Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~
もうやめる (5)
どんなに優しくされたって、そこに気持ちがなければ意味がない。
過ぎ去った時間も、去って行った人も取り戻せないのに、私一人がジタバタして、いつか恵介が私から離れていく日を恐れているなんて、そこになんの意味があるって言うんだろう?
好きだから一緒にいたい。
だけどこれ以上傷付きたくない。
好きな人と触れ合えるのが体だけなんて寂しい関係は、もうイヤ。
抱きしめるなら心も体も、私のすべてを抱きしめて欲しい。
恵介が好きだと自覚してしまった以上、体だけがそこにあればいいとか、理想の彼女を演じてくれさえすればいいとか、そんな要望には答えられない。
私じゃなくても、恵介の理想に叶う人はいくらでもいる。
どんなに優しくされても恵介を疑ってしまうから、好きだと気付いた途端、一緒にいることがつらくなった。
恵介は私を本気で好きじゃないと知っているし、好きになってもらえる自信が私にはないから。
なんの疑いもなく恵介の甘い嘘にずっと溺れていられたら良かったのに。
『やっぱ可愛いな、幸……』
私を甘やかす恵介の優しい声が耳の奥で響いた。
テーブルの上で箸を握りしめる手の甲に、ポタリと滴が落ちる。
さっきまで味のしなかった弁当が、心なしかしょっぱく感じた。
ようやく食べ終えた弁当の容器をゴミ箱に捨てて、バレッタで束ねた髪をほどいた。
明日も仕事なんだし、シャワーを済ませてさっさと寝てしまおう。
着替えを持って浴室に向かいかけた時、またスマホが鳴った。
スマホは恵介からの着信を知らせている。
おそるおそる手に取り、通話ボタンをタップして、スマホを耳に押し当てた。
「はい……」
『もしもし……幸?』
恵介の声が私の耳に響く。
『幸からの連絡、ずっと待ってた』
「……うん」
『なんで連絡くれなかったの?』
本当のことなんて、何も言えない。
これ以上話すと恵介が好きだと大声で叫んでしまいそうで、ぐっと唇を噛んだ。
『幸……言いたいことがあるなら言って。じゃないと俺、どうしていいか……』
「もうやめる」
恵介の言葉を遮って、その言葉は無意識に私の口からこぼれ落ちた。
『え?』
「もう会いたくない」
本当は会いたいのに、本心とは真逆のことを言った。
だけどこれも本心だと思う。
『……幸が嫌がることはしないって約束したのに、俺があんなことしたから?それなら謝る。ホントにごめん』
……違う。
恵介に触れられたのがイヤだったんじゃない。
恵介の気持ちがそこにないのがイヤだった。
「わからないならいい……」
『え……?』
「私たちがこんなこと続けても、意味なんか何もない。だから、恋人ごっこはもうやめる」
『幸、ちょっと待って。それって……』
「お世話になりました。ありがとう、富永さん。さよなら」
通話終了ボタンを押してスマホの電源を切った。
涙があとからあとから溢れて、頬にいくつもの筋を作る。
これでおしまい。
また元のように、知らない他人同士に戻るだけ。
恵介がどこで誰と何をしていようが、私には関係ない。
だから疑ったり悩んだり落ち込んだりする必要もない。
「あーっ、スッキリした!!」
わざと大きな声でそう言って脱衣所に駆け込み、急いで服を脱いで頭から熱いシャワーを浴びた。
私は一人でも大丈夫。
誰かが助けてくれなくても、一人で生きて行ける。
恵介がいなくても、私は一人で……。
「うっ……」
堪えていた嗚咽が漏れた。
シャワーから勢いよく放たれたお湯は溢れる涙を洗い流してくれるのに、私の泣き声までかき消してはくれない。
恵介は私が泣いたら優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
『幸には幸の良さがあるんだから、自分を否定するようなことを言ったらダメだよ』と言ってくれた。
私を本気で好きじゃなくても、恵介はいつも私に優しかった。
一緒にいる時間が長くなるほど恵介を好きになって、思わせ振りな態度がつらかった。
「恵介……幸が好きだって……好きだから一緒にいたいって……言ってよ……恵介……」
恵介に届くことのない私の声は浴室に虚しく響いた後、湯気と共に跡形もなく消えた。
過ぎ去った時間も、去って行った人も取り戻せないのに、私一人がジタバタして、いつか恵介が私から離れていく日を恐れているなんて、そこになんの意味があるって言うんだろう?
好きだから一緒にいたい。
だけどこれ以上傷付きたくない。
好きな人と触れ合えるのが体だけなんて寂しい関係は、もうイヤ。
抱きしめるなら心も体も、私のすべてを抱きしめて欲しい。
恵介が好きだと自覚してしまった以上、体だけがそこにあればいいとか、理想の彼女を演じてくれさえすればいいとか、そんな要望には答えられない。
私じゃなくても、恵介の理想に叶う人はいくらでもいる。
どんなに優しくされても恵介を疑ってしまうから、好きだと気付いた途端、一緒にいることがつらくなった。
恵介は私を本気で好きじゃないと知っているし、好きになってもらえる自信が私にはないから。
なんの疑いもなく恵介の甘い嘘にずっと溺れていられたら良かったのに。
『やっぱ可愛いな、幸……』
私を甘やかす恵介の優しい声が耳の奥で響いた。
テーブルの上で箸を握りしめる手の甲に、ポタリと滴が落ちる。
さっきまで味のしなかった弁当が、心なしかしょっぱく感じた。
ようやく食べ終えた弁当の容器をゴミ箱に捨てて、バレッタで束ねた髪をほどいた。
明日も仕事なんだし、シャワーを済ませてさっさと寝てしまおう。
着替えを持って浴室に向かいかけた時、またスマホが鳴った。
スマホは恵介からの着信を知らせている。
おそるおそる手に取り、通話ボタンをタップして、スマホを耳に押し当てた。
「はい……」
『もしもし……幸?』
恵介の声が私の耳に響く。
『幸からの連絡、ずっと待ってた』
「……うん」
『なんで連絡くれなかったの?』
本当のことなんて、何も言えない。
これ以上話すと恵介が好きだと大声で叫んでしまいそうで、ぐっと唇を噛んだ。
『幸……言いたいことがあるなら言って。じゃないと俺、どうしていいか……』
「もうやめる」
恵介の言葉を遮って、その言葉は無意識に私の口からこぼれ落ちた。
『え?』
「もう会いたくない」
本当は会いたいのに、本心とは真逆のことを言った。
だけどこれも本心だと思う。
『……幸が嫌がることはしないって約束したのに、俺があんなことしたから?それなら謝る。ホントにごめん』
……違う。
恵介に触れられたのがイヤだったんじゃない。
恵介の気持ちがそこにないのがイヤだった。
「わからないならいい……」
『え……?』
「私たちがこんなこと続けても、意味なんか何もない。だから、恋人ごっこはもうやめる」
『幸、ちょっと待って。それって……』
「お世話になりました。ありがとう、富永さん。さよなら」
通話終了ボタンを押してスマホの電源を切った。
涙があとからあとから溢れて、頬にいくつもの筋を作る。
これでおしまい。
また元のように、知らない他人同士に戻るだけ。
恵介がどこで誰と何をしていようが、私には関係ない。
だから疑ったり悩んだり落ち込んだりする必要もない。
「あーっ、スッキリした!!」
わざと大きな声でそう言って脱衣所に駆け込み、急いで服を脱いで頭から熱いシャワーを浴びた。
私は一人でも大丈夫。
誰かが助けてくれなくても、一人で生きて行ける。
恵介がいなくても、私は一人で……。
「うっ……」
堪えていた嗚咽が漏れた。
シャワーから勢いよく放たれたお湯は溢れる涙を洗い流してくれるのに、私の泣き声までかき消してはくれない。
恵介は私が泣いたら優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
『幸には幸の良さがあるんだから、自分を否定するようなことを言ったらダメだよ』と言ってくれた。
私を本気で好きじゃなくても、恵介はいつも私に優しかった。
一緒にいる時間が長くなるほど恵介を好きになって、思わせ振りな態度がつらかった。
「恵介……幸が好きだって……好きだから一緒にいたいって……言ってよ……恵介……」
恵介に届くことのない私の声は浴室に虚しく響いた後、湯気と共に跡形もなく消えた。
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