異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。

千絢

88.依織と双子と聖女と

シヴァ様から白帝の剣を受け取り、私は執務室を出た。これから蒼の離宮に向かう。シエルとセリカに会いに。ルシエラ様に会いに。






「お姉ちゃん?」






「シエル」






「どうしたの?今日はお休みなの?」






「うん、今日はもうお休みをいただいたんだ。だから、シエルとセリカに会いに来た」








いつの間にか背が伸びて、髪も伸びて、艶々した肌も、綺麗なグレークチルクォーツの様な瞳も、ふっくらした頬もーーすべて愛しい。駆けてきたシエルとセリカを抱き締めた。








「どうしたの、お姉ちゃん?」






「大好きだよシエル、セリカ」






「うん?僕も大好きだよ」






「セリカも大好き!」








暖かな陽だまりの匂い。柔らかな草木の匂い。弟妹の周りを浮遊する精霊たちの歌声。奥歯を噛み締めて、溢れだしてくる感情を圧し殺す。








「よーし、今日は何しよっか!」






「んーっとね、それじゃあ絵本を読んで?キャナリア様の物語!」






「良いわよ、天気が良いからあの木の下で読みましょっか」






「うん!絵本取ってくるね、セリカ行こっ」






「お姉ちゃん待っててね!」








ふわっと私から離れて、弟妹たちは部屋に向かって走っていった。それと入れ替わるように、侍女と騎士を連れたルシエラ様が私の元に来た。








「イオリ様、明日のことお聞きしました」






「うん?」






「どうか兄を、ドラゴンたちを、この国をよろしくお願いいたします」






「うん、任されました」






「私が責任をもってシエル君とセリカちゃんを守ります」






「お願いします」








なんだかフラグを立てに来たみたいじゃないか。私は死ぬ気なんてさらさらないし、家族で住むことをまだ諦めていないのだ。そのうえ、お兄ちゃんとリリーシャ嬢の結婚式も見ていない。そう易々と死んでたまるか。








「ルシエラ様、ひとつお願いがあるんですが」






「何でしょうか?」






「もしも、万が一のことがあったらなんですけど」






「ーー嫌ですわ、そんなお願い聞けません」






「いいえ、聞いていただけなければ困ります」






「そんな、万が一のことについての願いなど…私に聞く勇気も、叶えて差し上げれる勇気もありません」






「では勝手に言わせてもらいます。もしもすべてが終わって、私の体力が尽きた時に双帝の剣をかいなに抱き、この離宮の何処かで休ませてください」






「…それが、万が一のことがあった時のお願いですか?」






「ふふ、ちゃんと聞いてくださったのですね。安心してください、この息の根が止まった時の願いはしてませんよ」 








帰って来たシエルとセリカを抱き止め、私はルシエラ様に微笑んだ。私の息の根が止まった時の願いもしようと思った。だけど、優しい彼女はきっと叶えてくれないだろう。この世界の聖女とは、創造神の妹神フエンテに選ばれた者に与えられる役目のこと。慈愛に満ちた女性という意味は持たないのだから。








早く読んでと急かす双子たち。呆然と私を眺めるルシエラ様と侍女と騎士。泉を守るためだけに翼を授けられた皇女。双子たちの指南役として、蒼の離宮に共に住む聖女。値からある双帝の妹。それ以前に、彼女は心優しい少女なのだから。








「それでは、御前失礼します」






「…は、い」








右手をセリカ、左手をシエルが握ったところで私は頭を下げてその場から去った。何も知らない可愛い弟妹と過ごすには良い天気だ。

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