犬神の花嫁

千絢

23

「あの子たちは、酒呑童子と茨城童子だったんだよ。覚えてる?残留思念が云々いってたの」








「あぁ、肉体を千々に切り裂いても、どんなに擂り潰しても、思いだけは残るってやつ?」








「そう。魂の片隅に残った思いだけは、誰にも犯されず残るもの。それが残留思念。この残留思念があることによって、次の妖が生まれる。これは、妖だけに当てはまるものなのね。神様は残留思念を残したとしても、同じ神様として生まれ変わることはないの」








「じゃあ、親が居なくても生まれてくるってこと?」








「うん。斗鬼や祐希も残留思念から生まれたの。斗鬼が抱いていた残留思念は、私に会うことや祐希と静かに暮らすことだったのね。祐希が抱いていたのも、斗鬼と幸せになること。堕ちる前で、理性もギリギリ残ってたし、お互いがお互いのことを想っていたから、今あぁやって普通の妖として一緒にいることが出来てるの」








「でも、また、彼等が悪いことをする可能性もあるのでは?」








「んー、もうそれはないかな。酒呑童子は、私が殺したし、斗鬼や祐希を見た感じ、もう酒呑童子や茨城童子は居ないも同然だったしね。あの子たちは普通の小鬼だよ」








「どうしてそこまで言い切れるんですの?」








私たちは、傷付いたのに。そう続けたお蝶ちゃんが俯いた。何もお蝶ちゃんだけ、そう思っているわけではないらしい。皆が、何かを言いたそうに私を見る。










心身に影響を与えるかもしれない、ということで記憶の改竄をしなかった。本来ならあの手この手で、勧めるんだけど花嫁たちが断固として拒否したのだという。










「あの子たちの願いを叶え肉体を与えたのは、天上の神様だからねぇ。本当だったら何十年も後に生まれる筈だったんだけど、天上の神様も気まぐれだか
ら。もちろん、悪さをするようなら肉体は与えなかっただろうから、天上の神様もその辺は分かってるんじゃないかな」








「…そっか」








「残留思念の話は、もう良いかしら?」








「うん」








「なあ、両親が居なくて、何故生まれるんだ?残留思念で妖が生まれるなら世界がごった返すぐらい居る筈だろ?」








「あー…なんて言うか、難しいんだよね。そもそも、私はまだ人間の括りにいるし。その辺の事情は貴方たちが一番詳しいのよ?」










残留思念の話を終わろうとしたら、犬っこが訝しげに言葉を放つ。犬っこは、赤ちゃんだった頃に樟葉様に拾われてるからなあ。気になるんだろうなあ。親が居ない妖は少なくはない。ただ、残留思念もあり直ぐ道を外し、妖魔となり果てる。そうなってしまえば、生まれ変わることは出来ない。










「なら、俺は、何故存在しているんだ?親も居なかったんだろ?」








「犬っこみたいに親がいない場合は、祈りや願いで具現することが殆どよ。残留思念、それは即ち命の欠片。命の欠片は、自然の力を借りて肉体を得るの。どんな思いを抱いていたかは分からないけど、残留思念を読み取った自然が命の息吹を吹かせた時、残留思念から新たな妖が生まれると言われている」










恐らく、犬っこの場合は、樟葉様が願ったのよ。人の子でも、妖の子でも構わないから我が子を抱きたいって。事実、犬っこを見つけて一番に抱いたのは樟葉様だしね。犬っこの前の犬神が何を思っていたのか知らないけど、自然が力を貸すってことは、樟葉様と対の願いを抱いていたのかもしれないわ。来世は愛されたいってね。










「犬っこは、父にも母にもちゃんと愛されていたわよ」








「ーーお前が殺したくせに、大層なことを言うな」










お香のような、杉の木の匂いが鼻孔を擽った。まぁたアンタですか。ちょっと結界にヒビ入れないでくださいよ。人間との干渉は不味いって理解してないだろ、この神様。馬鹿か。








「…御所様?」








「朔夜、帰るぞ。此処にいる必要はない」








「は?」








「セリが待ってる。アイツがいる空間に無理していることはないんだ」








「いや、ちょっと待ってください」








「なんだ?未練でもあるのか?」










そりゃあるだろーよ。そう言いたかったのを飲み込んで、私を睨む犬のお面から目を逸らした。めんどくさ。日和に袖を引っ張られて振り返れば、困惑いっぱいの可愛い顔があった。










「この方、だぁれ?」








「犬っこの育ての親で、名だたる山神様よ」








「ふぅん?山神様は、タマちゃんを嫌ってるんだね…」








「あー、うん。黎明様と仲が良かった神様だからねぇ。私を殺したいほど憎いんだ」








「殺したいほど?じゃあ、タマちゃんの名前の?」










ヒソヒソと小さな声で交わす会話。日和の山神様を見る目付きが鋭いのは、気のせいじゃないだろう。一宮には悪いけど、やっぱり愛されてるなあ私。自惚れじゃないと思う。一宮が私の心を読んだみたいに、一瞬だけ私を睨んだけど気にせずスルーした。










「怖い方なの?」








「本当は怖い方じゃなかったんだよ。優しい山神様だったんだけど、私が変えちゃったの」








「不可抗力なんでしょ!?タマちゃんが居なかったら、みんな死んでたんでしょ!?」








「日和、私はね。本当は巫女じゃなくて生け贄だったんだよ。生け贄の癖に、神様の奥方に庇われてしまったんだ。不可抗力でもなんでもない。避けようと思えば避けれたんだよ」










巫女の役目は後付けだった。生け贄として、黎明様に捧げられた私に困惑しながらも、大事に育ててくれて、巫女の役目を与えてくれた黎明様。それを、私は。私は、恩を仇で返すような形をとってしまった。










「ーー分かってるなら、何故、お前はのうのうと生きてるんだ。何故、お前は朔夜の前に姿を見せることが出来た。何故、お前は、生きていて、樟葉様や黎明様が死んだんだ!!」










床に叩きつけられ粉々になる犬のお面。あらわになった山神様の素顔は、相も変わらず黎明様にそっくりだった。兄弟だけあるよねぇ。美しい顔だわ。










「お前の存在が、今でも俺たちを苦しめる。殺したと思っていたのに」








「神様って、自分勝手なんだね」








「日和!!」








「博愛精神があるのかと思っていたけど、そんなことないんだね。神様って、なぁに?信仰の対象でしかない、人の祈りや願いで造られた神様が、何を言っているの?黎明様や樟葉様を、タマちゃんが殺した?だから、自分がタマちゃんを殺す?何をもって、殺すの?正義?復讐?だったら、神様は斎火君に殺される覚悟を持たないと。だって、タマちゃんは斎火君のお姉ちゃんだったんだよ?神様は、斎火君から家族を奪うんだよ?」










日和の柔らかい声が山神様を突き刺す。一宮が日和の口を塞ごうとしていたのに、日和の言葉に動きが止まってしまった。










「ひよ、もう良いからね、良いから。ありがとう」








「何も良くない!!タマちゃんは、自分が背負えば良いって諦めてるし、斎火君は、斎火君は、わぁぁぁぁんんんっ」








「あーはいはい、ありがとう」










泣きついてきた日和を思いっきり抱き締め、一宮に引き渡す。ありがとう。怒ってくれて、泣いてくれてありがとう。










「山神様、部屋を移しましょう。そこで、私をどうするか決めればいい」








「タマ!?」








「良いだろう。今度こそ、その息の根を止めてやる」








「ーーあ、そうだ。すっかり忘れてた!」








私と山神様の間に険悪な雰囲気が漂いだした。しかし、それをぶった斬るように明るい声が響く。さっきまで聞いていた、声の持ち主は、赤い髪を揺らしてにっこり笑った。

「犬神の花嫁」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く