を合わせた。この世界じゃ合わないかも知れないが、こう言うのは心だろう。墓に寄りかかったことを詫びる。それにこんなことを言うのも何だけど、誰も見てなくても、真似だけでもせめて人で居たかった。
「珍しいぃ祈りじゃの、あーじゃが悪いのぅ。わしゃ神でも精でも無いんじゃよ」
構えながら大きく後ろに跳ぶ、強く目を凝らす。その姿は薄く透明で月や霧の薄明かりに紛れ消えてしまいそうな、風の様な装飾を持つローブを着た柔らかな笑みを浮かべるじいさんが居た。
「誰だ」
「お主が祈っとった墓の主じゃよー、……何じゃ辛いことでもあったのか?ひっどい顔色じゃよ」
剣を納めながらはぁぁと強く息を吐き、目を塞がないように顔を撫でる。【解析】でも悪い霊には感じられない、それに力はほとんど無いも同然だ。いつ消えてもおかしくないな。
「すいません、ちょっと今は気が立ってまして。…でもあまり俺を驚かせない方がいい」
そう強い言葉で払う。今は誰にも見られたくなかった、人皮がいつ剥がれるかわからない俺の姿を。
「そうかそうか、じゃがそんな顔でここを歩くと危ないぞ。…もちょっとよって、ほれ座れ。ここの原っぱは柔いぞ。わしゃに話してみぃ」
いつ消えるかわからないとしても近づきたくはなかった。それでも何も知らない世界で寂しくてついつい、その言葉と柔らかな空気と笑みが何処か暖かく思い。それにつられて少しずつ口が開いていった。
「生きる為に、守る為に、大切なものでも捨てなきゃいけないと思ったんだ。でも違った……確かに生きては行ける、でもひとりぼっちだ。弱くても人でいればよかったのに。もう俺は化物だ、今も…いやこれからも死ねば、誰の心にも残れない」
ゲームみたいに思ってる奴とは違うなんて言いながら能力重視にして。酷いイキり野郎だ、それで、この…これか。
顔を上げることが出来ない。怖い、怖い、怖い。否定される可能性に心が裂けそうだ。ほんの一秒が何十倍から何百倍になったようで、息が詰まる。
「人とは皆同じであることを求める――
「っ!」
なぜか胸が痛い。身体が変わったのか知らないけど、簡単に信じちゃって子供みたいだ。でもそんなことよりも、何かが破れる様な感触がする。でも別に良いか。
――そして答えのない、心という。迷いを持つお主は、とても人らしい」
その言葉を聞いても自分が涙を流すなんて思いもしなかった、触れて、強く拭って押さえても。隙間から溢れて止まらない、ぼやけた視界でもわかるその表情が。迷子を心配する様な顔が嬉しかった。
「わしゃ赤の他人じゃよ、…でもこうも思わんか? 赤の他人にもお主は人だとわかる! じゃから安心せい」
もう顔はぐしゃぐしゃで声もぶるぶるだ、でもこれだけは言いたかった。
「ありがとうございますっ…」
そこから泣き止むまでおじいさんはずっとみていてくれた、何分かした後。酷く晴れやかな気持ちになれた、俺は俺だから形なんてどうでもいい、ちゃんと人なんだって。
そう思った時、身体から影が溶ける。その下から戻るのは普通の人の身体だ、それを見たおじいさんが何処か懐かしい様な顔で俺を見つめる。
「ああっ!そうだ俺の。俺の名は…ぐぅっ」
首を締める様に息が切れる。何故、何故できない。足掻いても只、名ではなく息ばかりで。気付けはおじいさんの手がなだめるように胸に置かれた。
「無理をするな。名無きが名乗れんのはわかる、それは只お主にこの世界の名が無いからでしかない。わかったなら、無理をするな! 諦めも肝心!。お主は頑張りすぎる様に見える、少しは落ち着いても大丈夫じゃよ」
そう有無を言わせない様な声に頭を縦に振る位しか出来なかった。
「おせっかいかも知れんがそんなもん年寄りの特権じゃ、特権。それに最後ぐらい誰かとお喋りの一つと思っておったが、お主みたいな少年で良かった。…そうじゃ、もし良かったらわしゃの墓を霧から取り戻しといて欲しい。出来たらで良いぞ」
「はい、任しといてくださいよ!」
「そのいきじゃ!」
おじいさんの足下から少しずつ消え始める、それなのに苦しくない様に笑みを浮かべて腕を強く上げた。その瞬間、杉の枝が何本か切り飛ばされ落ちてくる。
「まぁちょっと風を纏っとる程度じゃがこれをお主にやろう、頑張るんじゃぞー。ファッファッファッ」
そう言うとおじいさんは影も形もない、残ったのは橙色の粒子だけ。
「ありがとうございました」
小さなお礼の言葉、でも何処か遠くの空にまで響くように。
「素人してはうまく出来たほうかな、時間があればもう少し頑張るだけど。明日も速いんだ、仕方ない」
それから少し経った後、杉の枝をゆっくりと束ねていく、それは【錬金術】で杉の葉から簡単なマントと鞘を作る為だ。力をかけながら薄く伸ばして折り返すことを三回。この材料はなかなか馴染むからかそれとも腕が上がったか、呪術で柔らかくしなくても今なら錬金術だけで出来るな。
「うーん。かっこよく抜刀したいんだけども、刃が少し合わないか?」
何度か作り直して少しずつ刃と鞘を合わせていく。岩に打った時から少し違和感があったが、柄と刃の繋がりが脆くなっている。手編み感覚で作ったから接着した感じだったし、ちょうどいい。
柄を割って中に溝を彫り、刃に中子を作る。少し厚く作りすぎたから重かったし刃も見ればぶれている、それを【精密操作】と【解析】でより鋭く強く、斧みたいな刃から刀の刃に変えていく。
刃は片刃直刀から少し反らすだけで済んだけど。鞘はそれなりの魔石と杉の枝を層になるよう折り返して、折り返した素材を上手く包む。それなりに満足いくまで5~6回作り直した。
何度か振るうとより空気を断つ。そしてこの鞘が凄く良い、風が吹き抜ける様に太刀筋が加速する。特にカッコ良い!
今の俺を外から見れば目がキラキラしてただろうな。
「あぁー終わった。もう寝ないとな」
それに明日はこの霧に用がある、本当の身体はどんなものなのか。でもどんな身体でも俺は俺、そう口ずさむ。
今日はここで夜を明かすことにした。盛り上がっている原っぱと、マントのおかげでぐっすり眠れそうだ。
空から細い月明かりが射し込んでくる、明日もまたなんとかなるだろうと頬を緩め目を閉じた。
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