異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。
04.お茶会
此処に来てどれくらいの時間を過ぎたのか。
まあ、半年は余裕で過ぎた。納期どうこうの話はなくなって、代わりにと言っては何だが魔物や戦場などの話を耳にするようになった。血生臭い、そんな話だ。それは何故か。黒帝の所為ではある。彼は白帝とは全く違う気配を持っている。傍に居るだけで威圧感と圧迫感、それから闇に引き込まれるような感覚を味わえる。けれど、不可侵の雰囲気も兼ね備えていた。私は慣れたけど、周りは違うらしい。
漆黒の髪に、鋭く冷たい金色と銀色のオッドアイ。白帝が純白なら、黒帝は漆黒。対。相対。彼等は光と闇。白と黒。対照の存在。同じ顔で、同じような骨格。双子の彼等が異なっているのは魔力と雰囲気だけ。此処まで対照の存在になれる双子も居るんだなあって思ってたけど、そんなことはなかった。
「イオ?」
「はいはい?」
「ルシエラが昼に茶会をしようと」
「え?」
基本、ここも兄妹愛が凄い。我が家並みだ。5人兄妹で白帝アルベルトが長男、黒帝シュヴァルツが次男。揃って23歳、ルシエラ様が長女御年18歳、次女のヴィヴィ様御年12歳、三男のリヴェーダ様御年7歳。白帝が長男。納得の兄貴様です。前皇帝は、皇妃と側室2人とのんびり隠居しているそうだ。側室2人がヴィヴィ様とリヴェーダ様を産んだと。まあ、その辺はどうでも良いらしい。可愛いんだってさ。
「昼に茶会だ。俺も久しぶりに出る」
「シヴァ様、お茶会に出るのも良いですけど書類溜まって来てますよ?」
「…イオも処理できるだろう?」
「では、お茶会はお一人で参加してくださいね」
黒帝を愛称呼び出来るまでに仲良くなった私たち。周りもビックリなぐらい仲良しになっちゃったんですわ。白帝の読み通り、気に入られたってやつですな。でも、有能な懐刀と呼ばれるように私は日々精進しております。まあ、元々事務処理では有能な方だったからね、うん宰相殿もなんだかんだ良いながら嬉しいんじゃないのかなあ。ひひっ。
「いや、今日は客人の予定もあるんだ。お前たちにも会わせたい」
「客人?お前たち?」
「シキと双子も一緒だ。客人が客人だけにヴィーとリーは呼んではいないがな」
「ならシエルもセリカも、お茶会に呼ばれなくても良いのでは?」
「客人は国境の騎士大公爵ノルエルハが奥方を連れて来る。アルが紹介したいんだと」
なんか面倒くさそうな話である。そのノルエルハ様について訊けば、兄と共に行方が分からなくなってしまった皇族らしい。双帝からすれば大叔父貴だとか。前皇帝の父上の息子。つまりは前皇帝の兄弟。大叔父ではないような。ただの叔父のような気もしないでもないが、まあ良いや。私、その辺あまり理解できてないのよね。
「…別に紹介される義理ないと思うんですけどねえ。ノルエルハ様、か」
「行くぞ、時間だ」
半ば引き摺られるようにして、私はシヴァ様と共にお茶会の会場である中庭のハウスへと向かったのでした。
これが事の始まりというか、全ての幕開けだったというか。私にとっては悪夢の始まりであった。私は過去を恨んでいる。もしも未来が分かっていたならば、こんな汚い感情を抱かなくて済んだのに。気に入らない。私の世界で私たちの人生を狂わせた奴が―――
目の前に居た。
「今回のお客様、大叔父上のノルエルハ様と奥様のリーリン様ですわ」
父を亡くした時の様な虚無感、絶望感、失望感と母から奴を紹介された時の絶望と怒りと安堵が頭の中を一瞬にして駆け巡った。
それは、私だけではなかったらしい。既に居たお兄ちゃんの顔が強張っていて、手袋越しにでも分かる程手を握り締めていた。
客人は、私がこの世で、この人生のなかで一番憎んでいる男だったのだ。憎しみがふれた。精霊が私の周りを漂う。仄暗さも明るさも何も抱いては居なかったけれど、彼等は知っているのだろうか。私たちの関係を。繋がりを。
瞬きをする間もなく雰囲気が変わった私たちに、誰もが注目した。けれど、その男は私やお兄ちゃんに気付いた風もない。
「…ノルエルハ様とリーリン様ですね。私は黒帝の傍仕えをしておりますイオリと申します。この子は妹のセリカです」
「騎士団黒翼、側近筆頭シキと。この子は弟のシエルです」
席に着くと同時に、ルシエラ様が紹介してくれた。
そうか、私たちが呼んでいたエルってのは愛称だったのか。私の膝にセリカ、お兄ちゃんの膝にシエルが座り、私たちの横に白帝と黒帝が座った。向き合う様な形で座り、ルシエラ様がのんびりと微笑んでいる。
何も、知らないから。何も知らないから、白帝もシヴァ様も、笑って話が出来る。
「へえ、シヴァにも傍仕えができたんだね。別嬪さんだ」
「ふふ、本当に」
笑って、話しかけてくる。もう我慢が出来なかった。多分、お兄ちゃんも。互いの魔力が乱れるのが分かった。不安そうにシエルとセリカが見上げて来る。
「似てないねぇ、母さんとリーリン様は。いや、でも魂の波長はそっくりだねぇ」
「ああ、魂は似ているな。でも知ってたか、リーリン様は隣国の王女でノルエルハ大公の幼馴染だったそうだ」
「あらら、じゃあ、母さんは一時的なアレ?何だっけ、リーリン様の代わりって奴だったのかな。グレイアスはちゃんと、母を愛し志貴を愛し、私を愛してくれたのにねぇ」
「エルは愛称でノルエルハが本名か、俺が来る数年前に戻って来たらしいぞ。会うのは初めてなんだがな、懐かしさも何もねぇな」
「招待してくださったルシエラ様、紹介してくれた白帝にゃ悪いけれど」
「「やっぱり、気に入らねーな」」
同時に席を立つ。このまま行方を晦ましたかった。目を見開く男の頬を叩きたかった。腰に据えた両刃を向けて、首と胴を切り飛ばしたかった。それら全てを抑えるのには、この場を離れるしか方法がない。私も志貴もそうだ。兄妹だから。シエル、セリカ、お前たちの父は幸せそうだよ。
「リーリン様、どうぞご身体にご慈愛を。憎むなら神を、そして私たちを。愛するならばその男を」
「―――っ待ってくれ、シキ、イオ!!」
「あの世界とこの世界の縁を切り離せるかな」
「問題ない」
「悲劇を増やす前に、切り離さなきゃ」
「僕はっ、君たちも愛している!!ユリアも!!ちゃんと、愛していた!」
「―――うそつき。だったらどうして、胎に居たこの子たちを置いて消えた!?お前の所為で母は狂い泣きながら死んでいった!!お前の所為でこの子たちの人生も狂った!!」
ノルエルハの金目銀目を見据えた。悲痛に満ちた両目。知ったものか。お前の所為だ。母さんが狂ったのも、双子の人生が狂ったのも。私が憎しみという感情を抱いたのも。
グレイアスの代わりに守るという嘘の言葉を信じてしまった、己の不甲斐無さを私はいつまでも悔いている。意味のない後悔。意味のある憎悪。あぁ、こんな感情をいつまでも抱いては居たくないのに。私はこの男が居る限り、この感情を棄てはしないのだろう。
「知らないフリを突き通そうとしたのは別にかまわない。この世界のお前の人生だから。ただ、忘れるな。俺たちの存在を」
「双帝、ルシエラ様、リーリン様、申し訳ないけれど私たちはこれで下がらせて頂きます。この場を設けてくださり礼を申し上げます」
一歩踏み出せば、私が喚び出した魔方陣がある。黒いベールに包まれた魔方陣は、彼等の目にどんな風に映っただろう。片手でセリカを抱き締め、片手でお兄ちゃんの手を握った。飛ぶ先は、シエルとセリカの蒼の離宮。父だと教えなければならない。彼が父親なのだと。気付いてはいるだろうけれど。
「まあ待ちなよ、シキ、イオリ」
踏み出そうとした矢先、魔方陣は音もなく霧散する。精霊たちが不安そうに私たちを伺って来る。
白帝の声に、私たちは目を向けた。笑っていた。微笑んでいた。美しいその顔で、何も感情のない笑みを湛えていた。一言言おう。怖い。魔方陣を消した白帝は座りなよ、と私たちを座らせた。促すことなく、命令として。
「何、君たちは大叔父上と知り合いなの?」
「シエルとセリカの父親です。以前お話した、行方を晦ませた奴です」
「で、グレイアスってノルエルハ大叔父上の兄なんだけど」
「私とイオリの父親に当たります」
「ってことは、お前等も一応皇族になるのか。後ろ盾は出来たな」
「うん、その心配はなくなったね。でも、シエルとセリカの父親ってどういうことかな?」
「そういうことです。この男は腹の大きな母を置いて出て行った、それだけです。父親なのも血縁上だけ、それ以外で父を名乗るのは認めない」
シヴァ様の言葉に、そんな心配事もされていたのかと少しだけ見直した。いつも血生臭い話ばかりしてたから、政治には疎いのかと思ってた。ごめんなさい。白帝の弟だもんね、そんなことないよね。
「それはっ、置いて行ったわけじゃない!!」
「うーん、大叔父上が言うのも間違ってないかも。計算上、彼がこの国に戻って来たのはウチの神官が召喚したからなんだ」
「…召喚?」
「そ、召喚。ウチの国も派閥あるだろ?教皇派と皇族派。んで、極秘でね、教皇派が大叔父上たちを喚んでみたんだ。空間の歪に落ちた兄弟だ、それに当時は神童って呼ばれてたから生き残っているだろうって決めつけてね。まあ、ぶっちゃけ傀儡にしたかったんだと」
「あれは凄まじかったですわね。帰って来れたけれど、心ここにあらずのノルエルハ大叔父上様と骸になっていたグレイアス大叔父上。我が皇族派が鎮圧して、教皇派は殆ど滅ぼしましたけれど、その代償がまさか…」
なんてこったい。召喚されっぱなしだな、この兄弟。私の国で強き者として召喚され、政府に飼われて片や戦死、片や行方不明になったと思ったらこっちに召喚されたと。悲劇の兄弟だな。ノルエルハを憎むべきか、政府を、否、神を憎むべきか。天をというか、ハウスの天井を仰ぐ私とお兄ちゃん。
「ねーちゃん?にーちゃん?」
「もう分からなくなってきたぜ…姉ちゃん」
「兄ちゃんもだ。なんだ、何を憎めばいいんだっけ?」
「運命とかクサイこと言っちゃうけど、マジな辺り神でも憎んどく?」
「だな、そうするか。で、ノルエルハのことはどうすんの?」
「許すもなにも、一番の被害者だよ?こんな感情を向けるのお門違いだべ」
「そうだよなあ、母さんと双子も一番の被害者枠に入れといてやれよ」
「おっけ。とりあえず、あっちとこっちを切り離して、物語の結末を締め括らないと。誰も幸せになれないね」
「おう」
シエルとセリカを下して、互いの拳を合わせた私たち。なんだか清々しい。オチはかなーり悪いけど。私たち、誰が悪いってワケじゃなかったんだね。母さんも、悲しかっただけなんだね。
「――いやいや、勝手に話を終わらしてるけど、良いのかいそれで?」
「良いのかいそれでって、可笑しなこと言いますねぇ陛下。確かに私たちは被害を被った。けれど、先程ノルエルハの口から愛していたと聞きました。それだけで、十分です。ね、お兄ちゃん」
「そうっすよ陛下。罵っちまった言葉は取り消せねぇけど、まあ思っていたこと全てをぶちまけたし、ノルエルハが今度こそ幸せになるなら別に良いよな、依織」
「シエルもセリカも幸せになって、お兄ちゃんも私も幸せになる、それからリーリン様の腹の御子も、皆が幸せになるんです。そうすれば、私たちの母も幸せになる気がするんです」
もう良い。良いんだ。母さん、貴女も悪くない。何も、悪くないんだ。ただ戦力を欲しがった政府と教皇派が悪いだけで、私たちの中に悪い人なんていない。
吐き出した言葉は取り戻せない。けれど、どれも嘘偽りのない本音。ノルエルハを傷付けてしまったかもれしれないけれど、それを胸に秘めて生きて行ってほしい。国境の騎士、誰よりも強いんでしょう?
「謡え、世界」
「唄え、精霊」
「神々の奏でる音に詩を乗せて」
「倖せを願うことこそが我等の使命」
「倖せを見届けることこそが我等の運命」
「暫しの間離れていたが、これより共に宿命に勤める」
「全てに愛を、全てに祝福を」
「そして、全てに幸福を」
みんなが、笑って過ごせる世界を。
「永久より伝わる言葉で綴るは、不思議な縁と縁を切り離す言葉。我らに伝わりし古き言葉」
「精霊たち、神々、我等が乞う」
「「繋がれた扉を壊したまえ」」
ハウスのなかに形成される魔方陣。白と黒の魔法。
誰かがため息を零す。エルが涙を流す。シエルとセリカが天を見つめた。気付いたのだろう、世界と世界の縁が一つ切り離されたことに。
「金は依織の名に於いて」
「銀は志貴の名に於いて」
受け継ぐ、父の血を。受け継ぐ、父の意志を。
世界という空間を超えて、意志を受け継ぐ。
まあ、半年は余裕で過ぎた。納期どうこうの話はなくなって、代わりにと言っては何だが魔物や戦場などの話を耳にするようになった。血生臭い、そんな話だ。それは何故か。黒帝の所為ではある。彼は白帝とは全く違う気配を持っている。傍に居るだけで威圧感と圧迫感、それから闇に引き込まれるような感覚を味わえる。けれど、不可侵の雰囲気も兼ね備えていた。私は慣れたけど、周りは違うらしい。
漆黒の髪に、鋭く冷たい金色と銀色のオッドアイ。白帝が純白なら、黒帝は漆黒。対。相対。彼等は光と闇。白と黒。対照の存在。同じ顔で、同じような骨格。双子の彼等が異なっているのは魔力と雰囲気だけ。此処まで対照の存在になれる双子も居るんだなあって思ってたけど、そんなことはなかった。
「イオ?」
「はいはい?」
「ルシエラが昼に茶会をしようと」
「え?」
基本、ここも兄妹愛が凄い。我が家並みだ。5人兄妹で白帝アルベルトが長男、黒帝シュヴァルツが次男。揃って23歳、ルシエラ様が長女御年18歳、次女のヴィヴィ様御年12歳、三男のリヴェーダ様御年7歳。白帝が長男。納得の兄貴様です。前皇帝は、皇妃と側室2人とのんびり隠居しているそうだ。側室2人がヴィヴィ様とリヴェーダ様を産んだと。まあ、その辺はどうでも良いらしい。可愛いんだってさ。
「昼に茶会だ。俺も久しぶりに出る」
「シヴァ様、お茶会に出るのも良いですけど書類溜まって来てますよ?」
「…イオも処理できるだろう?」
「では、お茶会はお一人で参加してくださいね」
黒帝を愛称呼び出来るまでに仲良くなった私たち。周りもビックリなぐらい仲良しになっちゃったんですわ。白帝の読み通り、気に入られたってやつですな。でも、有能な懐刀と呼ばれるように私は日々精進しております。まあ、元々事務処理では有能な方だったからね、うん宰相殿もなんだかんだ良いながら嬉しいんじゃないのかなあ。ひひっ。
「いや、今日は客人の予定もあるんだ。お前たちにも会わせたい」
「客人?お前たち?」
「シキと双子も一緒だ。客人が客人だけにヴィーとリーは呼んではいないがな」
「ならシエルもセリカも、お茶会に呼ばれなくても良いのでは?」
「客人は国境の騎士大公爵ノルエルハが奥方を連れて来る。アルが紹介したいんだと」
なんか面倒くさそうな話である。そのノルエルハ様について訊けば、兄と共に行方が分からなくなってしまった皇族らしい。双帝からすれば大叔父貴だとか。前皇帝の父上の息子。つまりは前皇帝の兄弟。大叔父ではないような。ただの叔父のような気もしないでもないが、まあ良いや。私、その辺あまり理解できてないのよね。
「…別に紹介される義理ないと思うんですけどねえ。ノルエルハ様、か」
「行くぞ、時間だ」
半ば引き摺られるようにして、私はシヴァ様と共にお茶会の会場である中庭のハウスへと向かったのでした。
これが事の始まりというか、全ての幕開けだったというか。私にとっては悪夢の始まりであった。私は過去を恨んでいる。もしも未来が分かっていたならば、こんな汚い感情を抱かなくて済んだのに。気に入らない。私の世界で私たちの人生を狂わせた奴が―――
目の前に居た。
「今回のお客様、大叔父上のノルエルハ様と奥様のリーリン様ですわ」
父を亡くした時の様な虚無感、絶望感、失望感と母から奴を紹介された時の絶望と怒りと安堵が頭の中を一瞬にして駆け巡った。
それは、私だけではなかったらしい。既に居たお兄ちゃんの顔が強張っていて、手袋越しにでも分かる程手を握り締めていた。
客人は、私がこの世で、この人生のなかで一番憎んでいる男だったのだ。憎しみがふれた。精霊が私の周りを漂う。仄暗さも明るさも何も抱いては居なかったけれど、彼等は知っているのだろうか。私たちの関係を。繋がりを。
瞬きをする間もなく雰囲気が変わった私たちに、誰もが注目した。けれど、その男は私やお兄ちゃんに気付いた風もない。
「…ノルエルハ様とリーリン様ですね。私は黒帝の傍仕えをしておりますイオリと申します。この子は妹のセリカです」
「騎士団黒翼、側近筆頭シキと。この子は弟のシエルです」
席に着くと同時に、ルシエラ様が紹介してくれた。
そうか、私たちが呼んでいたエルってのは愛称だったのか。私の膝にセリカ、お兄ちゃんの膝にシエルが座り、私たちの横に白帝と黒帝が座った。向き合う様な形で座り、ルシエラ様がのんびりと微笑んでいる。
何も、知らないから。何も知らないから、白帝もシヴァ様も、笑って話が出来る。
「へえ、シヴァにも傍仕えができたんだね。別嬪さんだ」
「ふふ、本当に」
笑って、話しかけてくる。もう我慢が出来なかった。多分、お兄ちゃんも。互いの魔力が乱れるのが分かった。不安そうにシエルとセリカが見上げて来る。
「似てないねぇ、母さんとリーリン様は。いや、でも魂の波長はそっくりだねぇ」
「ああ、魂は似ているな。でも知ってたか、リーリン様は隣国の王女でノルエルハ大公の幼馴染だったそうだ」
「あらら、じゃあ、母さんは一時的なアレ?何だっけ、リーリン様の代わりって奴だったのかな。グレイアスはちゃんと、母を愛し志貴を愛し、私を愛してくれたのにねぇ」
「エルは愛称でノルエルハが本名か、俺が来る数年前に戻って来たらしいぞ。会うのは初めてなんだがな、懐かしさも何もねぇな」
「招待してくださったルシエラ様、紹介してくれた白帝にゃ悪いけれど」
「「やっぱり、気に入らねーな」」
同時に席を立つ。このまま行方を晦ましたかった。目を見開く男の頬を叩きたかった。腰に据えた両刃を向けて、首と胴を切り飛ばしたかった。それら全てを抑えるのには、この場を離れるしか方法がない。私も志貴もそうだ。兄妹だから。シエル、セリカ、お前たちの父は幸せそうだよ。
「リーリン様、どうぞご身体にご慈愛を。憎むなら神を、そして私たちを。愛するならばその男を」
「―――っ待ってくれ、シキ、イオ!!」
「あの世界とこの世界の縁を切り離せるかな」
「問題ない」
「悲劇を増やす前に、切り離さなきゃ」
「僕はっ、君たちも愛している!!ユリアも!!ちゃんと、愛していた!」
「―――うそつき。だったらどうして、胎に居たこの子たちを置いて消えた!?お前の所為で母は狂い泣きながら死んでいった!!お前の所為でこの子たちの人生も狂った!!」
ノルエルハの金目銀目を見据えた。悲痛に満ちた両目。知ったものか。お前の所為だ。母さんが狂ったのも、双子の人生が狂ったのも。私が憎しみという感情を抱いたのも。
グレイアスの代わりに守るという嘘の言葉を信じてしまった、己の不甲斐無さを私はいつまでも悔いている。意味のない後悔。意味のある憎悪。あぁ、こんな感情をいつまでも抱いては居たくないのに。私はこの男が居る限り、この感情を棄てはしないのだろう。
「知らないフリを突き通そうとしたのは別にかまわない。この世界のお前の人生だから。ただ、忘れるな。俺たちの存在を」
「双帝、ルシエラ様、リーリン様、申し訳ないけれど私たちはこれで下がらせて頂きます。この場を設けてくださり礼を申し上げます」
一歩踏み出せば、私が喚び出した魔方陣がある。黒いベールに包まれた魔方陣は、彼等の目にどんな風に映っただろう。片手でセリカを抱き締め、片手でお兄ちゃんの手を握った。飛ぶ先は、シエルとセリカの蒼の離宮。父だと教えなければならない。彼が父親なのだと。気付いてはいるだろうけれど。
「まあ待ちなよ、シキ、イオリ」
踏み出そうとした矢先、魔方陣は音もなく霧散する。精霊たちが不安そうに私たちを伺って来る。
白帝の声に、私たちは目を向けた。笑っていた。微笑んでいた。美しいその顔で、何も感情のない笑みを湛えていた。一言言おう。怖い。魔方陣を消した白帝は座りなよ、と私たちを座らせた。促すことなく、命令として。
「何、君たちは大叔父上と知り合いなの?」
「シエルとセリカの父親です。以前お話した、行方を晦ませた奴です」
「で、グレイアスってノルエルハ大叔父上の兄なんだけど」
「私とイオリの父親に当たります」
「ってことは、お前等も一応皇族になるのか。後ろ盾は出来たな」
「うん、その心配はなくなったね。でも、シエルとセリカの父親ってどういうことかな?」
「そういうことです。この男は腹の大きな母を置いて出て行った、それだけです。父親なのも血縁上だけ、それ以外で父を名乗るのは認めない」
シヴァ様の言葉に、そんな心配事もされていたのかと少しだけ見直した。いつも血生臭い話ばかりしてたから、政治には疎いのかと思ってた。ごめんなさい。白帝の弟だもんね、そんなことないよね。
「それはっ、置いて行ったわけじゃない!!」
「うーん、大叔父上が言うのも間違ってないかも。計算上、彼がこの国に戻って来たのはウチの神官が召喚したからなんだ」
「…召喚?」
「そ、召喚。ウチの国も派閥あるだろ?教皇派と皇族派。んで、極秘でね、教皇派が大叔父上たちを喚んでみたんだ。空間の歪に落ちた兄弟だ、それに当時は神童って呼ばれてたから生き残っているだろうって決めつけてね。まあ、ぶっちゃけ傀儡にしたかったんだと」
「あれは凄まじかったですわね。帰って来れたけれど、心ここにあらずのノルエルハ大叔父上様と骸になっていたグレイアス大叔父上。我が皇族派が鎮圧して、教皇派は殆ど滅ぼしましたけれど、その代償がまさか…」
なんてこったい。召喚されっぱなしだな、この兄弟。私の国で強き者として召喚され、政府に飼われて片や戦死、片や行方不明になったと思ったらこっちに召喚されたと。悲劇の兄弟だな。ノルエルハを憎むべきか、政府を、否、神を憎むべきか。天をというか、ハウスの天井を仰ぐ私とお兄ちゃん。
「ねーちゃん?にーちゃん?」
「もう分からなくなってきたぜ…姉ちゃん」
「兄ちゃんもだ。なんだ、何を憎めばいいんだっけ?」
「運命とかクサイこと言っちゃうけど、マジな辺り神でも憎んどく?」
「だな、そうするか。で、ノルエルハのことはどうすんの?」
「許すもなにも、一番の被害者だよ?こんな感情を向けるのお門違いだべ」
「そうだよなあ、母さんと双子も一番の被害者枠に入れといてやれよ」
「おっけ。とりあえず、あっちとこっちを切り離して、物語の結末を締め括らないと。誰も幸せになれないね」
「おう」
シエルとセリカを下して、互いの拳を合わせた私たち。なんだか清々しい。オチはかなーり悪いけど。私たち、誰が悪いってワケじゃなかったんだね。母さんも、悲しかっただけなんだね。
「――いやいや、勝手に話を終わらしてるけど、良いのかいそれで?」
「良いのかいそれでって、可笑しなこと言いますねぇ陛下。確かに私たちは被害を被った。けれど、先程ノルエルハの口から愛していたと聞きました。それだけで、十分です。ね、お兄ちゃん」
「そうっすよ陛下。罵っちまった言葉は取り消せねぇけど、まあ思っていたこと全てをぶちまけたし、ノルエルハが今度こそ幸せになるなら別に良いよな、依織」
「シエルもセリカも幸せになって、お兄ちゃんも私も幸せになる、それからリーリン様の腹の御子も、皆が幸せになるんです。そうすれば、私たちの母も幸せになる気がするんです」
もう良い。良いんだ。母さん、貴女も悪くない。何も、悪くないんだ。ただ戦力を欲しがった政府と教皇派が悪いだけで、私たちの中に悪い人なんていない。
吐き出した言葉は取り戻せない。けれど、どれも嘘偽りのない本音。ノルエルハを傷付けてしまったかもれしれないけれど、それを胸に秘めて生きて行ってほしい。国境の騎士、誰よりも強いんでしょう?
「謡え、世界」
「唄え、精霊」
「神々の奏でる音に詩を乗せて」
「倖せを願うことこそが我等の使命」
「倖せを見届けることこそが我等の運命」
「暫しの間離れていたが、これより共に宿命に勤める」
「全てに愛を、全てに祝福を」
「そして、全てに幸福を」
みんなが、笑って過ごせる世界を。
「永久より伝わる言葉で綴るは、不思議な縁と縁を切り離す言葉。我らに伝わりし古き言葉」
「精霊たち、神々、我等が乞う」
「「繋がれた扉を壊したまえ」」
ハウスのなかに形成される魔方陣。白と黒の魔法。
誰かがため息を零す。エルが涙を流す。シエルとセリカが天を見つめた。気付いたのだろう、世界と世界の縁が一つ切り離されたことに。
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