ルーチェ

千絢

05.「こうして見事な無神論者に」

怪物の名というのは、エノクにとって名誉のようなものだ。私も16歳の時に海の怪物セイレーンの名を賜った。








私を含め9人が怪物の名の異名を名乗ることが出来る、エノクの唯一の武器とされる存在。そして、エノクの宝であるアマルティア様が10人目に数えられる。










他国へと血を流すことを拒み、他国から血を受けいれることを拒み続けた。何故かと言うとこの特殊な国家の血を、外に出すことに今までの王が恐れたからだ。特殊なチカラを持つ血を外に出せば、それこそ大戦争が起こりかねない。










ならばと、血族たちだけで繁栄してきた。








けれど、それ以上血を濃くすればエノクの開祖のように強い者が生まれてしまう。エノクの血が濃くなるほど、チカラは強くなり、戦うことを好む性格の者が生まれることになる。それだけは避けたい。






そうして、出て来た回避策はエノクの最も強い怪物の名を賜った者たちを、外に出す事だった。普通、エノクの民は他国へと移り住むことが許されていないし、民たちも望んでもない。








しかし、私たちの様な怪物の名を持つ者は、エノクの武器でありながらも、これ以上血を濃くしない為にも移住することが許されている。






だから、今回エノクは滅びてしまったが、怪物の名を持つ者だけは生き残っている。他国で働いているし、のーんびり暮らしている人もいると思う。








「そういえば、通達は出た?」






〈あぁ、恐らく明日から明後日には宝の下に集まるだろう〉






「最も恐ろしいカタチで再会するなんて・・・」






〈それが運命だったのだ。諦めろ、真夜〉






飛鷹は私の『前世の名』を呼んだ。正念場だと言いたいのだろうか?それとも、堂々としていると言いたいのか。私には分かりかねるけど、此処で嘆いたって仕方がない。






「飛鷹、私に愛想尽かさないでね」






〈何を言うか。俺にはお前だけだ〉






「飛鷹が男だった良いのに!カッコいいよ」






〈嘘ばかり言うな、真夜。お前には奴しか居ないクセに〉






「飛鷹さぁん・・・」








飛鷹の言う奴とは、前世での愛おしい恋人のことだ。私は、その愛おしい恋人の前で、拳銃で足を撃たれ、腕を撃たれ、胸を撃たれ。そして最後はナイフで心臓を貫かれた。








これが、起こる筈がなかった起こってしまったことだ。神様同士の喧嘩で、こんなことが起こるなんて思いもよらなかった。








そして転生した私は、この件もあって見事に無神論者へと成長したのだった。










愛おしい恋人の前で、見るも無残な殺され方をした私の人生は17歳で呆気なく幕を閉じた。最後に見たのは、彼が私の名前を叫ぶところ。それ以降、彼がどうなったかも、何がどうなったかも知らないまま。










――この世界に、彼はいない。








そう、彼はいないというのに。私は未だに彼を夢見続ける。『前世の記憶』というのは、甚だ迷惑なものである。








こんなことになるのだから、記憶など要らなかったのに。神様め、意地悪ばかりだ。







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