Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~

櫻井音衣

おかしな展開 (5)

「お願い……もっと……ちゃんと触って……」

「いいよ。こんな風に?」

柔らかい部分を指先でそっとなぞられると、身体中に痺れるような衝撃が走り、自分でも驚くくらいの甘い声が漏れた。

「どこが女じゃないんだよ、めっちゃかわいいじゃん。もう抑えんの無理だわ」

彼は私を抱き上げてベッドへ運ぶと、もどかしそうに押し倒して、噛みつくような激しいキスをした。

私の髪を撫でる手付きは優しくて、触れ合う肌の温もりや唇の柔らかさが心地いい。

まるで本当に愛されているみたいだ。

視界が遮られている分だけ感覚が研ぎ澄まされ、触れられた部分から熱を帯びて、その先の期待に全身が震えた。

「焦らした分、めちゃくちゃ気持ち良くしてあげる。思いっきり乱れていいよ」




目が覚めた時には窓の外はもうずいぶん日が高くなっていて、隣に富永さんの姿はなかった。

おそらく彼は、私が眠ってから黙って部屋を出て行ったんだろう。

私は今日は仕事が休みだったけど、彼はきっと仕事に行っているんだと思う。

第一印象は無口でクールな感じの人だったのに、どうやら彼は、バカがつくほどのお人好しの世話焼きで、ちょっとSの気があって、とんでもなくエロい手練れだったようだ。


あの後のことは、よく覚えていない。

なんとなく記憶に残っているのは、あまりの快感にこれまでにないほど乱れたことと、私史上初めて、男の人に抱かれて果てたということ。

改めて思い返すと、酔っていたとは言え自分から彼を求めたことも、あんなに甘い声をあげて乱れたことも、とんでもなく恥ずかしい。

行きずりの人と一夜限りの関係なんて、28年間生きてきて初めてのことだったけれど、富永さんは最初から最後まで優しかった。

夏樹の代わりになんて言っていたけど、富永さんはキスの仕方も抱き方も、夏樹とはまったく違っていた。

一方的な夏樹に比べて、富永さんは私を気持ちよくすることを優先してくれたように思う。

お互い様だけど、恋人でも好きでもなんでもない相手とでも、あんな風にできるものなんだな。

もしかして私の体は、自分が思っていた以上に欲求不満だったのかも知れない。

私も富永さんもいい歳をした大人だし、お互い恋人はいないんだから、お酒の勢いで一夜の過ちがあっても、誰が咎めるわけでもない。

相手が夏樹の妻になった琴音の元カレだということだけは、少し複雑な気もするけれど。

おそらくこんなことは一度きりのことだから、あまり深く考えるのはやめにしよう。

その気になれば私だって、まだまだ女として捨てたもんじゃないと思うことにした。

だって夕べ私はたしかに、富永さんに抱かれて女であることを再認識したし、全身で求めることと求められることの悦びも知った。

いつの間にか目隠しは外れてしまったけれど、私はそれも気にならないほど、夢中で彼の熱い体を求めた。

それに最初こそ身代わりを買って出るほど余裕を見せていた彼も、いつしかその表情を崩して、余裕なさげに何度も私を求めたんだから。

夏樹とは得られなかった、言葉では言い表せないような快感で私を満たしてくれたのは、間違いなく彼だった。


ベッドから起き上がり窓を開けた。

清々しい気持ちで大きく伸びをして、シャワーを浴びながら考えた。

夏樹が私に求めなかったものを求めたいと彼は言ったけれど、それと同時に琴音には求めなかったものを私には求めたわけだから、なんとなく琴音に勝ったような気がする。

こんなの勝ち負けで表すようなことじゃないとわかっているけれど、ほんの少しの優越感で、思わず笑みがこぼれた。





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