Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~

櫻井音衣

地味女、モテ男とデートする (3)

店長は私の肌に高級な化粧水と美容液を付けて下地を作る。

「眉も少し整えておきますね」

「ありがとうございます……」

人に化粧をされるのは初めてで、なんだかくすぐったい。

最初こそかなり緊張していたけど、店長の明るく気さくな人柄のせいか、だんだん緊張もほぐれてきた。

「福多さんは派手なメイクより、素顔を引き立てるナチュラルなメイクがお似合いになりますね」

「それは顔が地味ってことですか?」

「とんでもない!化粧映えのするお顔立ちなんですよ。だからやり過ぎると派手なお顔になってしまうんです。 でもパーティーなんかの時は、普段より少しだけハッキリしたメイクをされると華やかでいいですよ 」

化粧映えのする顔立ちって何?

地味ってことじゃないの?

だけど店長が私のことをけなしているとは思えない。

むしろ、ものすごく誉めてくれているようだ。

「もちろんハッキリしたメイクをしてもお綺麗だとは思いますけど、ナチュラルメイクが福多さんの良さを一番引き立てるんです。羨ましいですね」

なんだかよくわからないけど、私には派手な化粧が似合わないらしい。

だったら5分で済むいつものメイクで良くない?

まぁいいか。

とりあえずここはお任せしておこう。



「富永さん、お待たせしました。どうぞ、こちらにいらしてください」

店長に声を掛けられた恵介がメイクアップスペースに入ってきた。

ちゃんとしたメイクなんかしてもらったのが初めての私は、なんだかとても照れくさくて、店長の後ろに隠れていた。

「幸、隠れてると顔が見えないよ?」

「そうなんだけど、なんか照れくさいって言うか恥ずかしいって言うか……」

店長の後ろでモゴモゴと口ごもっていると、恵介が私の腕を容赦なく引っ張った。

店長の影から明るい場所にさらされた私を、恵介は満足そうに眺めている。

「思った通りだ。めちゃくちゃかわいい」

「ですよね!福多さんは素晴らしい素材をお持ちなのに、普段は化粧らしい化粧をしないって仰るんですよ!勿体ないです!!」

店長は興奮気味にそう言って、踊り出しそうな勢いで私にスマホを向けた。

「私の最高傑作です!お写真1枚よろしいですか?」

「よ……よろしいでしょう……」

「ありがとうございます!」

1枚と言ったくせに、店長は何枚も私の写真を撮った。

恥ずかしいから、もう勘弁してください!!

そう言いたいのは山々だけど、店長のあまりのテンションの高さに圧倒されて、私はなすがままになっている。

「店長、もうそれくらいで勘弁してあげて。彼女、固まってる」

恵介が苦笑いしながら助け船を出した。

「あら、ごめんなさい。つい夢中になってしまいました。せっかくだからお二人で1枚いかがです?」

ホントに1枚で済むの?

さっきあなた、1枚と言いながら20枚は撮りましたよね?

「あ、それは嬉しいなぁ。まだ一緒に写真撮ったことなかったんだ。撮ってくれる?」

撮るのかよ!と突っ込みを入れたい衝動をなんとか堪え、カメラの前で恵介と肩を並べた。

思った通り1枚で済むはずもなく、もっと笑ってとか寄り添ってと言われたり、恵介に肩を抱き寄せられたりしながら、少なくとも10枚は撮られたと思う。

一気に疲れた……。

写真撮影を終えた私が力なく椅子に座り込んでいる間に、恵介は店長と何やら話をして、紙袋を手に私の方を見た。

「幸、大丈夫?そろそろ腹減ったし、どこかで食事でもしようか」

「うん……」

店長に見送られて化粧品売り場を後にした。

恵介は重そうな紙袋を手に、反対の手で私の手を引いて歩く。

「恵介、その紙袋の中身は……?」

「化粧品だけど?」

やっぱりか……!!

「それ……高かったでしょ?自分で払うから、ちゃんと請求してね」

「俺が勝手にしたことだし、そんなのいいって。社員割引で買ったから普通よりは安かったよ」

「でも……」

「言っただろ?お礼は後で」

一体どんな無茶なお礼を要求されるんだ……?

とてつもなく怖い。

「それより腹減った。何食べたい?」

「私はなんでも……。白飯さえあれば」

「白飯?御飯が好き?」

「うん」

「よし、じゃあ御飯の美味しい店に行こう」

恵介は楽しそうに笑って、私の手を引いてどんどん進む。

その笑顔を見ていると、私までなんだか楽しくなる。

「御飯の美味しい店って、和食のお店?」

「そう。和食は好き?」

「うん、和食大好き」

「それ、俺に言ってくれないかな?」

「……?和食大好き」

「和食ね」

恵介が小さく苦笑いをした。

私、何かおかしなこと言ったっけ?

って言うか、なぜ二度言わせた?

恵介も洋食より和食が好きなのかな?

突然、恵介が繋いでいた手を離して胸の辺りを押さえた。

「どうしたの?」

「ん?仕事の電話だ。ちょっとそこで座って待ってて」

恵介は立ち止まり、ジャケットの内ポケットから携帯電話を取り出して電話に出た。



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