ルーチェ

千絢

69.「戦と理の女神の血を引く」

本来、エノクの民は繁栄を赦されていなかった。






その特異なチカラ故に。






その異色の故に。






人々の言う〝普通〟ではなかった故に。








しかし、1人の女王の手によってそれは赦された。






それは、たった1人の女性の手によって直された。








真っ黒だった理を白に塗り替え、全てをゼロへと戻したのだ。赦されない禁忌だとしても、彼女は愛するべく国の為に、愛した男との間に出来た子の為に。






たった独りで、その道を選んだ。








〈――ルーチェ…?こんな夜明けに、一体どうしたのだ〉






「いや、ちょっとね」






夜明けの空より下り立った飛鷹を腕に寄せ、私は小さく溜め息を吐いた。不穏な視線、気配とまではいかないソレに、近頃悩まされていた。今、バルコニーで立っていても尚、ひしびしと感じるソレ。








〈魔力が、漂っているな?〉






「…魔力ぅ?」






〈そう、あの姫君の魔力だ〉






「…制御は完璧に覚えたし、最近じゃあ簡単な術が使えるようになったのよ?」






〈だから、ではないのか?〉








だから、私は見張られているのだろうか。ルル王女を疑うのは面倒くさいのだが、そんな気もしなくもない。ルル王女からすれば、私は胡散臭いだろうし。








「無きにしも非ずってところね…」








〈まぁ、過剰な自己防衛なのだろうがな〉








「自分が傷つかない様に、自分を傷付ける恐れのある人間を見張るっていうのも、随分と可笑しな話よ。特殊な家庭で、且つ人間不信に陥れられる様な生活をしていてもね」








ここ数日間、私は陛下やルル王女と顔を会わせていない。ルル王女の近衛兼侍女なのに。いや、別に好き勝手動けるから良いんだけど気にしてないんだけど、暇が出来たからルル王女についてチョロっと調べることが出来た。








りん国の第六王女、琳 瑠々りん るるは膨大な魔力を宿してこの世に生まれ落ちた。正妃の子供として生まれたにも関わらず、その魔力ゆえに彼女は白の奥深い部屋に幽閉されていた。






1年前、王女が16歳になった日に琳国は彩帝国との戦に敗れ、和睦と称して琳国の王は惜しみなく、六番目のバケモノ――王女を陛下に差出した。








その時の名言が『バケモノにはバケモノが相応し』とのことだ。勿論、琳国の王は彩帝国の宰相である海燕殿に殺されたのは余談である。








〈しかし、あの王女もお主にこんなことをするとは胆が据わっておる〉






「何をしても、勝ち目なんかないのにね。でも、そんなところも可愛いわ」






〈…お主、あれは自分の顔だと分かっていてもソレを言うのか〉






「ふふ、あれは自分の顔じゃないよ。あれはもう王女の顔だ。にしても飛鷹、最近は魔物の動きが少ないようだけど…?」






〈そうだった。東の魔物が集結をみせているようなのだ〉








「…東洋の魔物かあ」








風に揺れる己の髪を目の端で見ながら、飛鷹の言葉を復唱する。東洋の魔物は、この大陸にはいない種類ばかりだと耳にする。その魔物たちは私も1度しかお目に掛かったことがない。






〈恐らく、アマルティアと琳の六番目を狙っているのだろう〉






「イヤな話ね、アマルティア様とルル王女かー」






アマルティア様はエノクの宝と言われる所以がある。それは、世界の理を更新する権利を持っているからだ。徒人ではないエノクの民が世界の理を守り続けてきた。






戦と理の女神の血を引くエノクの民。








「守ってみせるさ、奪われやしない」









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