異世界に喚ばれたので、異世界に住んでいます。

千絢

27.竜王夫妻といっしょ①

私が目覚めて、静養を言い渡されてから3日が経った。マズイお粥は昨日で終わったから、今日から軽めの普通の食事になった。普通の食事がなんと美味しいことか。美味しくて普通の食事のありがたみを噛み締めたほどだ。倦怠感はまだ残っているものの、ベッドから起き上がることが出来た。昨日は起き上がっているのも怠かったが、今日は調子が良い、のだと思う。










「ねぇアストラル」








『なんだ』








「暇なの」








『…かといって、お前を此処から出せばシュヴァルツが煩いからな』










メギドは私が起きた次の日から竜舎のドラゴンたちと訓練すると言って、早々にこの部屋から離脱した。憧れや尊敬があっても、一族の長夫婦だし緊張で心労が溜まったんだろう、随分とやつれていた。暫く私に会いたくないとまで言われたのだ、余程堪えたんだと思う。










『ふふ、でもじっとしているのも疲れるわ。あ、そうだ!あなたが、イオリを連れて外に出れば良いんだわ』








『なっ!!ティエラ、何を言ってるんだ!!』








「あ、それ名案!!ちょっとだけで良いから、騎士団の所に連れてってよ。シヴァ様が周りを威嚇しまくって来れないみたいでさ」










名案だわとティエラは嬉しそうに笑う。ティエラまじ綺麗可愛い。私の語彙力、仕事しろよ。ドラゴンは皆総じて美男美女だ。特に竜王のアストラルや竜王妃ティエラは格別美しい。一緒に居ると審美眼が狂う。普通が分からなくなる。








いや、双帝をはじめとして、宰相、騎士団長、魔術師団長、聖女、白帝の王妃と美男美女揃いだ。もう既にこの時点で、私の審美眼は機能するか怪しい。騎士や魔術師、侍女にも整った顔立ちの子が多いように思う。たまに見掛ける庭師のお爺ちゃんも、昔は男前だったんだと思わせる顔だ。この王宮の採用基準は顔も入っているのではと思っていたりする。








『だがなあ…。シュヴァルツに小言を言われるのは俺だぞ?』








『イオリの為なら、それぐらいかまわないでしょう?』








『…はぁ、仕方ない。1時間だけだからな』








「ありがとう!!」








『じゃあ、着替えないとね。シュヴァルツがイオリにって服をたくさん誂えさせたのよ?いつも支給した服しか着てないとか言って』








「…ドレスじゃないだけありがたいよね」








『あら、何を言ってるの。ちゃぁんとドレスもあるわよ?』








「なん、だって…」










言葉が出なかった。服だけならずドレスもだと。ドレスなんて着る予定もないのに。そりゃ、ドレスを着るキラキラした女の子たちは可愛いなあって思ったことあるけど。武道派の自分がドレスを着るところなんて想像出来なかったから、夢のまた夢だったのだけど。夢が現実になりそうだ。嬉しいような気まずいような。










『ふふ、凄い百面相。素直に喜んでも良いのよ』








「喜び、なのかな」








『ドレスを送られて嬉しくない娘は居ないわ。ね、あなた』








『あ?まあ、そうだろうな』








「うーん…。また後でお礼言っとくね」










嬉しくないわけではないし。アストラルがそっぽを向いている間に、ティエラが選んだひざ下丈のミモレを着る。黒い生地にレースとビーズを襟元と裾部分にあしらったシンプルなデザインだ。可愛いワンピースだなあ。似合わない、かも。いつもズボンだったし。自分でも見慣れない。










『まあ、シュヴァルツも良いセンスを持ってるわね。イオリ、とっても可愛らしいわ』 






 

「本当?なんか、むず痒いんだけど」








『良いと思うぞ、イオリ。だが、これは…』








『なぁに?何か文句でもあるの?』








『いや、そうじゃない。まず、シュヴァルツに見せないとマズイんじゃないか?』








「…アストラルってシヴァ様に弱味でも握られてるの?」








『は?そもそも俺に弱味なんてないぞ』








「でも、やけにシヴァ様を気にしてるよ?」








『あ、イオリこれも着けて頂戴な』








やけに疲れた顔をするアストラル。シヴァ様のこと、気にしすぎじゃない?ティエラに渡された黒い太目のレースチョーカー。真ん中に3センチぐらいの雫形の淡い黄金の石が嵌め込まれていた。琥珀っぽいけど、この石は空の魔封石だ。有色の魔封石って珍しいから、希少価値があるんだよね。なんでチョーカーにされてるんだろう。










『それもシュヴァルツが作らせたのよ』








「…シヴァ様、私にお金使いすぎじゃない?ダメじゃん、側近にお金使っちゃ」


 





『んー、それ言っちゃうとシュヴァルツが可哀想だわ。シュヴァルツがイオリの為に誂えさせたのよ。甘えて受け取りなさいな』








「うーん…」








『イオリ、諦めてしまえば楽だぞ。シュヴァルツはあぁ見えて粘着質だからな。イオリが受け入れるしかないだろうよ』










甘えて受け取っても、なあ。シヴァ様から与えられたものが、後々私を苦しめそうな気がする。いや、幸せだった時の物として生きる糧ぐらいにはなるかなあ。










『折角だからシュヴァルツに顔を見せてから行けば良いのよ!そうとなればお化粧しましょ!』








「えぇー。そんなことしたら、騎士団の方に顔出し出来なくなるよ」








『そう言われるとそうねぇ。でも着飾ったイオリをシュヴァルツに見せびらかしたい私の気持ちも分かって?』








「分かりたくはないかなあ。着飾った私なんて気持ち悪いよ。騎士団に顔を出すだけだし、ね?」








『…あのね、イオリ。イオリは可愛らしい女性なの。ちょーっとお茶目なところがあるけどね。女の子が着飾って気持ち悪いなんてことないの。寧ろ、女の子は着飾るものよ。イオリは着飾ることに慣れてないだけだから、気持ち悪いだなんて言わないで、ね?』








「…ティエラ、」








『イオリ、こうなったティエラは頑固だぞ』








「アストラル、もうヤケクソになってない?どうにでもなれって思ってるでしょ」








『そう思わねばやっとれんからな。シュヴァルツの所に寄って、騎士団の所に行くときに化粧を落としてから行っても問題ないよ』








「…そういうもんかなあ」








『なぁに、離してくれなかったらお願いをすれば良いんだから』










簡単に言うけどさぁ…。ティエラが私の顔に色々塗りたくり始めたから言うのを諦めた。妥協だ。諦めだ。顔を塗りたくり終えたら、今度は髪まで弄り始める。ティエラの手際のよさに感心しながら、ドラゴンでもやっぱり女性なんだなあと実感した。








最早、別人。私じゃない、見知らぬ私が鏡に写っていた。

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