犬神の花嫁
24
「すっかり忘れてた。あのね、タマちゃん」
「…斗鬼?なんで、帰った筈じゃないの…?」
「帰ってたんだけど、タマちゃんに言い忘れがあったんだ」
嵬鬼様のお迎えで帰った筈の斗鬼が、また舞い戻って、そのまま私と山神様の間に入り込んできた。タマちゃんって呼ばれる違和感よりも、山神様の目付きが気になる。人ひとり?いや、神一柱を殺したような目付きだ。
山神様は、山の神様だけに気分が移ろいやすい。突然の変化があれば、それにつられて気分が変わったりしていたのだけれど、うん、今回はないみたいだ。
「なんだ、この餓鬼は」
「案外山神様って口悪いんだね。じゃなくて、言伝てを預かってたんだ!!」
「言伝て?ならさっき聞いたでしょ?」
「あれは嵬鬼様の言伝てだけど、ここの学園に来る道中、嵬鬼様と一緒にシナツヒコ様に謝罪に行ったんだけど、今日のお昼にワタツミ様とシナツヒコ様がタマちゃんに会いに来るって言ってたの、忘れてて」
「は?」
じゃあ伝えたからね!!と斗鬼は手を振って、扉を潜っていった。あの子、あの酒呑童子の残留思念で生まれたんだぜ。祟り神になりかけていたクセにあの純粋さ、無邪気さは、一体何処から仕入れてきたものなんだろうねぇ。
「…終宵さんと志那様が来る?え?まじか、お茶菓子何も用意してないわ」
「ちっ」
「御所様、帰られた方が良いのでは」
犬っこの硬い声音に、山神様は二度目の舌打ちをした。終宵さんは家宅六神がひとり、志那様ことシナツヒコ様は風神のひとりだ。どんなに顔見知りの神であっても、山神様には分が悪いことには変わりがない。
なにせ、山神様は私の殺人未遂の前科があるからね。あれ以来、終宵さんは山神様と連絡も取っていなかったそうな。だから、この間の刀をくれた日が久しぶりの再会だったわけ。その再会でも、私を殺すだのなんだの言ってたから、終宵さんにとって山神様は、どうなっても良い神様の分類に入ったらしい、志那様いわく。
「朔夜」
「俺は帰りませんからね」
「ーー好きにしろ」
「はい」
山神様が帰っていくのにも気付かず、私は午後から来るという終宵さんと志那様への接待方法を考えていた。お茶菓子は、もう無理、買いに行く暇ないから今から帰って作るしかない。お茶はお蝶ちゃんからの頂き物があるし、そっちは大丈夫だ。和食器は揃えてあるから問題はない。
頭のなかで予定を組み直す。全てにおいて、彼の神様たちを待たせてはならない。なんてたって、神様なのだから。頑張れ私。
「私、今日は此処で早退します。一宮、日和にありがとうって言っといて!!」
「ちょ、タマちゃん!?」
「じゃあ、また明日ね!!」
痛む体を無視して、私は思いっきり地面を蹴飛ばした。帰り道にあるコンビニ仕様の売店で、お茶菓子作りに必要なものを購入する。何を作ろう。そう暢気に考える時間さえなくて、突発的に思い付いた抹茶ケーキの材料を購入した。時間があれば、もっと良いものが作れた気がするのに。文句は受け付けないぞ。
終宵さんもいきなりなんだから。
「よし、いっちょやりますか!」
怒濤の3時間だった。体の痛みなんて忘れてた。お茶菓子の抹茶ケーキ作り、お茶の用意、急須や湯飲み、茶托の準備、と大忙し。使用人みたいだなあ。うん、巫女なんだけどね。使用人の方って大変だよね、待たせちゃダメだし。人間相手ではなく、神様相手のお茶会してたら、普段より気を使うし、俊敏にもなるよねー。なんてたって、神様なのだ。神様を待たせてはダメ、ぜったい。
「環妃、いるかい?」
「居ますよ、こんにちは」
チーンというタイマーの音と共に部屋の扉が開いた。来るの早くね?お昼ご飯もまだ食べてないのに。着物姿の終宵さんと志那様が、部屋に入ってくるだけなのに神様特有の圧迫感を感じた。疲れているからか、胃が圧倒されまくりだわ。帰って来て良かった。あのまま教室で待ち受けたら、花嫁たちが可哀想なことになってたな。
そう思ったら、山神様って結構礼儀知らずだよね。私たちは相手が神様だから礼儀を尽くすけど、山神様はそんなこと関係ないって感じだったし。そもそも私が居なかったら、いや、あれは犬っこを連れ戻しにきただけか。
「なんだ、随分と疲れた顔をしてるなあ」
「酒呑童子の件からまだ3日ですからねぇ。私も、今日やっと動き始めれたので」
「鈍ったのか?」
「鍛練はしてましたけど、ここ暫くは普通の学生をしてましたから、多少は鈍ったかもしれません」
「いつでも扱き直してやるぞ?」
志那様、スパルタだからやだなあ。そう言って笑えば、志那様は私の頭を荒っぽく撫でまわした。子供が生まれても、たまにで良いから撫でてほしいなあと、心のどこかで思った。
「環妃、この度の件、お疲れ様」
「ありがとうございます」
「早速なんだが、口上で良いから報告してくれるか?」
「はい。あ、先にお茶の用意させてください」
「ん。さっきから良い匂いしてるけど、お前の手作りか?」
「はい。お茶菓子を買いに出る時間がなかったので、作らせてもらいました。譲羽様と真弓様の分もあるので」
「おぉ!久しぶりにお前の手作り菓子か!!真弓も喜ぶ。アイツ、お前のこと大好きだからなあ」
「うちの譲羽も、二言目にはタマちゃん。三言目にもタマちゃん。環妃のこと好きすぎて、嫉妬するのもアホくさくなる」
「嬉しい限りです」
譲羽様に会いたいなあ。真弓様にも会いたいなあ。冷えたケーキを切り分けて、飾り程度にホイップクリームとつぶ餡を添えて机に並べた。ほぅ…と溢れた溜め息は甘党の終宵さんから。
「相変わらず器用になんでもこなすなぁ」
「人間関係は下手くそなのにな」
「まあまあ。あ、お茶もどうぞ」
さ、報告しますかねー。って言っても、本題は別にあるんだろうな。報告を聞きに来る神様が何処にいるんだってーの。遠回り過ぎるけど、それがこの神様たちの優しさなのだから。一先ず甘えておこう。
「…斗鬼?なんで、帰った筈じゃないの…?」
「帰ってたんだけど、タマちゃんに言い忘れがあったんだ」
嵬鬼様のお迎えで帰った筈の斗鬼が、また舞い戻って、そのまま私と山神様の間に入り込んできた。タマちゃんって呼ばれる違和感よりも、山神様の目付きが気になる。人ひとり?いや、神一柱を殺したような目付きだ。
山神様は、山の神様だけに気分が移ろいやすい。突然の変化があれば、それにつられて気分が変わったりしていたのだけれど、うん、今回はないみたいだ。
「なんだ、この餓鬼は」
「案外山神様って口悪いんだね。じゃなくて、言伝てを預かってたんだ!!」
「言伝て?ならさっき聞いたでしょ?」
「あれは嵬鬼様の言伝てだけど、ここの学園に来る道中、嵬鬼様と一緒にシナツヒコ様に謝罪に行ったんだけど、今日のお昼にワタツミ様とシナツヒコ様がタマちゃんに会いに来るって言ってたの、忘れてて」
「は?」
じゃあ伝えたからね!!と斗鬼は手を振って、扉を潜っていった。あの子、あの酒呑童子の残留思念で生まれたんだぜ。祟り神になりかけていたクセにあの純粋さ、無邪気さは、一体何処から仕入れてきたものなんだろうねぇ。
「…終宵さんと志那様が来る?え?まじか、お茶菓子何も用意してないわ」
「ちっ」
「御所様、帰られた方が良いのでは」
犬っこの硬い声音に、山神様は二度目の舌打ちをした。終宵さんは家宅六神がひとり、志那様ことシナツヒコ様は風神のひとりだ。どんなに顔見知りの神であっても、山神様には分が悪いことには変わりがない。
なにせ、山神様は私の殺人未遂の前科があるからね。あれ以来、終宵さんは山神様と連絡も取っていなかったそうな。だから、この間の刀をくれた日が久しぶりの再会だったわけ。その再会でも、私を殺すだのなんだの言ってたから、終宵さんにとって山神様は、どうなっても良い神様の分類に入ったらしい、志那様いわく。
「朔夜」
「俺は帰りませんからね」
「ーー好きにしろ」
「はい」
山神様が帰っていくのにも気付かず、私は午後から来るという終宵さんと志那様への接待方法を考えていた。お茶菓子は、もう無理、買いに行く暇ないから今から帰って作るしかない。お茶はお蝶ちゃんからの頂き物があるし、そっちは大丈夫だ。和食器は揃えてあるから問題はない。
頭のなかで予定を組み直す。全てにおいて、彼の神様たちを待たせてはならない。なんてたって、神様なのだから。頑張れ私。
「私、今日は此処で早退します。一宮、日和にありがとうって言っといて!!」
「ちょ、タマちゃん!?」
「じゃあ、また明日ね!!」
痛む体を無視して、私は思いっきり地面を蹴飛ばした。帰り道にあるコンビニ仕様の売店で、お茶菓子作りに必要なものを購入する。何を作ろう。そう暢気に考える時間さえなくて、突発的に思い付いた抹茶ケーキの材料を購入した。時間があれば、もっと良いものが作れた気がするのに。文句は受け付けないぞ。
終宵さんもいきなりなんだから。
「よし、いっちょやりますか!」
怒濤の3時間だった。体の痛みなんて忘れてた。お茶菓子の抹茶ケーキ作り、お茶の用意、急須や湯飲み、茶托の準備、と大忙し。使用人みたいだなあ。うん、巫女なんだけどね。使用人の方って大変だよね、待たせちゃダメだし。人間相手ではなく、神様相手のお茶会してたら、普段より気を使うし、俊敏にもなるよねー。なんてたって、神様なのだ。神様を待たせてはダメ、ぜったい。
「環妃、いるかい?」
「居ますよ、こんにちは」
チーンというタイマーの音と共に部屋の扉が開いた。来るの早くね?お昼ご飯もまだ食べてないのに。着物姿の終宵さんと志那様が、部屋に入ってくるだけなのに神様特有の圧迫感を感じた。疲れているからか、胃が圧倒されまくりだわ。帰って来て良かった。あのまま教室で待ち受けたら、花嫁たちが可哀想なことになってたな。
そう思ったら、山神様って結構礼儀知らずだよね。私たちは相手が神様だから礼儀を尽くすけど、山神様はそんなこと関係ないって感じだったし。そもそも私が居なかったら、いや、あれは犬っこを連れ戻しにきただけか。
「なんだ、随分と疲れた顔をしてるなあ」
「酒呑童子の件からまだ3日ですからねぇ。私も、今日やっと動き始めれたので」
「鈍ったのか?」
「鍛練はしてましたけど、ここ暫くは普通の学生をしてましたから、多少は鈍ったかもしれません」
「いつでも扱き直してやるぞ?」
志那様、スパルタだからやだなあ。そう言って笑えば、志那様は私の頭を荒っぽく撫でまわした。子供が生まれても、たまにで良いから撫でてほしいなあと、心のどこかで思った。
「環妃、この度の件、お疲れ様」
「ありがとうございます」
「早速なんだが、口上で良いから報告してくれるか?」
「はい。あ、先にお茶の用意させてください」
「ん。さっきから良い匂いしてるけど、お前の手作りか?」
「はい。お茶菓子を買いに出る時間がなかったので、作らせてもらいました。譲羽様と真弓様の分もあるので」
「おぉ!久しぶりにお前の手作り菓子か!!真弓も喜ぶ。アイツ、お前のこと大好きだからなあ」
「うちの譲羽も、二言目にはタマちゃん。三言目にもタマちゃん。環妃のこと好きすぎて、嫉妬するのもアホくさくなる」
「嬉しい限りです」
譲羽様に会いたいなあ。真弓様にも会いたいなあ。冷えたケーキを切り分けて、飾り程度にホイップクリームとつぶ餡を添えて机に並べた。ほぅ…と溢れた溜め息は甘党の終宵さんから。
「相変わらず器用になんでもこなすなぁ」
「人間関係は下手くそなのにな」
「まあまあ。あ、お茶もどうぞ」
さ、報告しますかねー。って言っても、本題は別にあるんだろうな。報告を聞きに来る神様が何処にいるんだってーの。遠回り過ぎるけど、それがこの神様たちの優しさなのだから。一先ず甘えておこう。
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