犬神の花嫁

千絢

11

戦いが始まったんだろう。所々から怒号や叫び声が聞こえてきた。空が黒くなり、ゴロゴロと雷鳴を轟かせる。研ぎ澄まさはれた神経は、隔離された異空間と化した校舎に行き渡る。










「タマちゃん、大丈夫?」










「だぁいじょうぶ。私を誰だと思ってるの」










酒呑童子が来たら分からないけど、その他の雑魚は私でも殺れるだろう。いや、殺らなければならない。守らなきゃならない。その為に女の子たちを一ヶ所に集めたんだから。大丈夫、私は巫女だ。黎明様の巫女で、終宵さんの巫女姫一人娘。それに恥じぬ戦いを。










「…っ、タマちゃ!」








「伏せなさい!!」










「…きゃっ」












ドンとお腹に響く重低音。机や椅子がグシャグシャに潰れ飛ぶ。悲鳴が上がる。あちゃー、侵入されたわ。数は六か七か。いや、十いるな。いずれも鬼。私の服の裾を握る日和の青白い顔は、恐怖に染まっていた。










「大丈夫よ、日和。大丈夫」










「でも、タマちゃん、この数じゃ」










「私一人対して、この数は厳しいかもしれないけど、誰にも手を出させない。私は君たちを預かったんだからね」










何かあったら、それこそ三度目の怒りを浴びることになる。それだけは阻止しなきゃならない。もうあんな体験したくない。砂ぼこりが撒き上がる後方を見た。浮かび上がる影。一角や二角の鬼たちは、薄汚い笑みを浮かべて、私たちの方に近づいてくる。










「やれ、こんな所に若い女子が居るぞ」










「柔そうな肉やの、旨そうだ」










「頭に捧げる肉を捕らねばなあ?」










ゲラゲラと下卑た笑い声。腐ったような臭いとすえたような臭いが教室に立ち込める。女の子たちが嘔吐く。私は慣れているから、どうにか呼吸が出来ているけど、可哀想な女の子たちは耐えきれない。この臭い、制服はともかく教室に染み着いたりしないか不安だ。










「貴様ら一体、誰の許可を得て、この学園に入られた?」










「あぁん?」










「誰が、この学園に、入るのを許したんだと訊いている」










「強気な女子よな!我らは酒呑童子様と世界を牛耳る者よ」










「貴様らごとき雑魚に、この世界が牛耳れると思っているのか?阿呆か?」












裾を握る日和の手を解いて、私は腰を低くし刀を抜刀するように構えた。終宵さんに施してもらった、体内に刀を納めているまじないの封を解く。また呪を掛けてもらわないと。面倒くさいことに、出し入れが出来ないんだよなあ。








私の言葉に逆上し始める鬼たち。あぁ、腹の底がぐずぐず疼く。終宵さんの教えが骨の髄にまで染み込んでるものだから、私に飛び掛かってくる鬼に向かって思いっきり踏み込んだ。刹那、私の手の中に姿を見せる白い刀。柄から刀の切っ先まで真白のソレは、鬼の腹を切って赤く染まった。手始めに1匹。










「人間ごときが、なぜ…!」










「神に仕える巫女だからさ。まあ、仕えた神はこの手で殺めたがな」












「ーーーまさか、神殺しの巫女か!?」










「ご名答。私の正体も分かったんだ、冥土の土産になるだろ?とくとね」












言葉もそこそこに、私は床を蹴り飛ばした。鬼たちも負けず劣らずと武器を持ち出してくる。剣や金棒。なんだか絵本の悪役みたいだ。実に幼稚。これが多勢に無勢というやつなんだろうな、と私は思考の片隅で思った。刀と鬼の武器が重なって甲高い声で嘶く。














巫女と鬼の力の差は歴然としている。男と女の力の差だと言えば考えやすいか。でも、力で勝てないのならスピードがある。女である身軽さを利用する。刀を顔の横で構える。汚い笑い声。勝てる筈ないと言う奴等。鬼に巫女が敵うわけがない、と。












「普通の巫女なら、きっと敵わないだろうね」










でも生憎と私は普通の巫女じゃないんだよなあ。終宵さん曰く、私の魂は死神の素質があるらしくて、だから神様を殺せたんだとか。普通の巫女普通の人間なら不可能だし。死神といっても、死を司る神様じゃなくて、鎌を持って命を狩る方ね。解せぬ。しかも、死んだらそっち系死神になるんだとか。それも解せぬ。












話がそれたけど、そういう裏事情があるから鬼の一匹十匹ぐらいは難なく殺れると思うわけよ。つーまーり、












「なっんでだよ!!なんで、お前ごとき人間に!」












「神様を殺めた巫女に、たかが鬼が殺めれないとでも?阿呆抜かせや」










「くそがァァァアアア!こいつを頭領に会わせるな!此処で仕留めとくぞ!」










「おーぉ、六匹で何ができるかね?」












強く踏み込んで、鬼の腕を飛ばす。血が飛び散る。怒号が飛び交う。私に向けられた殺意と憎悪。がむしゃらに、私の首を狙って飛び掛かってくる鬼。それを往なしながら、私は柄を握り直した。そろそろ殺ってしまおう。












こいつらを片付けたら、手引きしたやつも片付けないとなあ。人間かどうか分からないけど、妖が人間を殺すのはタブーだし。でも堕ちた場合って人間の括りで良いのか?














「ーー大丈夫か!?」














妖男子たちが入ってきたその瞬間、血が飛び散りって、私の頬を流れた生暖かな血。鬼は灰となって消えていくのを見ながら、私はため息をついた。タイミングが良いのやら悪いのやら。刀の血をスカートの裾で拭い、鞘に納める。

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