犬神の花嫁

千絢

01

高等部に進学した翌日に、私は自分の教室の訂正を言い渡された。元担任に『ごっめーん☆間違えていたから、移動してね』って何事もないかのように言われた。名簿に私の名前があったし、机に私の名札置いてあったし。納得いかん。解せぬ。










正直な話、担任だろうが元担任だろうが関係なくぶん殴ろうかと思った。私を移動させたであろう事態の根元保護者も、何を企んでいるのやら。










栫井 環妃かこい たまきさん?」








「…はい?」








「あぁ、良かった。僕は担任になる時雨だ、よろしくね」










移動先の教室に向かう前に立ち寄った職員室で、私はこれから担任になる時雨しぐれ先生と言葉を交わす。柔らかい焦げ茶色の髪がふわふわ揺れる。










「君のパートナーなんだけど、どうしようか?」








「パートナー、ですか?」










この青嵐学園には、とある棟にのみパートナー制度と呼ばれるものがある。ただし、それは花嫁制度生け贄と呼ばれる隠れた制度を隠すためのカモフラージュにしか過ぎず、他の棟の生徒や教員に知られないように、パートナー制度と呼ばれているのだ。










「うん、この棟に来たからには知ってもらわなきゃいけないことがある。けど、それは僕たち教員の口からは言えないんだ」








「それでパートナーですか?」








「うん」










私の移動先である棟が、そのとある棟だ。つまり、だ。私は腹立たしいクソ野郎保護者に、私はその制度のある棟に移された。










何が言いたいのかというと、そろそろ現実に帰ってこいってことだ。私の保護者は、かなり横暴だ。本当に横暴。よく結婚できたよな。でも聞いた話だと、ここの卒業生で、花嫁制度のお陰らしいけど。










「だったら結構です。私、ここのこと保護者から聞いてるんで」








「保護者?」








海神 わだつみ終宵しゅうしょうです。神名はワタツミ」










私の言葉に、さっと顔に色を悪くした時雨先生。いや、時雨先生だけじゃなくて、話が聞こえていただろう人たち皆が顔色を悪くした。










そりゃそーだ。私の保護者は、現役の神様。父にイザナギ、母にイザナミ、弟にスサノオを構える家宅六神が一柱として生まれた、まあビックネームな人だから。いや、神様だから、か。










「そ、そっか。なら説明は大丈夫そうだね」








「ただの保護者なんで、そう怯えないでくださいよ」








「ただの保護者っていうけど、ワタツミ様でしょ!?無理無理!!」








「じゃあ良いです。終宵さんとは、かれこれ4年ほど顔も合わせてないですし」










別にチクったりすることはないよー。チクっても、自分で何とかしろって言われるし。終宵さん、私を甘やかしたことないからね。基本鞭ばかり。あ、でも奥さんの譲羽ゆずりはさんは優しいんだよ。我が子のように可愛がってくれるの。










「……ま、まあ一先ず教室に案内するよ。君のクラスはこの棟で一番特別なクラスなんだ」








「特別なクラスとか、マジかよ」








「アハハ、まあ、うん、大丈夫だよ」








「何が!?」










これからが心配だな。生暖かい春風を感じながら、私は新しい教室に時雨さんと向かった。久しぶりに感じるそれらの気配。戻ってきたんだ、わたし。










わたし、栫井環妃。神である海神終宵の姫巫女一人娘として、ある程度の知識は持っている。此処、青嵐学園は人と妖が共生する唯一の場所で、この棟は妖と花嫁のための教室が並ぶ。










私の前を行く時雨先生も妖だ。多分、雨の妖。何なのかは分からない。上級から下級まで、妖と分類される全てが此処に存在する。










神様も居ると言えば居るけど、やっぱり神様だから周りが萎縮するらしくて、この学園には居ない。居ても超末席。神様は赤嵐学園っていう姉妹学園に集められているそうだ。そういう風になったのは、最近らしくて終宵さんたちの時代はまだ赤嵐学園はなかったとか。








「着いたよ」








「…着いちゃったか」










威厳感っていうのかな、壮大な両開きの扉を前に溜め息をひとつ。デケェよ。教室の扉に両開きとかありえねぇよ。










「ようこそ、僕の愛しいクラスに!」










波乱の予感しかしないよねー。私は、まだ人間のつもりだったんだけどなあー。終宵さんのバカ野郎。

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