ただいま冷徹上司を調・教・中・!
贅沢なのにもどかしい関係(5)
よく考えたら、平嶋課長がこの部屋に入るのは二度目のはず。
けれどあの時は打算的なことで頭がいっぱいで、平嶋課長をこんなに好きになるなんて思いもしなかった。
だから平気でいられたんだ。
今の私と全然違う。
諦めや妥協がない『好き』は、私をこんなにも大きく変えてしまう。
同じ空間にいるだけで緊張して、時折触れる腕が焼けるように熱く感じて、鼓動が乱れて目眩を起こしそうだ。
これが本気で人を好きになるということなのだろう。
そんな人と、どんな経緯があるにせよ、今こうして並んでいられる。
それは奇跡に近いことなんだ。
そんなことを考えていると。
「ごめん……」
平嶋課長の一言が、私を現実へと引き戻した。
「それはなんの『ごめん』ですか?」
申し訳なさそうな平嶋課長に向き直って、私はストレートに聞いてみた。
「なにに対して謝ればいいのかがわかってないことに『ごめん』……かな」
「なんですか、それ」
平嶋課長の中ではきっと、私が自分を好きだなんて発想は全くないだろう。
だったら私がどうして怒ったのか、わからなくてもしょうがない。
平嶋課長には、ちゃんと言葉で偽りなく伝えなくては。
しっかりと受け止めてくれる彼には、飾りや偽りの言葉は不必要。
思いのままを口にしよう。
「あのですね……」
頭の中ではまだ、なんと言えばいいのか整理されていない。
それでも平嶋課長なら私の言いたいことを理解してくれるんじゃないか。
何故だかわからないけど、そんな確信が私にはあった。
「私が元カレから何度も電話やメールでヨリを戻そうって言われてたのに、平嶋課長は何も感じなかったですか?」
「……それを俺に報告したか?」
冷静にそう問われて、私は自分の行動を振り返る。
「……してませんけど」
「そうだろうな。俺は一度報告されれば覚えてる」
……確かに平嶋課長はどんな些細なことであっても、報告すればきっちりと解決してくれる人だ。
確かに報告してなかったのは私が悪かったが、謝るのはまだ早い。
「会議室で私が吉澤さんにされてたこと、その目で見ましたよね?」
「……ああ」
あの時の感触を思い出すと、今でも身の毛がよだつ。
「随分と冷静に対処してくださいましたけど、なんの感情も湧きませんでしたか?挙句に彼に私を無理に諦める必要はないだなんて言っちゃって。心が広いにも程がありません?」
私はあの時、期待したんだ。
『俺の恋人に二度と手を出すな』と言ってくれる平嶋課長を。
そんなの贅沢なことだって、本当はわかっている。
私と平嶋課長は思いの丈が違うのだから、それを望むのは間違いなのだ。
なんて偉そうに言ってみるけれど、そう思えるようになったのは怒りが覚めた二日後だった。
ダメだな私は。
作られた関係と現実の区別がつかなくなって、無理にでも進展させたくて焦りすぎている。
それでも自分の本音をぶつけてしまっているのは、もう恋愛において諦めたくなかったからかもしれない。
「それが久瀬が怒ってた理由か?」
少し呆れたように聞こえたのは、私の思い違いだろうか。
「俺はまた、久瀬に対してよっぽど何かしでかしたのかと思ったよ」
ふっと漏らすように笑った平嶋課長は、怒っても呆れてもないようだった。
「……なんで笑うんですか」
平嶋課長の表情に安心したものの、笑われると面白くないのがダメなところだ。
「いや、久瀬はなんだかんだ言って、俺のことはわかってないな、と思って」
「どうことですか?」
そりゃ確かに私は自分のことばっかりで、平嶋課長の心の中を考えることはしていなかったけど。
それは仕方がないでしょう?
だって私は平嶋課長のことを何も知らないから。
完璧なのに恋愛においては全くダメで、すぐ女にフラれる残念な人。
それくらいしか知らないんだもの。
自分が平嶋課長のことを知らないと再認識したら、それは平嶋課長だって同じなんだと今さらながらに気付く。
私はなんて自分勝手な女なんだろう。
「私、平嶋課長のこと全然知りません。なにか思惑があったなら教えてください」
身体ごと向き直って素直にそう言うと、平嶋課長はにこりと笑ってくれた。
「いつもは久瀬が女心を教えてくれるが、今は俺が男心を教えてやろう」
なんとも得意気な顔でそう言うから、私も表情が崩れてしまう。
「男はな、劣等感が一番嫌いな生き物なんだ」
「劣等感……?」
「ああ。今まで自分が優位に立って久瀬との関係を進めていたのに、ちょっとした事で拒絶されて……」
「ちょっとした事!?」
過剰に反応した平嶋課長の言葉に突っかかると、「そう、ちょっとした事だと思ってるんだよ。吉澤は」と、情け容赦なくそう言った。
「久瀬の気持ちとは違って、吉澤は、気の迷いだった。誘惑に負けた。もっと言うならば、誘惑してきた方が悪いんだ。だから自分は許されるはず。そう思ってるんだよ」
「……バカなんですか?」
「そうだなぁ。でも本人はそんなこと思っちゃいない。だって久瀬なら全てを許して受け入れてくれると思い込んでたからな」
本当に本気でそう思っているならば、脳内に花畑でも作ってるんじゃないだろうか。
「受け入れて貰えると思っていたのに、力一杯拒絶された。だから吉澤は力ずくで久瀬を取り戻そうとしたんだ」
「そんなことしたら、もっと蔑まれることになるのに……」
あのとき平嶋課長が助けに来てくれなかったら。
そう思うと恐ろしくて、思わず腕を抱えた。
「それなのに俺が男としてなにか言ってみろ。アイツは何をしでかしてたかわからない。劣等感は人を豹変させる力を持ってるからな」
確かに自分が足元にも及ばない人からの言葉は、相当なダメージになるだろう。
「気持ちを認めてやることで、落ち着きを取り戻すことだってある。押さえつけるよりも穏便に事を運ぶことが大切な時もあるんだ」
あの時の平嶋課長は、和宏のことを思いやり、私の安全を一番に考えてくれての言動だったのか。
なのに私は自分の気持ちばかりに振り回されて。
情けない女だ……。
けれどあの時は打算的なことで頭がいっぱいで、平嶋課長をこんなに好きになるなんて思いもしなかった。
だから平気でいられたんだ。
今の私と全然違う。
諦めや妥協がない『好き』は、私をこんなにも大きく変えてしまう。
同じ空間にいるだけで緊張して、時折触れる腕が焼けるように熱く感じて、鼓動が乱れて目眩を起こしそうだ。
これが本気で人を好きになるということなのだろう。
そんな人と、どんな経緯があるにせよ、今こうして並んでいられる。
それは奇跡に近いことなんだ。
そんなことを考えていると。
「ごめん……」
平嶋課長の一言が、私を現実へと引き戻した。
「それはなんの『ごめん』ですか?」
申し訳なさそうな平嶋課長に向き直って、私はストレートに聞いてみた。
「なにに対して謝ればいいのかがわかってないことに『ごめん』……かな」
「なんですか、それ」
平嶋課長の中ではきっと、私が自分を好きだなんて発想は全くないだろう。
だったら私がどうして怒ったのか、わからなくてもしょうがない。
平嶋課長には、ちゃんと言葉で偽りなく伝えなくては。
しっかりと受け止めてくれる彼には、飾りや偽りの言葉は不必要。
思いのままを口にしよう。
「あのですね……」
頭の中ではまだ、なんと言えばいいのか整理されていない。
それでも平嶋課長なら私の言いたいことを理解してくれるんじゃないか。
何故だかわからないけど、そんな確信が私にはあった。
「私が元カレから何度も電話やメールでヨリを戻そうって言われてたのに、平嶋課長は何も感じなかったですか?」
「……それを俺に報告したか?」
冷静にそう問われて、私は自分の行動を振り返る。
「……してませんけど」
「そうだろうな。俺は一度報告されれば覚えてる」
……確かに平嶋課長はどんな些細なことであっても、報告すればきっちりと解決してくれる人だ。
確かに報告してなかったのは私が悪かったが、謝るのはまだ早い。
「会議室で私が吉澤さんにされてたこと、その目で見ましたよね?」
「……ああ」
あの時の感触を思い出すと、今でも身の毛がよだつ。
「随分と冷静に対処してくださいましたけど、なんの感情も湧きませんでしたか?挙句に彼に私を無理に諦める必要はないだなんて言っちゃって。心が広いにも程がありません?」
私はあの時、期待したんだ。
『俺の恋人に二度と手を出すな』と言ってくれる平嶋課長を。
そんなの贅沢なことだって、本当はわかっている。
私と平嶋課長は思いの丈が違うのだから、それを望むのは間違いなのだ。
なんて偉そうに言ってみるけれど、そう思えるようになったのは怒りが覚めた二日後だった。
ダメだな私は。
作られた関係と現実の区別がつかなくなって、無理にでも進展させたくて焦りすぎている。
それでも自分の本音をぶつけてしまっているのは、もう恋愛において諦めたくなかったからかもしれない。
「それが久瀬が怒ってた理由か?」
少し呆れたように聞こえたのは、私の思い違いだろうか。
「俺はまた、久瀬に対してよっぽど何かしでかしたのかと思ったよ」
ふっと漏らすように笑った平嶋課長は、怒っても呆れてもないようだった。
「……なんで笑うんですか」
平嶋課長の表情に安心したものの、笑われると面白くないのがダメなところだ。
「いや、久瀬はなんだかんだ言って、俺のことはわかってないな、と思って」
「どうことですか?」
そりゃ確かに私は自分のことばっかりで、平嶋課長の心の中を考えることはしていなかったけど。
それは仕方がないでしょう?
だって私は平嶋課長のことを何も知らないから。
完璧なのに恋愛においては全くダメで、すぐ女にフラれる残念な人。
それくらいしか知らないんだもの。
自分が平嶋課長のことを知らないと再認識したら、それは平嶋課長だって同じなんだと今さらながらに気付く。
私はなんて自分勝手な女なんだろう。
「私、平嶋課長のこと全然知りません。なにか思惑があったなら教えてください」
身体ごと向き直って素直にそう言うと、平嶋課長はにこりと笑ってくれた。
「いつもは久瀬が女心を教えてくれるが、今は俺が男心を教えてやろう」
なんとも得意気な顔でそう言うから、私も表情が崩れてしまう。
「男はな、劣等感が一番嫌いな生き物なんだ」
「劣等感……?」
「ああ。今まで自分が優位に立って久瀬との関係を進めていたのに、ちょっとした事で拒絶されて……」
「ちょっとした事!?」
過剰に反応した平嶋課長の言葉に突っかかると、「そう、ちょっとした事だと思ってるんだよ。吉澤は」と、情け容赦なくそう言った。
「久瀬の気持ちとは違って、吉澤は、気の迷いだった。誘惑に負けた。もっと言うならば、誘惑してきた方が悪いんだ。だから自分は許されるはず。そう思ってるんだよ」
「……バカなんですか?」
「そうだなぁ。でも本人はそんなこと思っちゃいない。だって久瀬なら全てを許して受け入れてくれると思い込んでたからな」
本当に本気でそう思っているならば、脳内に花畑でも作ってるんじゃないだろうか。
「受け入れて貰えると思っていたのに、力一杯拒絶された。だから吉澤は力ずくで久瀬を取り戻そうとしたんだ」
「そんなことしたら、もっと蔑まれることになるのに……」
あのとき平嶋課長が助けに来てくれなかったら。
そう思うと恐ろしくて、思わず腕を抱えた。
「それなのに俺が男としてなにか言ってみろ。アイツは何をしでかしてたかわからない。劣等感は人を豹変させる力を持ってるからな」
確かに自分が足元にも及ばない人からの言葉は、相当なダメージになるだろう。
「気持ちを認めてやることで、落ち着きを取り戻すことだってある。押さえつけるよりも穏便に事を運ぶことが大切な時もあるんだ」
あの時の平嶋課長は、和宏のことを思いやり、私の安全を一番に考えてくれての言動だったのか。
なのに私は自分の気持ちばかりに振り回されて。
情けない女だ……。
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