ルーチェ

千絢

46.「流る水の様に、蝕んでいく毒」

「ヴァッザー国騎士団団長、イクシオンだ。この度の来国には感謝する」












「エノクの民、海の怪物セイレーン。私たちエノクの民の総意である復讐劇を、この場で行うということだけだ。」












「復讐劇であろうとも、エノクの民の怪物がこの謀反に参加してもらえることは何にも勝る喜びを齎し、そして勝利を招くだろう」










「ヴァッザーの民たち。もう一度言う。この出来事を未来永劫語り継げ。愚かな男と女を殺すことに意味を持て、今宵流す血に意味を成せ。そして誓え。二度とこのようなことを繰り返さぬ様に」












刀の切っ先をイクシオンに向ける。その光景にざわめく周りを、私は睨んで黙らせる。これはお前等の犯した罪であったものを、私は便乗し戦という形で巻き込んだ。










「ヴァッザーの海を統べる民たち。誰よりもヴァッザーの水の恩恵を知る者よ。水を穢す異物を殺す機会は一度だけだ。それを逃せば私が殺す」








「なっ」








「ただし、女の方はくれてやる。そっちは興味がないからな。私が欲しい獲物は教皇とジューダス家だけだ」












矛先をラルファに変えて、私は嗤った。嗚呼、良い天気だ。満月が照らす水の国はさぞ美しかろう。今は穢い汚れ切った国だが、次の満月までには美しい国となる。












既に時は満ちた。私は口先に詩を乗せ紡ぐ。










「――さぁ、牙を向く者ども。今宵は血を滴らせ、水に毒を混ぜてやろう。我等は異物を取り除く毒だ。流した血はこの地に染みつき、忘れられぬものになる」












行こう。










刀を振るう。剣を振るう。銃を鳴らす。声を張る。命を奪う。血飛沫を浴びる。腕が転がる。屍が積み重なる。










――数多の血が水の国を穢す。












まるで征服感にも似た感情に、私は教皇派を前にして嗤う。教皇派も、今日が戦になると考えていたのだろう。どんなに賑やかで派手な夜会を開いていたとしても。しかし多勢に無勢。力も然程ないだろうな。












「お前はっ…!!生きていたのか!」












「こんばんは、ジューダス家当主。今宵は良い月だね」








エノクの色をした――濃紺の夜空に私は己の黒い髪を靡かせ、ジューダス家当主と対峙する。当主の手には二丁銃。ただし、それは護身用らしい。見ただけでも、銃弾数は馬鹿みたいに少ない。










それだけの弾数でこの私を仕留めようなどと思っている辺り、ジューダス家は何も進歩していない。












「化け物め!一匹残らず殺したと思ったのに!」












「我等が滅びると?愚かな考えだな」










切っ先はぶれずとジューダス家当主に向けている。あぁ、この歓喜!渇き切った心は満ちていく。










「エノクの民、エノクの王、エノクの宝、エノクの怪物を代表して我が討とう。お前等だけは赦せぬ、愚かな一族よ!」










私はエノクの怪物。海の怪物セイレーンの名を賜った初代系統。殺戮衝動に縛りをかけた。殺すのは、ジューダス家と教皇派のみと。良いだろう。この渇きは、それらの命で満たされる。














「お前等に味合わされた雪辱!!今宵果たしてやろう」












銃の焦点は私。でも、私とジューダス家の当主。どちらが早いと思う?












刻んだ笑み。トリガーを引く指。動く口。奏でる謡。操る言の葉。錆びる銃弾。乾いた潮の匂い。錆びていく銃。怯える男。










銃弾が私に到達するまでに、全てを完了させておけばいい。私は刀の切っ先をジューダス家当主に向けようとも、この刀は振るわない。私は歌う。海の怪物、セイレーンの如く。







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