犬神の花嫁

千絢

12

やっぱり、タイミング最悪だわ。頬を伝う血を袖で拭った。妖男子たちの何とも言えない顔と、女の子たちの泣き顔。うーん。それしか唸り声言葉が出ない。そんななか、最後尾に居たであろう犬っこたちを通すかのように人だかりが割れた。モーゼの十戒か。










「ひどい有り様だな」










「鬼10匹ですからね。灰になりましたけど」










「ちょっと待ち、10やて?」










「10体?10頭?」












「俺等も居るしさ、せめて10人にしてよ」












「…仕方ないですねぇ。その鬼10人が来て、酒呑童子と世界を牛耳るって言ってましたよ」












「本命の酒呑童子だが、雲隠れしやがった。朔夜でも分からねぇ」












御先さんはため息を吐いた。結界も解けてないところを見ると、まだ校舎内にいるってことだ。僧侶と呼びたくもないから、破戒僧と呼ぶことしよう。その破戒僧の所にいるかもしれないし、マジで雲隠れしているかもしれないし。面倒くさいなあ。なんで逃がしちゃったんだよ。












「…破戒僧を尋問にかけるかなあ」












「えっ?尋問?え?」










「結界が継続されているし、あくまでも私の見解ですが、この結界は出ることも入ることも是としないタイプだと思うので、結界を張った張本人はまだ居ると思います。馬鹿じゃなかったら、外側に居るかもしれませんが」










「嵬」










「ほな、ちょっと捕まえて来るわ。何人か借りるで」










「怪我をさせないようにだけ、気を付けてよ」












「分かっとる」










一宮と3人の妖男子たちが教室を出て行く。破戒僧を捕らえてきたら、私が尋問にかける。尋問の仕方は、終宵さんのご友人から教わったから大丈夫だろう。










神様も妖と同じように規制がある。いや、神様は妖より規制がきつい。人と関わることが一切許されない。だから、神様には巫女という特別な存在が必要になるのだ。男神には巫女を、女神には巫女の男バージョンである巫覡ふげきを。それぞれが、神様の代わりを勤める。その代わりを勤める巫女の役目は、人を裁くことだったり、予言を下ろしたりすることだ。










神様は人間に干渉できない。それを巫女が代役として干渉する。裁き、赦し、与え、奪う。時に血を被ることもある。まあ、そんなことは滅多にないけれど。私の場合は特例で、譲羽さんが終宵さんの本命巫女を勤めていて、私は表向きの巫女をしている。汚いこととかは私が引き受けていて、簡単に言えば譲羽さんの代理巫女ってこと。












「栫井?」












「見ててくださいね、大丈夫ですから」












「どうするんだ?」












「とりあえず縛って半殺しにでも」












「はっ?」












「冗談です。保護者のご友人から学んでますから、安心してください。根掘り葉掘り全てを聞き出して見せましょう」












「保護者のご友人…」










大丈夫大丈夫と笑って、私は刀の柄を握り治した。手に馴染んだこの重み。終宵さんが保護者になった時に私に授けてくれた。それは守り刀として黎明様が持ち歩いていたもので、形見だった。










「さあてと、やってやりますか」












一宮に引き摺られてきた汚い成りをした破戒僧。どす黒い蛇を体に巻き付け、体を蛇に与えているのが見てとれた。蛇は私を見てシャーシャーと尻尾を震わせる。ふん、蛇ごときが歯向かうのか。










「え、ちょ、くさっ!?」










「なんですの、この臭いっ!」










さっきよりも断然きつくなった臭いに、女の子たちは顔をしかめた。鬼たちよりもツンとした臭いは、確かに堪えるものがある。臭いは死肉に違いない、と思う。夏場のアレは本当にヤバイから。










「タマ?」










「これを人間と認めたくはないけど、まだ人間の括りなんだろうなあ、と思えば思うほど始末したい。その蛇の出所も知りたいけど、始末したいって気持ちが勝っててさ」












「そ、そうなん?」










「なぁに、すぐに片付くさ」










「えー、ちょっとタマさんや。花嫁たちの目の前で止めてくれへん?ショックがデカいやつやで、それ」










「ん?」












破戒僧を縛り終わった一宮は、どこか思い詰めた顔をして私に言った。何言ってんだろう。私は首をかしげた。そんなクレイジーでデリカシーのないことなんてしねえよ。誰か言ってやってくれ。












「するわけないじゃんねぇ、タマちゃんだもん」












「ひよぉぉぉ。やっぱりひよは可愛いわ!」












「ふふ、タマちゃんばっかりが活躍するのが悔しんだよ。でもねぇ、嵬君。タマちゃんがひよたちの目の前でどれほど残酷なことをしたって、ひよは受け入れる。だって、ひよたちの為にしてくれているのに、タマちゃんだけに背負わせたらダメなの」












「日和ちゃん…」










「ひよたちには力がない。だから、いつも帰りを待って無事を祈るしかない。力があるタマちゃんが羨ましい。羨ましいけど、きっとひよはそれを受け止めきれない。だから、ひよはタマちゃんの共犯になる」












力強い目をして、一宮に言った日和。こんな日和を初めて見た。いつもほわほわしていて、掴み所がない甘い綿飴みたいな子だと思っていたけど、どうやらそれは違ったらしい。誰かの後ろで隠れるように、寄り掛かって立っているような子じゃない。意思をもって、しっかりと大地に足をつけて立っている子だ。












「ありがとう、日和」



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