犬神の花嫁

千絢

13

「ひよの気持ちありがたい。でも、共犯になんかならなくて良いんだよ。これは、ひよたちが背負うんじゃなくて、一宮たちが背負うものだからね」








「そうやで、日和。これは、俺たちが背負うもんや。タマに日和たちを守ってもらうための代償やからな」








「代償?なんで?」








「それがこの世界のルールだからな。唯一無二の花嫁を失うわけにはいかないんだ」










御先さんの言葉に、ひよは俯き黙った。ルールだと言われたらそれまでなのだ。別に私の存在が異例だというわけではない。妖や神様の花嫁を守る者は各地に存在している。願われたら命を懸けて花嫁を守る。どんなに汚ない仕事であっても。花嫁を守る為ならば、汚ない仕事でも分かち合う。それが暗黙の了承。








ちなみに、私と終宵さんの間でもその暗黙の了承は成り立っている。譲羽さんを守る代わりに、終宵さんは私を保護し保護者となってくれている。衰えず何百年と生きていられるのも、終宵さんのおかげなのだ。まあ、その分荒っぽい仕事もたくさんしたけどな。








「だからね、これから先のことは見なくて良いんだ」








「…でも」








「これはね、ひよたちだけじゃない。他の土地にいる花嫁にだって、当てはまるんだよ。だから、お願い。汚ない世界の一辺の欠片でさえも見ないでほしい」








「だって、そんなのっ」








「ま、またその話は旦那さんから聞いて。私はこっちに取り掛からないと」








どす黒い蛇と向かい合う。シャーシャーと尾を鳴らす。鞘から刀身を抜いて、私は妖男子たちを見据えた。これから私がすることは、花嫁に見られてはならない。さっきの鬼討伐に関しては、仕方がなかったから後で記憶を弄らせてもらう。記憶の改竄は、花嫁の心身にダメージを与えるから余り推奨されていないけど、今回は分かってくれる筈である。










あんなもん殺戮、誰だって見たくないし。覚えておきたくないものである。








「さて、と。花嫁たちは任せますよ。零から百まで全て聞いてやります」








ぞろぞろと妖男子たちが、これから起こる出来事を花嫁に見せないように壁を作り始めたのを横目で確かめて、私は首を回した。殺ってやろう。










「卑しい蛇だから答えれる筈がないからなあ、どうやって根掘り葉掘り聞いてやろう?」








《ふん、下賤の娘ほどでもないわ》








「おっと。なんだ、喋れたのか。いやでも、妖にも神にもなり損ねたお前なんぞに、そんなこと言われたくないね」








《ほう。この吾に、そう申すか》








「申す申す。お前が、大江の鬼を、酒呑童子を起こしたのは検討がついてるんだけど、目的が分からないのよ」










素直に答えてくれるなんてことはないんだろうけど、一先ず問いかけてみる。花嫁たちを重点的に襲ったのも、この学園に入ってきたのも理解が出来なかった。言っちゃあなんだけど、襲うのは一般人でも問題なかった筈だ。花嫁を襲うなんて、結構リスクを伴うからね。










彼の鬼と云えども、怒り狂った妖たちに仕返しされるのは嫌な筈だ。下手な鉄砲数打ちゃ当たる論で。それなのに、復活してからずっと襲ってきたのは花嫁たちばかり。そして、散々花嫁を甚振ってから、妖たちが集う此処へ来た。








《妖や神と契りを交わした花嫁は、極上の糧となる。それはお主とて知っていることだろう?仮の器に糧となる力を詰め込みーーー我等は待つのだ》








「糧、か。確かに、花嫁はお前らにとっては極上のものだろうな。一般人を襲うよりも都合が良いわけだ。それでも、妖たちの怒りに触れる。ハイリスクにも程がある。いくら酒呑童子でも、数の多い妖には勝てまいよ」








《本当にそうか?》








「何?」










《糧から得た力を詰め込んだあやつは、何よりも強い。そこの犬神や九尾の狐よりもだ。いや、それ以前に、あやつは神になる存在。何人たりとも敵う筈がないのだ》








蛇の癖にクツクツ嗤う。殺気だった背後に肩を竦めながら、まあ何となく分かってきた気がする。酒呑童子を依り代にして神を造り上げる気なんだろう。蛇なのに考えがエゲツない。まるで、人間が考えそうなことだ。








「そんな神なんて、こっちは必要ないんだけどねぇ。お前の他にも同じ志を持つ奴は沢山居るんだろうし、面倒くさいけど1匹足りとも逃がしはしないから。とりあえず、お前は此処で死んでもらうわ」










《良い良い、殺せや。吾は、これを世に広めるために姿を見せたも同然。吾が死ぬとき、同志たちは動き出す》










「お前が引き金ってことか。ま、お前を生かすも殺すも事態は変わらないし」










白刃が煌めく。舞い上がる蛇の頭部は灰となり、噴き上がる障気は、刀で凪ぎ祓う。うん、聞きたいことは聞いたし何となく事情も掴めた。厄介なことになったなあと漠然と思う。終宵さんに手紙を出して、各地の同業者たちにもメールを送っておこう。あとは妖ネットワークに頼って、此処のセキュリティ結界の強化を勧めておくか。
 









「ん、破戒僧の結界も解けたしもう大丈夫だよ」










「それで、その破戒僧はどうするの」










私の隣に立った犬っこ。刀を鞘に戻しながら、私はその存在を思い出した。憑いていた蛇は死んだけど、この破戒僧は元には戻れないだろう。生気のない目。ただ生きて存在しているというだけだ。








「教員にでも引き渡せば?死んでるも同然なんだけどね」








「ふぅん」










「学園内の穢れ、一応祓っとくわね」








「ーー何処に?」










「報告書作らなきゃーね。あぁ、暫く片が付くまでは花嫁たちの単独行動は禁止でお願いします」










ヒラヒラと手を振って、私は教室を後にした。あぁ、こんなにもやることが山積みになるとは思ってもなかった。面倒くさい。その一言に尽きる。










「うーん。私の日常も今まで通り普通に、とは行かないんだろうなあ。この動乱こそ我が運命、的な?うわー、昂ってたとはいえ、あんな物言いしたから明日ちょー気まずいじゃん」








ひとりごちで、学園に溜まってしまった穢れを祓うべく、柏手を打った。溜め息が零れたのは仕方がないだろう。

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