異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。

千絢

39.お兄ちゃんと一緒

時雨が好きだった歌を口ずさむ。時雨を育てた老婆が歌っていたという子守唄。此処に居るニセモノの時雨も、この歌を歌うのだろうか。なんか嫌だなあ。時雨の、時雨だけの唄。老婆の想いが沢山詰まった子守唄。










「懐かしい歌だな」








「怪我の熱で魘されてた時も、身を縛る呪詛でのた打ち回っていた時も、この歌を歌ってあげれば落ち着いて眠ってたのよね。時雨にとって、この歌は精神安定剤のようなものだったのよ」








「お前の歌声は綺麗だからなあ」






「私の声なんて、どうでも良いの。あの歌詞、あの旋律、歌の全てで彼を宥めていたもの。戦場を駆けること、お婆さんは知ってたのかしらねぇ」










黒を振るい、白を振りかざし、私たちは墓場と化す戦場に居た。狭い室内で暴れる。いかに効率よく葬るか。誰も仕留め損ねないよう努め、否、努める程もない。先陣を切った私とお兄ちゃんの後ろには、お零れを仕留める始音と終歌の姿。メギドは同族を開放すると、途中で道を分かれたが暴れているのがなんとなく分かった。








「依織はさ、まだ時雨が好きか?」






「愚問。好きに決まっているじゃない。愛しいに決まっているじゃない。でも、もう居ないから」






「新しく、とは思わねぇの?」






「うーん。ないかなあ。前線で生きることが何より楽しいし、今度は私が遺すかもしれない、と思うと気楽に恋愛も出来ないじゃん。お兄ちゃんは、城下に居るんだっけ」






「おう。お兄ちゃん、今が一番幸せ」






「ブリッ子すんな、キモチワルイ」






血生臭い戦場に似合わない話題。こんな話、お兄ちゃんとするとは思ってもなかった。新しい恋愛も終わった、とは言わない。シヴァ様に恋したとか、ある意味自爆っつうか自分から傷つきに行ってるようなモノだし。








「――動乱の星の元に生まれても、俺等にだって幸せになる権利はある」






「誰かと結ばれるだけが幸せじゃないんだよ、お兄ちゃん。私ね、こんな生活でも幸せだと心から思う。お兄ちゃんが居て、シエルやセリカが居るんだ。それだけでも幸せだよ」






「依織…」






「さあ、仕事に集中しよう。まだまだこれからよ!」








誰しも幸せになる権利を持つ。それに例外は存在しない。誰も例に漏れることなく、その権利を有している。生きとし生けるものすべてに、平等に与えられたそれは永久不滅の権利なのだ。








「何者か!」




「答える奴居るか、それ?」






お前、もう死ぬのによ。お兄ちゃんはそう言って嗤った。彼等より似合う悪役らしい笑みだ。それはずっと戦場で見続けて来たものと同じで、やっぱり戦場から切り離されることは出来ないんだなあなんてシミジミと思ってしまった。






城下に彼女が居るって言ったって、異世界からやって来て、今は亡きグレイアス皇子の息子という事実は覆されることは無い。いつか、彼女さんに会えたら聞いてみようと思う。このバカの何処が良いのか。顔は良いのはまあ仕方ないことだ。








お兄ちゃんを中心に風がそよぐ。風はお兄ちゃんの特権だと思う。風さえあれば、お兄ちゃんは何だって熟すワケだし。風がない場所なんて世界にはない。真空は自然界に存在しない。






お兄ちゃん最強?








「イオ、何ぼさっとしてるんだ!行くぞ!」






「はぁーい」








そうじゃん。私のお兄ちゃん最強じゃん。チョー強いの。お兄ちゃんが負けるわけないじゃんね。一緒に国1つまるごと殲滅したのが懐かしいなあ。気ぃ引き締めて殺りますか!









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