ただいま冷徹上司を調・教・中・!

伊吹美香

仮がホントに変わるとき(12)

向き合う形で横になると、私は凱莉さんの頭を胸に抱いた。

「おい……なにしてるんだ」

「しっ」

まるで子供をあやすかのように、ゆっくりと凱莉さんの頭を撫でながら、凱莉さんの言葉を制した。

凱莉さんの耳を心音が聞こえるように胸に付ける。

「赤ちゃんはお母さんの鼓動を聞くと安心して眠るでしょ?凱莉さんだって昔はそうだったんだから、こうしてれば落ち着くはずなんです」

ゆるゆると髪を撫でていると、しばらくたって凱莉さんが一言「心地いいかもしれない」と小さな声で呟いた。

「そうでしょ?」

私は単純な凱莉さんにくすっと笑って解放した。

「私はこうやって寄り添っているだけで充分幸せです。凱莉さんもそう感じてくれるようになると嬉しいんだけどな」

好きな人の温もりがあるだけで、こんなにも気持ちが満たされる。

凱莉さんが少しでもそう感じてくれたらいいな。

そんなほっこりした気分で凱莉さんにくっつくと。

「千尋はあったかいな」

凱莉さんはそう言って微笑んでくれた。

「不思議だな。今まで絶対に無理だと思って、誰ともこんなふうに寄り添って眠るなんてしたことがなかった。なのに千尋の一言に簡単に左右される自分がいる。何だか信じられないよ」

「私が初めて?」

「ああ。俺の気持ちを変える力のある女になんて、今までで出会ったことがない。千尋は最初から俺の心を簡単に揺さぶったのにな」

『最初から』

凱莉さんのこの言葉は、私にとってとても大きな意味を持つ言葉だった。

凱莉さんくらいのハイスペックな男性にも、私が初めての経験をさせてあげられるということだから。

誰よりも特別だと言われている気がした。

「ただ一つ、どうしても消化できない感情があるんだが」

さっきまでの安心した表情とは一変し、凱莉さんは表情を曇らせた。

「なんですか?何でも言ってください」

凱莉さんのことは全て受け入れることができる。

どんな凱莉さんでも、私の気持ちは絶対に揺るがない。

だからどんな些細なことでも口に出してほしいのだ。

「今さらこんなことを言ったところでどうすることもできないし、自分がどうしてこんなことを思ってしまうのかもわからない。これも初めての感情だからな。でも……」

言葉を切った凱莉さんは、ここから先をどう表現するが考えてくれているように思えた。

「でも?」

そっと凱莉さんの頬に手を当てて聞き返すと、凱莉さんはその手をきゅっと握った。

「この心地よさや温もり。千尋を愛でることもそうだが。俺が初めて経験したこと全て、千尋は他の誰かと経験したことなんだな、と思ったら……なんだか、みぞおちのあたりがムカムカするんだ」

「そ……」

それは何というか……。

ヤキモチ……嫉妬というやつではないのか?

凱莉さんが、あの冷徹だけどイケメンで仕事もできて信頼も厚くてみんなの憧れの凱莉さんが。

私に対して嫉妬なんてしてくれちゃってるんですかっ。

今までの中で一番、身悶えするほど嬉しくて感動した瞬間かもしれない。

「本気で人を好きになったら、その人の過去まで気にしてしまうなんて。俺はものすごく不出来な男かもしれない」

「そんなところも大好きです」

私は深い溜め息をついた凱莉さんに向かって、そう言って微笑んだ。

こうやって大事なことを一生懸命に伝えてくれる。

そんな凱莉さんが愛しすぎる。

どうしてこんな魅力的な男性を開発できる人がいなかったんだろう。

イケメンだからって、全てが完璧なわけじゃない。

イケメンだからって、女の理想を全兼ね備えているわけじゃない。

イケメンだってなんだって、自分と同じ人間なんだもの。

欠点くらいあるに決まってる。

凱莉さんはその欠点が少し特殊だっただけ。

ちゃんと話して寄り添えば、こんなに魅力的な男性に早変わりするというのに。

まあ、歴代の彼女達が凱莉さんと寄り添うことよりも、自分の型に無理やりはめ込もうとしてくれたおかげで、私のところにまで回ってきたわけで。

そのことに関しては『ありがとう』と伝えたいくらいなのだが。

「凱莉さん。私も今まで心が震えるほどの恋愛なんて、自分にはできないって思ってたんです。男性にはいいように利用されて裏切られて開き直られて。私にはこんな恋愛しかできないんだって諦めてました」

本気にならない方がいい。

そこそこの人をそこそこ好きになればそれでいい。

そう思っていたのに、私はこんなにも凱莉さんを好きになってしまった。

「今凱莉さんとここでこうしているなんて、私にとっては奇跡みたいなものなんです。これから凱莉さんと経験する全てのことが、私にとっても大好きな人とする、初めてのことなんですよ?」

凱莉さんの胸の中に顔を埋めると、凱莉さんは私の頭を優しく撫でる。

「そうだな。過去なんて振り返る必要もないんだ。俺と千尋はこれから、今までとは比べ物にならないほどの経験をしていけるんだからな」

「はい……」

私達は笑い合いながら、抱き合いながら会話を続け、そしていつの間にか眠りに落ちていった。

もちろん朝まで抱き合って……なんてことはなく、最終的には個々で眠っていたわけだが。

朝起きて笑い合いながら、これでいいんだよね、と笑い合ったのだった。

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