異世界に喚ばれたので、異世界に住んでいます。

千絢

25.夢の中で

夢と現を往き来して、どれくらい経ったのだろう。曖昧な意識のなかで、いつも優しく名前を呼ぶ声だけを聞いていた。










『俺の可愛い可愛い娘』










そう最初に言うのは、決まって父が側に居る・・時だ。あの優しく名前を呼ぶ声ではない。艶のあるテノールの声。その声の持ち主である父とは、最初に会瀬を交わしてから、度々姿を見せるようになった。1度入った夢には出やすいって幽霊かよ。いい加減に成仏してよと言ったのに、まだ成仏してなかったのか。










『依織が声をあげて泣けないのも、痛いって声に出して言えないのも、やっぱり幼い頃から戦場に立たせていたのが悪かったなあ。でもな、もう声をあげて泣いても、痛いって言っても良いんだ』








「は?」








『我慢するなってことだ』










何度も何度も私の頭を撫でる父さん。父さんの言葉の意味を理解するために、口のなかで言葉を噛み砕く。泣くのも、痛いって言うのも我慢するな?今更じゃないか。自分が与えた呪いのように付き纏い続けた言葉を、いとも容易く否定するとは。










「もっと、早くにそれ、言ってほしかった。父さんに、言われてからずっと我慢して、泣き方も痛みを伝える方法も忘れたのに」








『あー…』








「泣くなって、痛いって認めるなって、散々言ってきたくせに…!!」








『悪かった、悪かった。そうだな、もっと早くに言ってやれば良かったな。もっと早くにお前を解放してやれば良かった』










私を抱き寄せる実体のない父さん。この温かさが、昔感じた記憶の一部なんだと思えば泣きたくなった。やっぱり、早く成仏してほしい。メギドから見ないでほしい。頼む、早く成仏してくれ。








『俺の可愛い自慢の娘、どうかこの俺の居た世界で幸せになってくれ』








「父さん?」








『俺とユリアが最後まで幸せであれなかったように、お前はなってくれるなよ』








「幸せにって、父さん!!」










『もうそろそろユリアを迎えにいこうと思うんだ。他の皇帝たちの残留思念はこの国の礎に残る。俺の願いも残留思念に含まれているからな。俺の可愛い娘、此処で幸せになれ。お前はきっと優しくて逞しい妻に母になれる。大丈夫だ、それは父さんが保証するから』










俺の可愛い可愛い自慢の娘。幸せになってくれ。










そう言い残して父さんは消えた。成仏した、んだと思う。ついさっきまで願ってたことなのに、心の片隅に穴が空いた。寂しい。父さん。母さんを迎えに行くの、置いていかないで。独りにしないで。あぁ、昔も似たような感じで泣いたことがあったっけ。










あの時、父さんは頭を撫でて呪いの言葉を吐いたけど。また、父さんは呪いの言葉を残して居なくなった。










昔から根付いていた固定観念はなかなか覆せない。自分が、幸せになること。そんな未来はないと思っていた。幸せは色々な種類があるから、幸せになった兄妹を見て幸せになろう、幸せになった白帝やルシエラ様を見て幸せになろう、幸せになった皆を見て幸せになろう。それが私なりの幸せだと思っていた。










私自身の幸せを、私が望んでも良いのだろうか…?










《ーーイオ、》








さめざめと泣いていたら、私を呼ぶ声が聞こえた。父さんが消えた暗闇の奥から聞こえた、その声は何度も何度も私の名前を呼んだ。柔らかくて優しい声音は、夢と現をおぼろ気で往き来していた時にも聞いていた。










《アルベルトとネージュダリア嬢の婚礼の儀が決まったぞ。来年にはマリベルとルシエラの婚礼の儀が出来るだろうな》










《皆がお前を待ってるから。ゆっくり治してから、起きてくれ》








《もう一月寝たからなあ。暑い夏が来たよ》










名前を呼んで、日常を語るあの人。私が敬愛するあの人の声が優しく私の名前をなぞる。貴方の懐刀でありたいのに。このザマだ、笑えない。側仕えの仕事もこなせないのに。解雇されたら騎士団に雇ってもらおう。この際、3番隊に組み込まれても文句は言わない。










《シエルとセリカからお見舞いの品が届いたんだけど、これはイオリとシキの似顔絵だな。上手に描けてるから、早く見てやってくれ》








《そうそう、シキなんだけどリリーシャと仲直りをしたそうだよ。騎士団の奴等に八つ当たりしてすまなかったと頭を下げたそうだ。イオリにも、酷いことを言ったって聞いたけど、何を言われたんだ?》








《もう傷は癒えたよ。あまり寝すぎると体が鈍るよ、イオリ。早く起きてくれよ》










《ーー幸せになるんだろ、イオリ》












「幸せに、なりたいよぉ…」








幸せになりたい。自分の手で、幸せを掴んでみたい。見守る幸せじゃなくて、私自身の幸せを。










ふよふよと浮かんでいた何かが弾けた。暗闇にシャボン玉でも飛んでいたのかなあ。あの人の優しい語り声を聞きながらうとうと微睡んでいた意識が、何かが弾けた音により、はっきりと明確に世界を彩らせた。










《ーー起きる?ゆっくり浮かんでおいで。俺が引き上げて上げるから、安心して委ねて》










あの人がそう言うものだから、私はゆっくりと光の先に向いて歩き始めた。父さんが居たこの空間とはここでサヨウナラだ。父さん、幸せになるから見ててね。今度こそ母さんを幸せにしてね。幸せになろうね。









コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品