Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~

櫻井音衣

あの時の気持ち、今の想い (4)

「待って、幸!」

恵介の手が私の腕を掴み、体ごと強く引き寄せた。

私の体は一瞬で恵介の腕の中に収められる。

「まだ何も言ってないのに、俺の答え勝手に決めるなよ……」

私を強く抱きしめて切なげに呟いた恵介の声が、少し震えていた。

恵介の胸は広くて温かくて、少し速い鼓動が私の耳に伝わってくる。

「夏樹の身代わりなんて要らないから別れるって言われた時、あんな事言うんじゃなかったって、めちゃくちゃ後悔した」

「恵介のこと好きになっちゃったから……私のことなんか好きじゃないのに、夏樹の代わりに優しくされるのはイヤだったの。私がどれだけ好きでも、夏樹みたいに別の人がいるんじゃないかって怖くて、私を好きになってもらえる自信もなくて……」

胸に顔をうずめてあの時の気持ちを正直に話すと、恵介は私の頭を何度も優しく撫でてくれた。

「俺も夏樹に勝てる自信がなかったから、あんな形で付き合おうって言ったけど……ホントは夏樹の代わりに優しくしたわけじゃないんだ。俺は最初からずっと……今も幸が好きだよ」

恵介が私を好き……?

夢じゃないかとか、もしかして聞き間違いかもと思いながら顔を上げると、恵介は私の目をまっすぐに見つめた。

「ホント……?」

「うん。もっと早く俺の気持ち言えば良かったな。好きだよ、幸。大好きだ」

「嬉しい……。私も恵介が好き。大好き……」

やっと想いが通じて、恵介が私を好きだと言ってくれたことが嬉しくて嬉しくて、また涙が溢れる。

恵介は微笑みながら、指先で涙を拭ってくれた。

その指先が優しく頬に触れた瞬間、恵介が駅のホームで綺麗な人と一緒にいた光景が脳裏に蘇る。

「あ……でもお見合いしたって……」

「上司からずっと勧められてたこともあったし、幸と別れてしばらくしてから、もうあきらめないとって思ってお見合いした」

「それって……前に駅で会った時に一緒にいた人?」

「うん。何度か会ったけど、やっぱり幸のことばっかり思い出して比べちゃってさ……相手に失礼だし、申し訳ないから断ったんだ」

恵介もそんなことを考えていたんだ。

きっと私と同じで、前に進もうともがいていたんだと思う。

「幸は……あの人と付き合ってるんじゃないの?」

「高校時代の同級生でね……何度か一緒に食事したけど、付き合ってもないのに好きだから結婚しようって急に言われて……。いい人だし、将来のこと考えて結婚しようとも思ったけど……やっぱり恵介のことが好きで忘れられなかったから、断ったの」

私が秋一との間にあったことを話すと、恵介はホッとした様子で少し笑った。

「そうか……。幸が俺を忘れないでいてくれて良かった。ありがとう」

「恵介も……私を好きでいてくれてありがとう」

少し照れくさくて、お互いに顔を見合わせて笑った。

恵介は私の頭を両手で引き寄せて、額と額をくっつける。

「改めて言うよ。幸が好きです。俺と付き合ってください」

「私も恵介が好きです。一緒にいてください」

「先に言っとくけど……俺、独占欲強いからね。もう絶対離さないし、誰にも渡さない」

「うん」

恵介の唇が、私の唇に優しく触れた。

そっと触れるだけの短いキスを何度も何度もくりかえした後、恵介はギュッと私を抱きしめた。

「できればこのまま離したくないんだけど……幸、明日……じゃなくて、今日は土曜だから仕事だよな?」

「ううん、休みだよ。バースデー休暇なの」

私がそう言うと、恵介は嬉しそうに笑って、もう一度私の唇に軽くキスをした。

「じゃあ離さない。二人だけで誕生日のお祝いしよう」

「うん」

誕生日を恵介と一緒に過ごせるなんて、思ってもみなかった。

今日だけじゃなく、明日も明後日もその先も、恵介と一緒にいられるんだ。

思いきって気持ちを伝えて良かった。

ずっと過去を振り返って、下ばかり向いてここまで来た私だけど、前を向いて顔を上げて、勇気を出して一歩踏み出してみると、いい事や嬉しい事もあるんだと気付いた。



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