異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。

千絢

41.時雨の紛い物

人影に黒を振りを下せばキィィンと甲高く嘶いた。硬い何かに受け止められた。砂塵の所為でよく見えないが、それが良いものではないことは確かだ。








砂塵に息を吹きかけ風を呼ぶ。これが無詠唱による魔術合戦の始まりだった。晴れる視界の先には、長躯の男。黒色の髪に朱と紫の瞳。見たことのあるその面影。






「嘘、でしょう?」






「事実だ。久しぶりだなァ、依織」








左の口角だけを上げて器用に笑うその男は、かつての相棒で恋人だった時雨そのものだった。魂が肉体に影響を及ぼすのか?否、ありえない。即座に己の考えを打ち消す。肉体は時雨のモノではない。時雨の肉体は、お兄ちゃんの目の前で千々となったのだ。だから、これは時雨じゃない。






《依織よ、騙されるでないぞ。こやつは紛い物だ》








「酷いなあ、始音。お前の主だぞ?」








《その口を閉じよ、紛い物!!》








始音が吠える。黒い銃口が向けられる。しかし、その魔銃は政府のものではなかった。アーロミス商会の刻印が入ったソレは、確かにこの世界のモノ。だから、この時雨も本物じゃない。








――紛い物は、消さなければ。








「紛い物だと思うのか、依織?」






「黙れ!!」








私が愛した男を、これ以上冒涜するな。






父を失ったすぐにお前を失った。その恐怖も悲しみもお前は知らない。私の愛した男は、もう居ないのだ。紛い物なんか、居て良い筈がないのだ。






黒を床に突き刺し、私は魔術を展開する。それを見た紛い物も魔術を展開し始めた。互いに無詠唱。どんな魔術が来るか分からない。分かった所で、それを打ち消すほどの魔術を展開するのは、魔力の無駄遣いに過ぎない。








魔力は無尽蔵ではないのだから。






しかし、








途中から何も考えなくなった。魔術の往来も、飛び交う弾丸や怒号も、紛い物の挑発も、どうでも良かった。途中から何も考えなくなったのも、その所為だろう。悲観しているわけでもないし、楽観なんてもっての外だ。目の前に居るのは『時雨』の紛い物。けれど紛い物であっても、時雨と戦っているようだった。










爆発も、何も気にしなくなった。私らしい戦いをしているのだろう。全ての仮定に囚われず、ただただ貪欲に勝利のみを求めて。貪欲に時雨から戦う術を吸収していた、懐かしい過去を思い出す。今の私は、まさにソレだった。






「懐かしいなァ、依織。でも、本気で殺りあったことはなかったか」






無言。次は地の魔術を展開しよう。ドンッと床を突き破る土の槍。しかし、それを紛い物は難なく避けた。加えて言うなら、私の展開した魔術を乗っ取り、土の槍を私に向けて放った。死に晒せ。








「俺が死んでから、お前何してたの?政府の犬は辞めてそうだな、普通に学生してたのか?敵の策に嵌った時、お前の笑ってる顔が浮かんだんだ。愛してるのにな、って最期の最後に思っちまった」








もう、喋るな。











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