ルーチェ

千絢

41.「俺の心に傷を創った出来事まで、あと…」

――終業式の為に、わざわざ蒸されに体育館へと赴いた。








 「ねー、真夜ぁ」








 「黙って話聞きなさいよ」








 「いや、頭がふらふらする」










体調は万全だったんだけど、やっぱり校長の話の長さやられたみたいだ。暑い蒸せ返る体育館で立ちっぱなしは、どうやら俺にはキツかったらしい。頭がぼーっとしてきて、吐き気がする。










「はぁ?今日は大丈夫って…ちょっと、座んなさい」










しゃがみ込んで、迫りくる吐き気に耐えるしかない。校長の話があと20分短かったら、こんな目に合わずに済んだのに。ついつい恨めしくなる目を生徒たちの隙間から校長に向ける。校長は素知らぬ顔で熱く何かを語り続ける。おい、いい加減にしろよ。












そう強気に居れたのは、わずか1分ぐらいのことで。もう駄目かもしんない。口元を押さえて、真夜に目を向けた。










「外、行こっか。瀬戸、悪いけど外行くから伝えといて」








「おー。なんなら保健室に先生向かわせとくか?」








「よろしく」








クラスメイト2年目の瀬戸に頼む。流石、自称病弱な俺に優しいクラスメイト代表だ。真夜との話を長引かせるわけでも、俺に過剰な心配をかけることもなく、瀬戸は行けよと手を振る。うん、良い友人を持った。










そんな瀬戸に後を任せ、俺は真夜に腕を引かれながら体育館を後にした。駄目、そんな早歩きしないで。本当にリバースしそうだから!!










「真夜っ、ごめ、トイレ!」










「えっ!?」










やっぱり近くにあったトイレに駆け込んだ。個室の中まで向かうには耐え切れず、手洗い場に顔を伏せる。逆流してくる。気持ち悪い。鼻の奥を吐く。涙で前がにじむ。胃の収縮が止まらない。










「…げほ、ぅえ」








「ちー、大丈夫よ」










嘔吐する俺の背中を優しく撫でて、落ち着かせる様に名前を呼ぶ真夜の手は温かい。吐いたのにも関わらず、まだ何かが出ようと込み上がってくる。








「大丈夫、大丈夫」








胃液を吐いても、苦しさは止まらない。






「ちーに合わせたら良かったね、ごめんね」










一通り吐き尽くして、体を小さく縮めた俺を真夜は背中から抱き締めながら言う。ゆっくりと俺の髪を撫でて、俺の呼吸が整うのを待ってくれた。












「俺こそ、ごめん。も、大丈夫だから行こ」








「顔、真っ白よ」






「うん、まだ気持ち悪い」








病弱。








小さい頃は、何度も入退院を繰り返したこの体。大病を患っていたわけでもないのに、まるでそれのように俺は病院に出入りしていた。成長しても尚、季節の変わり目や過度の運動によって体調を崩す。入院することは減ったけど、臥せり込む日は度々あった。










その度に、真夜が傍に居た。共働きだった両親も、真夜にあらゆることを教えて働きに出る。真夜が居れば、俺も黙って寝ることを知っていたからだ。まぁ、賢明な判断だっただろう。










「せんせー」








「え、顔が真っ白じゃない!!」








「それより先にスポーツドリンクとか頂戴。さっき、吐いちゃったから」










「あらあら!ちょっと待ってて!」










保健医の三尾ちゃんが慌てて出て行くのを見て、俺は真夜によってベッドに押し込まれる。ワイシャツのボタンを真夜が外すのを感じながら、俺は目を閉じた。吐き出される息が熱い。寝苦しい。まだ、気持ち悪い。












「まや、」








「ん?」






「きもちわるい」








「吐きそう?」








もう出るものがない。それでも吐きそう。首を振って、それを伝える。目を開ける気力がない。どうしよ、今回はヤバいかも。朝、何も問題なかったのに。頬に当てられた真夜の手の平が、冷たくて気持ちいい。










「パパに連絡しようか?」






「ん」






「携帯、教室だから行って来るね」








薄らと開けた目に映る真夜の笑み。俺の頭を一撫でして、真夜は保健室から出て行った。これを止めていたら、あんなことにはならなかったのに。







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