犬神の花嫁

千絢

17

どっから入ってきたのやら。結界が緩んでしまっているのだろうか、だとしたら早急に張り直しをしなければならない。あんまりやりたくないなあ。この学園、馬鹿デカいから体力だけを消費しそうだし。










「…セリが?」








「行方不明だ」








「…生きてるのか」








「…あの子に限って、死んではないだろうさ」










現実逃避染みたことを考えながら、私はもう一度その姿を見た。犬っこと並んで話す姿が、黎明様と談笑していた姿が、幾度となく脳裏をよぎる。あ、これマズイな。芹那が誰か気になるところだが、それよりも気配を消してしまわなければならない。見つかったら面倒くさいこの上ない。










「タマ、何してんの?悪いけどお前も駆り出すで?」








「…このバカっ!」 








「はぁ?!」








「ーーところで朔夜。あのクソ餓鬼が、何で生きて此処に居るんだ?」










息を殺して、そのまま気配を消そうとしていたのに、一宮の馬鹿が空気を読まなかった。犬っこに向けられていたお面の鋭い目が私を貫く。ほんっと、バカ野郎!!








「生きてって、何」








「私が、殺してやった筈なのに」








「…はぁ。いや、殺されてませんよ、あんな呪いごときで死ぬなら黎明様の巫女になんてなれない」








「小賢しい。お前が殺したくせに」










犬のお面をした青年は、黎明様と一番仲が良かった山神様だ。ちなみに、私に呪いを掛けたのこの神様。そして、犬っこの育ての親である。










「…タマちゃん、大丈夫?」








「大丈夫だよ、ありがとね」








「とりあえず、なんだ。タマと朔夜はその方と別室でも使うか?」








「いや気にするな。御所様も、彼女を煽らないでくれ。芹那はこっちでも探すから一先ずお引き取り願う」








「ちっ。忙しいのは分かるからな、朔夜に免じて帰るが、そのクソ餓鬼が何で此処に居るのか聞いてから帰る」








「私は保護者に此処に放り込まれました」








「…頼むから、お前も焚き付けないでくれ」










焚き付けた覚えもないけどな、と犬っこを見やれば苦労人ぽい溜め息を吐かれた。私は普通に答えただけなんだよ?勝手に怒ってるのは、そっちなんだよ?










「御所様、ということだ。詳しい話が知りたいなら、また来てくれ。もう本当に、忙しくなるから」








「…気に入らん。もう朔夜の前に現れてくれるな、クソ餓鬼」








「学生なんで、それはちょっと」








「やっぱり殺すか。なんで生き延びているのかは知らんが、生きているなら殺すまでよな」








物騒な山神様だ。まだ人間の括りに入ってるからね、私。殺しちゃうと厄介だからね。煽るなと釘を刺されているから、黙って山神様から目を逸らした。簡単に殺られるつもりはないけど、こんなところで殺試合殺し合いなんて出来ない。










「ーー誰が、俺の可愛い一人娘を殺すと?」








「…なぜ、ワタツミ様が、此処に」








「酒呑童子の件で来てみれば、物騒な話が聞こえて来てなあ?あぁ、なに、そんなに身を固くするな。これでも、ワタツミで来た訳じゃないんだ。理事長に会いに来たついでだ」








新たに姿を見せたのは、私の保護者である海神終宵。フェイスラインで切り揃えられた群青の髪と、深海を思わせるような深い青の目をした大海を統べる神様である。三つ折りの高そうなスーツが似合っている。普段着が着物だった気がするけど、理事長に会いに来たと言っていたからスーツなのだろう。










「環妃、少し早いがお前の為に見繕ってきた。だから、必ず夏に帰省するんだぞ」








「あ、ありがとう。大丈夫だよ。夏にはちゃんと帰るし、冬にも帰るからね」








「あぁ。譲羽が環妃に会いたいと言っていたから、俺が羨ましいと」








「譲羽様にも会いたい。けど、終宵さんにも会うの久しぶりだから、会えて良かった、急に来たけど。あ、とね。夏に帰ったら、沢山お話出来るように思い出を集めとくね」










「可愛いことを言ってくれるな、連れて帰りたくなるだろう。沢山思い出を作って、帰って来たら教えてくれ。それで、何故あの山神が此処に?」








「酒呑童子たちに、西の学園が襲われたそうです。花嫁や一般女子生徒たちが何人か拐われたのですが、その中のお知り合いがいらっしゃると」










「花嫁たちだけならず、一般生徒も誘拐?また面倒事を引き起こしてくれたもんだな」 










受け取った刀は、何処か潮の匂いがした。見繕ったって言いながら、きっと自分の刀なんだろうなあ。終宵さん、何だかんだ言いながら大事にしてくれてるから。










「酒呑童子と茨城童子の討伐、出来るか?」








「私一人では骨が折れるかと思います」








「犬神の子と御先の坊、一宮の坊に手を借りた場合は」








「終宵さん。妖同士の戦いは禁じられている筈です」








アレ・・を妖という括りにするには、もう無理がある。だから、お前に祟り神として討伐する許可を俺から与えよう」








「えー…いや、承りました。終宵さんの名に懸けて、討伐の任を遂行させていただきます」 










正直面倒くさい。皆が息を潜め、静まり返った教室で私はため息を吐いた。ため息が響いてしまったが、それはどうだって良いか。頭上で行われている山神様と終宵さんの視線の応戦に、またため息を吐きたくなった。面倒くさい、本当に手間だ。










「犬っこ、という訳だから、酒呑童子もついでに甦った茨城童子も討伐します」








「あ、あぁ」








「鎌鼬の方々に行方を辿っていただいて、正面突破で叩き潰す算段ですが、大丈夫ですか?作戦なんて練る意味もありませんから、生き延びることを最前提として、正面突破します」








「ーー死ななきゃ安いさ。嵬、司令塔は此処に置き、青嵐の巫女を筆頭に酒呑童子等を狩る為に動き出す。花嫁の安全を第一にフォローするようにと、各学園に連絡を入れてくれ」








「ほな、何人か借りてくで」








神様が二人も居て萎縮してしまっていたが、御先さんの言葉に男子たちはどうにか動き始めた。女の子たちは、言うまでもない。気を失う一歩手前ぐらいだ。いや、既に気を失っている子もいる。なんか、ごめんね。










「終宵さんと山神様、これ以上お二方が此処に留まると結界が揺るぐので場所を移すか、解散していただければと思います。それに、いくら花嫁の前と言えど、人間ですからね?」








「ん?あぁ、そうだったな。また気が向いたら連絡をくれ」








「はい、終宵さん」








「健闘を祈る。俺は先に帰るからな」










私の頭を荒っぽく撫でたあと、ひらりと手を振った終宵さん、ふっとその場から消えた。まったく、扉から出ていってよ。山神様を見やれば、舌打ちをして同じように消えた。どいつもこいつも、本当に。










嫌がらせと言わんばかりに結界を切り裂いていった山神様のせいで結局、結界を張り直すハメになった。てめぇの神域も切り裂くぞコラ。








背伸びをひとつ。深呼吸をひとつ。








「さて、と。お帰りになったことだし、いっちょお仕事やりますか」








「…タマちゃん、大丈夫ですか?」








「大丈夫大丈夫。まあ、無傷では戻れないと思うけど、任務を遂行させて全員で生きて帰って来る算段だよ」








「…よろしくお願いします。どうかご無事で」








「ありがとうね」








お蝶ちゃんの頭を撫でて、私は教室をあとにした。動き始めるのは、酒呑童子たちが見つかり次第だ。終宵さんが、神様が、祟り神と認めたから犬っこや御先さんが手を出しても禁忌にはならない。けど、私はそれを避けたい。








祟り神。それは荒御霊であり、忌避され畏怖される存在でありながら、手厚く祀る者には強力な守護をもたらすとされている。恩恵を受けるも災厄を受けるも、それは信仰次第。








全てのものが祟り神になりえる。けれど祟り神は、認められた者しか殺せない。祟り神と言えど神様は神様だ。








だから、私が始末しなければならない。そういう役目から。御先さんや犬っこにさせるわけにはいかない。たとえ、祟り神と認められても元は妖。妖の血で濡らしたくない。まあ、私のエゴだけど。










「派手にやりますか」








神殺しの巫女は、二度神を殺す。









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