Pessimist in love ~ありふれた恋でいいから~

櫻井音衣

選ばれなかった女 (3)

私をどう思っているのかと問い詰めたり、私に縛り付けようとしたら、夏樹はもう私の元には来なくなりそうな気がしたから、私からは何も言わなかった。

気が付けば私は仕事が終わると急いで部屋に帰り、夏樹が来るのを待つようになっていた。

夏樹が少しでも私を必要としてくれるなら、それだけで良かった。

夏樹は見た目は大人になっても中身は昔とあまり変わらず子供っぽくて、私といる時はあれが食べたいから作ってとか、膝枕してとか遠慮なく私に甘えてきた。

甘えられていつも世話を焼いていたけど、夏樹が私の前では素のままの自分をさらけ出してくれるのが嬉しかった。

甘えられるのも全然イヤじゃなかったし、無防備な姿を見るたびに、私といることが心地いいんだと勝手に思い込んで幸せさえ感じた。 

最初の頃こそ夏樹は来るたびに私を抱いたけど、だんだんその頻度は落ちて、ここ最近は寝る場所と食事を求めて私の部屋に来ていた気がする。 

私への気持ちとか確かな言葉もないのに、わずかな時間だけでも夏樹と一緒にいられることに私はじゅうぶん満足していたと思う。

それくらい夏樹のことが好きだった。


そんな関係が3年近くも続いたある日、最近にしては珍しく夏樹が私の体を求めた。

久しぶりに夏樹の感触や体温を感じた翌朝、いつの間にか増えてしまった荷物を紙袋に詰め込みながら夏樹は言った。


“もうここには来ないと思うから、荷物持って帰るわ”


もうここには来ないって何?

その時はまったくわけがわからなくて困惑した。


その直後、挙式予約リストの中に夏樹の名前を見つけた時には、目を疑って思わず何度も見直した。

予約受け付け日は2日前、夏樹がもう来ないと言って部屋を出た日だった。

婚約者がいるくせに私を抱いたわけ? 

餞別か何かのつもり? 

しかも新婦が琴音ってどういうこと?

いろんなことがいっぺんに起こり、頭が混乱してうまく考えがまとまらない。

そんな状態でも、夏樹と琴音が結婚するきっかけになったと思われる出来事は、割と容易く思い出せた。

それは夏樹に、もうここには来ないと言われるより2か月ほど前のこと。

その日、一緒に夕飯でも食べようと言って、琴音が私の部屋に来ていた。

琴音は時々私の部屋に遊びに来ていたけど、深夜に訪れる夏樹とはそれまで会ったことがなかった。

だけどその日は珍しく仕事が早く終わった夏樹が、給料日前で金欠だから夕飯食べさせてと言ってやって来た。

夕飯の材料も多めに買ってあるし、大勢で食べた方が美味しいから一緒に食べようと琴音は言った。

そして琴音は、ついでにもう一人増えてもいいかと言って、彼氏らしき男の人を呼んだ。

彼はあまり口数の多くないクールな感じの人で、たいした会話はしなかったけれど、大手の化粧品メーカーに勤めていると言っていたことだけは覚えている。

その夜、夏樹は珍しく私の部屋に泊まらなかった。

それから夏樹が私の部屋に訪れることが減って、あまり会わなくなった。

私以外にも泊めてくれる人がいるのか。

それとも本命の彼女でもできたのかも。

その予感は的中していたようで、二人は私の知らないところで、いつの間にかそんな関係になっていたわけだ。

そうしてようやく会えたと思ったら、ここにはもう来ないと突然告げられた。

おまけにそれからまだ間もないのに、私と琴音の勤め先でもある結婚式場で、担当ブライダルプランナーに私を指名して結婚式を挙げるとは。



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