犬神の花嫁

千絢

07

それから何日過ぎただろう。男子生徒たちは、日替わりで巡回に行き、女子生徒たちは息を潜めるように過ごしていた。というのも、この棟の女子生徒が何者かに襲われるという事件が続いているからだ。










「教員会も役に立たねぇな。元老院なんざはもっての他だし」










「何たら会だの何たら院だの、役に立たねぇ奴らばっかりが固まりやがる。烏合の衆ってか」










「花嫁ばっかり狙いやがって、クソか 」










イライラしている男子生徒たち。まあ分からんでもないが、何つうか、ほら妖気しまえよ。女の子たち怯えてるだろ。一宮や御先さんも難しい顔してないで宥めなよ。










「雑魚ばっかりでキリがないな」










「出てくるのは手下ばっか。あの野郎、本当に目覚めてんの?」










「目覚めとることは目覚めとる筈や。被害者の女の子曰く、俺等より鬼らしい鬼が居った言うとんねん」










ため息のオンパレード。それ、幸せが逃げるだけじゃね?解決策が見当たらないから仕方ないのかもしれないけど。










「ーー煌希様、わたくしが囮になりましょう。そうすれば、その鬼も姿を見せるのでは?」










ピシリと空気が冷え固まった。お蝶ちゃんの旦那様である御先さんが、特に冷たい顔をして、お蝶ちゃんを睨んだ。御先さんが、怒るのはごもっともなんだよね。誰も自分の愛しい娘を囮になんかしたくない。










妖からしたら、その思いはもっと強くなる。花嫁。慈しみ深い愛しい己が嫁。何百年と生きていくなかでの、唯一無二の花嫁なのだから。










「蝶子、その口を慎め」










「…っですが、これ以上は!」










「お前を囮にしてまで、アイツを封じる義理もない」










「煌希様!!」










「黙れ」










低い声はまるで研ぎ澄ました刃のようで、お蝶ちゃんは唇を噛み締めて俯いた。御先さんの気持ちも分かるけど言い方ってものがあるよね!










「お蝶ちゃん、御先さんはね、お蝶ちゃんにもしものことがあったら、多分御先さんも着いていくと思うよ」










「…え?」










「妖や神様の愛情は恐ろしく深いものだ。その愛情は狂気と紙一重。狂おしい程愛しい。花嫁にもしものことがあれば、その愛情は簡単に牙をむくよ」










私は二度それを間近で見た。言わずもがな私の仕えた神様と終宵さんだ。一度目は私の手で殺して、二度目は、殺されるかと思った。殺気だった終宵さんの傍らで、私は一心不乱に終宵さんの花嫁を手当て看病した。今は花嫁じゃなくて、奥さんなんだけどね。










「タマちゃん、」










「本当、マジでヤバいから。どんなに仲が良かったって関係ないから。私の仕えた神様は、最終的に気が狂ってしまった。だから、殺すか殺されるか、そのどちらかだ」










「タマちゃん、何を仰ってるの?わたくしは、ただ…」










「あ、つまりは花嫁である君たちは、決して己の血を怪我己の屍を見てはならないんだ。囮になんかならなくて良い。護られるのが花嫁だからね」










「でもっ!!」










「でもじゃないよ、お蝶ちゃん。役に立ちたい気持ちは分かるさ。分かるけど、その役の立ち方は駄目だ」










囮に良い思い出がない私は沁々と頷いた。










「お酒を、とびっきりのお酒と上等の杯を用意してください」










「え?」










「酒呑童子の名前の由来は、大酒飲みから来ています。まあ、お酒を用意して来るかは分かりませんが、お蝶ちゃんを囮にして来させるより断然マシですよね?」










にっこりと私は御先さんや妖たちに笑いかけた。お酒で喚び出すのは一か八かの賭けだ。来てくれたら良いなあ、の気持ちで居るしかない。










「…分かりましたわ。飯綱家の名に懸けて、最高のお酒と杯を用意いたします。煌希様、どうぞ先ほどの発言は許してくださいませ」










「…あぁ」










 「それでは、わたくしは電話を掛けて参ります」










御先さんに頭を下げたかと思うと、お蝶ちゃんはさっさと身を翻して職員室へと向かった。その後を二人の妖男子たちが追い掛けていく。










「礼を言う、栫井」










「礼を言われるほどでもありませんよ、御先さん。私は、あれを二度も経験した。もう三度目なんて経験したくないんです」










「父上も、そうだったのか?」










「…あぁ、犬っこは知らないんだったけ」








神様の愛情も恐ろしかったなあ。



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