犬神の花嫁

千絢

16

昨日の夕食後の会議は、滞りなく終わった。対策といえば、単独行動禁止というぐらいでこちらから動き出すようなことはないだろう。










「おはようございまーす」








「あ!タマちゃん!」








「おはよ、タマちゃん」








登校したら、なんか女の子たちに囲まれた。あれ、私何かしたっけ。ちょっとだけキツイ物言いをしたから、遠ざけられるかと思っていたんだけど。










「あの、朝からごめんなさい」








「え?」








「どうして、斎火様はタマちゃんのことを名字なり何なりで呼ばないんですか?昨日、斎火様に訊いたらタマちゃんに聞けって言われてしまって。あ、あの、答えづらかったら良いんです…」








勢いよくお蝶ちゃんが私の目を見て言った。犬っこが、私の名前を呼ばない理由?まあ、確かにお前だのアレだのアイツだの言われてたけど。名前を重視するこの世界では、疑問にも思うんだろうなあ。










「タマちゃん?いきなり、失礼なことを聞いてごめんなさい」








「いや、失礼でも何でもないよ。犬っこが私の名前を呼ばない理由はね、私の名前が違うからなんだと思うよ」








「は?名前が違う?ほな、お前は何さんになんの?」








「あり、一宮、お前も居たの?」








「居ったら悪いか?俺らもな、イヅさんの言うこと気になっとったんよ。あの朔夜が名前を呼ばへんっつうのは、なんか変でな」








「ふぅん。私の本当の名前はね、仕えていた神様、黎明様が自分の巫女になるからって名付けてくれたの。だけど、私が黎明様を殺めてしまったでしょ?黎明様と仲が良かった神様連中が怒り狂っちゃってさ、私に呪いを掛けたのよ」








「…えー、そんな、朝からディープな話すんの?」








心から嫌そうな顔をした一宮の頭を日和が思いっきり叩いた。『訊いておきながらそれはないよね』と、日和の低い声が響く。










「いやディープな話でもないよ。その呪いは、名を捨てればどうってことなかったからね。新しい名前は、保護者が付けてくれて事なきを得たし。だから、昔の名前を知ってる犬っこにしたら、今の名前が馴染みないから呼べないんじゃないかな」










黎明様がくれた名前までも、捨てる羽目になってしまったあの頃は、それさえも辛くて死んでしまいたかった。終宵さんがくれた名前も好きなんだけど、やっぱり昔の名前が良かったなあなんて思うときもある。










『お前も殺してやる』って言った神様が、呪いのメインなんだけどね!!神様が呪いだなんて、本当どうかしてるぜ!








「昔の名前って、斎火君は何てタマちゃんを呼んでたの?」








「…当時は幼くて花嫁の契約が当てはまらないから、普通に下の名前で呼んでたよ。私は犬っこって呼んでたけど」








「ほな、あれか。犬っこ鬼っこ言うのは癖やったんか?」








「まあね」








「はよ、その癖直しや。弱っちぃ気がするし」










一宮と言葉を交わしていると、話を聞いていた女の子たちは何故か頬を赤くして囁き合う。








「はぁ、ロマンを感じるの私だけかな?」








「あの斎火君がねぇー」








「昔の名前があるから、今の名前で呼ばないって、なんか素敵」








「ーー端から聞けば、素敵な話で終わるんだろうが、朔夜はタマの名を呼ぶことも、タマは本来の名で呼ばれることもないんだぞ?」








囁き合う甘ったるい女の子たちをぶった切ったのは、イライラしているらしい御先さんだった。御先さんの後ろには犬っこも居て、二人揃って殺気立っているのは気のせいじゃないだろう。








「煌希様、それはどういう…?」








「その名を捨てたからこそ、タマは呪いに犯されることなく生きている。その名が呪いを引き受けたからだ。それを、もう一度タマの名にした時、タマは呪いに犯されるだろうな」








「呪いを掛けた神様にお願いしたら、どうとでもなりますけどね。それに、もうこの体には栫井環妃という名前が染み付いてますから、死に至るわけでもありませんよ」










フォローにもならないけど、と肩を竦めて見せる。暗い雰囲気になってしまったの、どうしてくれるんだよ。気まずそうに私の様子を伺ってくる女の子たち。








「それよりも、夕べ、西の黄嵐学園が襲撃にあった。被害は花嫁と一般女子生徒の合わせて9名が連れ去られ、行方が分からない。抵抗した男子生徒たちが重軽傷合わせて25名。教員会にも被害が出たらしい」








「はっ!?」








「うちを襲ってから、黄嵐に行ったのか?」








「恐らくな。タフな奴等だ。此処で大方の攻撃力を削いだと思ったんだが、新しい仲間を引き連れていったらしい。北と南にも警戒態勢に入るよう連絡はしてあるが…」








「ーー酒呑童子らを止めなければ、どうにもなるまい。朔夜、芹那もやられた」










御先さんの言葉を遮って、違う声が教室に響く。顔を犬のお面で隠した青年の姿。お香の、杉の木の匂いが鼻孔を擽った。



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