ルーチェ
64.「怪物に敗北は必要ない」
「誰って、ついに耄碌でもしたのか?私は独り言を言っているつもりはない」
「耄碌も何も関係ねーだろうが。独りで喋って居るようにしか見えん」
まぁ、うん。昔はよくあったんだけど最近は、外で『何か』と喋ることもなかったから、ついパチンと指を鳴らした。私は『ルル王女』と喋って居るけど、傍から見たら独り言を言っているようにしか見えない。そりゃそうだ。
「私は、音と言葉を操る力を持つエノクの民。命ある生きとし生けるもの全ての声を聞くことが出来る」
だからルル王女とだって会話は出来る、と言葉を続けて陛下を見た。どんな反応をするのだろう。恋い焦がれた少女と会話が出来る私が、己の目の前に居る。
嫉妬。羨望。憤懣。怒り。憎しみ。
『雑賀真夜』には絶対に見せなかったその男の顔、その眼、その感情。それらを私に見せている。この、私に。嗚呼、何て可笑しいことだろう。第三者として、この顔を知ることとなるとは夢にも思っていなかった。
絶望も切望も何もない代わりに何故か、愛おしい気持ちになる。彼は1人で立てているという、この歓び。前世を過去として、今世を現在として見ている。ルル王女を『代わり』なんかではなく、ひとりの女として見ていた。
だから、私にその顔を、その眼を、その感情を向けることが出来るのだろう。
「絶対に、この力を羨むな。絶対に、この力を妬むな。陛下とルル王女なりのコミュニケーションの図り方がある筈だろう?それらを壊してまで、ルル王女の声を聞きたいか?ルル王女が喋れるその時まで待とうとは思わないのか?」
「…煩い!待つに、決まってるだろ」
「私に対して怒るのは良いが、その魔力は抑えるなりなんなりしないと、お前の命が危ういぞ。ルル王女も、海燕殿も、第三皇子も、カイルも、そして民たちもお前が皇帝であることを望んでいる。誰もお前の死など望まない。なぁ、千景よ」
―――お前だけは、生きて幸せになってくれ。
その為ならば、私はこの命を惜しまない。お前が死した時、私の死である。私が死した時、誰の死もなく、お前の生だけを見守る。剣と剣をぶつけ合ったあの時の言葉、私は破棄しよう。私に縛り付けられる必要はないのだ。
「誰も気付けていないだろうが、天井裏とこの扉の向こう。何人かの覆面が隠れている。恐らくお前に仇為す者。誰の手から差し向けられたか、想像することは容易い。あとはそれを肯定させるだけ。私に命令を下せ、暴けと」
ルル王女がぎゅっと手を握って来る。いや、私が隣に居るからって握る必要はないんだよ。陛下の隣に行きなよ。海燕殿が顔を引き締めて、腰に佩いた剣の柄を握る。陛下も音もなく席を立ち、ルル王女を守るように腕の中に閉じ込めた。
そして、少しの逡巡の後。
「…ルーチェ、潜む影を全て暴け」
「是」
仄暗い光を目に灯し、絶対を誓った君主より命令は下された。
「音は空気を介す。空気は風を介す。風は水を含んで辺りを漂っている。ヴァルキュリアもガーゴイルも不審な動きをしている影に気付いていることだ。この国の大地を見守ると決めた幼き怪物もすぐに気付いた。お前等の主人は滑稽だな」
クツクツと喉を鳴らして笑う。これは負け戦。4人の怪物を前にして、勝者など居ない。勝てると思っていたのなら、それは夢のまた夢の話である。
怪物に敗北は必要ない。
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