異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。

千絢

26.シュヴァルツside

――では、お気をつけていってらっしゃいませ。








そう笑って俺を見送ったイオ。いや、イオリと呼んだ方が良いのだろう。初めて見た荒んだイオリ。いつも爛漫と輝いている金色の瞳は、仄暗い闇を宿し凛と澄んだ声音は妖艶な声音へと変わっていた。その姿に、何も言えなかった。濡れた髪のまま出てきた俺を見て、更に苛烈さが増した。








俺に対して、要らん情でも持ってしまったんだろう。








イオリが俺の傍仕えになって、早半年以上が過ぎた。イオリが俺の傍仕えになって、アーロミス商会婚約者が騒がしく文句を言って来ている事も、それに便乗して嫌がらせをしてくる周りも居ることを俺は知って居ながら、知らないふりをしていた。俺が出れば、余計に状況は悪化するから。










というのは建前で、俺は関わりたくなかったのだ。俺はマリアナも大事で、イオリも大事だからだ。両方を失いたくない。いや、本音を言えばマリアナが一番大事だ。マリアナは初めて愛したオンナで、イオリは優秀な側近。比べて、誰が一番大事なのかは一目瞭然だろう。








「なぁに、わたくしを前にして考えごとかしら?」






「いや、お前と側近イオリを選べと問われれば、お前を選ぶだろうと考えただけだよ」






「ふふ、シヴァは私の機嫌を取るのは本当に上手ね」








可憐に笑うマリアナが愛しい。背中まで伸びた緩いウエーブの掛かった薄金の髪と、翡翠とも見間違えそうなぐらい温かな目。可憐な姿を以てして女傑と呼ばれるマリアナとは、何度か戦場に出たことがあるがその戦う姿は美しい。イオリが戦う姿も美しいがマリアナ程でもないと俺は思う。それほど、俺はマリアナが大事というか愛しいのだ。








アーロミス商会が戦場へ出るのは可笑しい事ではない。あそこは傭兵団でもあるのだ、誰も俺と共に戦場へ出るマリアナを止めはしなかった。寧ろ推奨して、喜んで一緒に行かせた。








変わった親だが、そういう親なのだ。前皇帝親父も変わっていたが。








「さあ、今日は何処へ行く?」






「遠乗りでもしましょうよ。お弁当、作って来たの!」








アストラルは何も言わなかったが、何処か不満気だということは分かった。何が不満なのだろう。アストラルも遠乗りは好きだ。だから、昨日イオリをわざわざ迎えに行ったというのに。イオリにはあぁ言ったが、実はイオリを迎えに行くことをアストラルが提案したのだ。








アストラルもティエラも、騎士団のドラゴンたちはイオリが何よりもお気に入りらしい。本来、ドラゴンは気高き生き物だ。主と認めた者以外背に乗せない。それが、この世の定理。けれど、イオリは覆した。








不満そうなアストラルを余所に、彼女のドラゴンルルベルは嬉々と雲一つない大空を見上げていた。マリアナと同じで気分屋――というより感情の起伏が激しいドラゴンだが、今日は機嫌が良いそうだ。






「よし、いつもの所ばかりで悪いが丘へ行くか」






「良いわ!今日の天気は素晴らしいもの、きっと気持ちいい筈よ」






「たまには違う所も行きたいが、そこまで調べる余裕がなくてな。悪いな、マリアナ」






「いいえ、何を言うの。貴方は黒帝陛下よ?例え、戦場が専門だとしても陛下に違いない。忙しくて当たり前だわ!!」








緩くウェーブの掛かった薄金の髪を撫でて、俺はマリアナの額に一つ口づけをする。最高に気分が良い。俺とマリアナは互いのドラゴンの背に乗って、青くて広い大空へと舞い上がる。










こんな平和な日々が続けばいい。隣国とのせめぎ合いも、魔物たちが異常な程この国へ出没するようになったのも。全部なくなって、平和に笑っていられるようなそんな日々が―――。










俺たちが向かった丘は、俺たちが一番最初に出会った場所で、俺が告白したところでもある思い出深い場所だ。見下ろせば建設途中の町が見える。メギドの襲来で壊れてしまった家屋を直している最中で、些か趣に駆ける。それでも、思い出がたくさん詰まった場所だから俺たちはよく此処へ来ていた。








「シヴァ、」






「ん?」






「今日も貴方は素敵ね」






「それはお前もだろう?マリアナ」








晴れた青空の下で、一本の巨樹の下に、俺たちは座り込んでマリアナ睦言を囁き合う。アストラルやルルベルは素知らぬふりをする。聞こえていても、だ。そういう聞き分けの良い子は好きだぞ、っていうかもう長いもんな。








「平和な日々が続けばいいわね」






「そうすれば、お前を妃に出来るのにな」






「ふふ、私で良いの?あの金目の猫ちゃんは?」






「何度も言わせるな、アイツはただの側近。お前とは天地の差がある」








マリアナが突撃訪問して来てから、ことあるごとに訊いてくるようになったその質問。気に食わないのだろう。けれど、アイツは仕事ができる。俺の心を読んだように先回りして動く。有能な側近だ。失うには惜しい。








「気にするな、マリアナ。アイツは弁えている。だから、この間だって邪魔をしなかっただろう?」






「…そう、ね」






「アイツも馬鹿じゃないんだ。俺はお前が好きだよ、マリアナ」








目を伏せるマリアナの髪を撫で、俺は思い出す。部屋に入るつもりで、近づいて来ていたことを。途中で侍女に止められ、逆に侍女を試していたことを。話し声は全部聞いている。






〝この城に仕えている侍女なんだから、堂々と嘘でも吐けばいいだろう。嘘はバレない限り真実として成り立つ。それに、此処に居るのはイオリだ。嘘を吐いたって罪には問わないよ〟








そう言った彼女は、全てを弁えていると言っても過言じゃないだろう。弱冠21歳にして、何をそこまで悟る必要があったのか。








否、今はどうだって良い。マリアナとの今を大事にしなければ。











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