ただいま冷徹上司を調・教・中・!
贅沢なのにもどかしい関係(4)
平嶋課長は『引き返せ』というようなジェスチャーをし、車をゆっくりと私のもと来た道へと走らせていった。
はやる気持ちが足に現れたのか。
ややもつれ気味になりながらも、なんとか方向を変えて小走りに戻った。
息を切らしながら家の前まで戻ると、ちょうど平嶋課長が長い足を出して車から出てきたところだった。
「平嶋課長っ」
息を切らしながらそう叫んで駆け寄ると、平嶋課長はにっこりと微笑んでくれた。
「やっと俺の顔、見たな」
嬉しそうにそう言うものだから、ただでさえ走って上がった私の動機がさらに早くなった。
「どうして……ここにいるんですか?」
胸を抑えて息切れを堪えながら聞いてみた。
自分勝手に気まずくなって、自分本位に平嶋課長を避けてきた。
土曜日の約束だってなにも交わしていないというのに。
それでもこの人はここに立っている。
私のところに……来てくれた。
「土曜日は久瀬と過ごすって決めただろ?俺も楽しみにしてるから」
「そんな……。今回は私が一方的に平嶋課長を避けてたから約束もしなかったのに」
最後は小声になり、それと同時に俯いてしまう。
私は平嶋課長に合わせる顔がない……。
ついさっきまで平嶋課長を見て浮かれていた心が、一気に沈んでしまったが。
「約束しなくても、会いたくなったら会いに来ていいんだろ?」
……全くこの人は。
本当に恋愛下手で女にビンタされて振られていた人と同一人物なのだろうか。
平嶋課長はたった一言で私の心を一気に浮上させてしまった。
こんなに面倒くさい私に会いたいと言ってくれるだなんて。
わざわざ本当に会いに来てくれるだなんて。
この人は本当に平嶋課長なのだろうか。
職場で見ている平嶋課長とあまりにもかけ離れすぎて、今のこの現実が信じられない。
「久瀬、もしかして出かける予定だったのか?もしそうなら送っていくが?」
せっかく来てくれたというのに、彼はまた私を先してくれる。
「違いますっ。本当は平嶋課長のお宅に伺おうと思っていたんです」
「俺の家に?なんで?」
「……どうしても謝りたくて」
言いづらくて小声になってしまった私を呆気にとられたかのように見つめ、ふっと脱力するように平嶋課長は微笑んだ。
「やっぱり来てよかった」
「…………」
ちょっと……本当にやめてほしい。
この人のこんな表情は、本当に心臓に悪い。
「平嶋課長」
「なんだ?」
「部屋で……話しませんか?」
女から部屋に誘うなんてがっつき過ぎだろうか?
もしかしたら引かれちゃう?
そう心配したのも束の間。
「俺も久瀬と話したいと思ってた。向かいのパーキングに車止めてくるから待ってて」
「はい……」
車に乗り込みパーキングに止めてこちらに戻ってくるまで、私は一瞬たりとも平嶋課長から目が離せなかった。
女の理想を作り込んだかのような完璧な顔。
180センチの高身長に長い足。
仕事もできて頼りがいもあり、正しく理想の上司。
この人の人生の列車は、完璧という終点に向かって走って行くに違いない。
きっと誰もがそう思っていることだろう。
こんな完璧男の欠点を知ってしまったがために、完璧男に堕ち疑似恋愛をすることになるなんて。
こんな高級品を自分の部屋に上げることになるとは、まさにチャレンジャー。
未知への遭遇となるわけだ。
平嶋課長が部屋を出る時、私はサバイバーになれているだろうか。
「お待たせ」
未だに信じられなくて、ぼんやりと見つめている私に、平嶋課長はそう言った。
「……いえ。行きましょうか」
平嶋課長を促すと、私は覚悟を決めて部屋に向かう。
バッグの中から鍵を探すのに手間取りながら、私は震える手でなんとか鍵を開けた。
「どうぞ……」
玄関に平嶋課長が立つのは三度目。
私が先に靴を脱ぐと、「お邪魔します」と平嶋課長も後に続く。
笑うくらい頑張って動いている心臓を抑えながら、私は自分のテリトリーに平嶋課長を招き入れた。
平嶋課長をリビングというには狭いスペースに通すと、ソファーに座らせた。
「ちょっと待っててください。今コーヒー淹れて来ます」
「お構いなく」
落ち着かないのか、取引先の応接室のように姿勢を正して軽くお辞儀をしている。
「ゆっくりしといてください」
私はキッチンでコーヒーメーカーのスイッチを押した。
食器棚を開いてコーヒーカップを出そうとして、はた、と気付く。
男性物がない……。
和宏もそうだが、他にも付き合った男性はいたけれど、専用のカップも不必要だったほど、自分のテリトリーに人を入れなかったのかと思うと笑いが込み上げてきそうになった。
反対に言えばそこまで深く求められなかったともいえるだろう。
良い香りがするコーヒーを淹れて平嶋課長の待つリビングの戻ると、私を悩ます出来事が待っていた。
ソファーに座る平嶋課長の前にあるテーブルに向かうようにしてカップを置いたが、自分自身が座るスペースがない。
ソファーは二人掛けだが小さめで、二人で座るには密着度が高くなってしまいそうだ。
かと言って床に座るのも不自然じゃないか?
必至に自分の場所を模索していると、平嶋課長がソファーの端に寄り、「ここ、座れば?」と誘う。
よりにもよって、一番難易度が高いと思っていた場所だというのに……。
はやる気持ちが足に現れたのか。
ややもつれ気味になりながらも、なんとか方向を変えて小走りに戻った。
息を切らしながら家の前まで戻ると、ちょうど平嶋課長が長い足を出して車から出てきたところだった。
「平嶋課長っ」
息を切らしながらそう叫んで駆け寄ると、平嶋課長はにっこりと微笑んでくれた。
「やっと俺の顔、見たな」
嬉しそうにそう言うものだから、ただでさえ走って上がった私の動機がさらに早くなった。
「どうして……ここにいるんですか?」
胸を抑えて息切れを堪えながら聞いてみた。
自分勝手に気まずくなって、自分本位に平嶋課長を避けてきた。
土曜日の約束だってなにも交わしていないというのに。
それでもこの人はここに立っている。
私のところに……来てくれた。
「土曜日は久瀬と過ごすって決めただろ?俺も楽しみにしてるから」
「そんな……。今回は私が一方的に平嶋課長を避けてたから約束もしなかったのに」
最後は小声になり、それと同時に俯いてしまう。
私は平嶋課長に合わせる顔がない……。
ついさっきまで平嶋課長を見て浮かれていた心が、一気に沈んでしまったが。
「約束しなくても、会いたくなったら会いに来ていいんだろ?」
……全くこの人は。
本当に恋愛下手で女にビンタされて振られていた人と同一人物なのだろうか。
平嶋課長はたった一言で私の心を一気に浮上させてしまった。
こんなに面倒くさい私に会いたいと言ってくれるだなんて。
わざわざ本当に会いに来てくれるだなんて。
この人は本当に平嶋課長なのだろうか。
職場で見ている平嶋課長とあまりにもかけ離れすぎて、今のこの現実が信じられない。
「久瀬、もしかして出かける予定だったのか?もしそうなら送っていくが?」
せっかく来てくれたというのに、彼はまた私を先してくれる。
「違いますっ。本当は平嶋課長のお宅に伺おうと思っていたんです」
「俺の家に?なんで?」
「……どうしても謝りたくて」
言いづらくて小声になってしまった私を呆気にとられたかのように見つめ、ふっと脱力するように平嶋課長は微笑んだ。
「やっぱり来てよかった」
「…………」
ちょっと……本当にやめてほしい。
この人のこんな表情は、本当に心臓に悪い。
「平嶋課長」
「なんだ?」
「部屋で……話しませんか?」
女から部屋に誘うなんてがっつき過ぎだろうか?
もしかしたら引かれちゃう?
そう心配したのも束の間。
「俺も久瀬と話したいと思ってた。向かいのパーキングに車止めてくるから待ってて」
「はい……」
車に乗り込みパーキングに止めてこちらに戻ってくるまで、私は一瞬たりとも平嶋課長から目が離せなかった。
女の理想を作り込んだかのような完璧な顔。
180センチの高身長に長い足。
仕事もできて頼りがいもあり、正しく理想の上司。
この人の人生の列車は、完璧という終点に向かって走って行くに違いない。
きっと誰もがそう思っていることだろう。
こんな完璧男の欠点を知ってしまったがために、完璧男に堕ち疑似恋愛をすることになるなんて。
こんな高級品を自分の部屋に上げることになるとは、まさにチャレンジャー。
未知への遭遇となるわけだ。
平嶋課長が部屋を出る時、私はサバイバーになれているだろうか。
「お待たせ」
未だに信じられなくて、ぼんやりと見つめている私に、平嶋課長はそう言った。
「……いえ。行きましょうか」
平嶋課長を促すと、私は覚悟を決めて部屋に向かう。
バッグの中から鍵を探すのに手間取りながら、私は震える手でなんとか鍵を開けた。
「どうぞ……」
玄関に平嶋課長が立つのは三度目。
私が先に靴を脱ぐと、「お邪魔します」と平嶋課長も後に続く。
笑うくらい頑張って動いている心臓を抑えながら、私は自分のテリトリーに平嶋課長を招き入れた。
平嶋課長をリビングというには狭いスペースに通すと、ソファーに座らせた。
「ちょっと待っててください。今コーヒー淹れて来ます」
「お構いなく」
落ち着かないのか、取引先の応接室のように姿勢を正して軽くお辞儀をしている。
「ゆっくりしといてください」
私はキッチンでコーヒーメーカーのスイッチを押した。
食器棚を開いてコーヒーカップを出そうとして、はた、と気付く。
男性物がない……。
和宏もそうだが、他にも付き合った男性はいたけれど、専用のカップも不必要だったほど、自分のテリトリーに人を入れなかったのかと思うと笑いが込み上げてきそうになった。
反対に言えばそこまで深く求められなかったともいえるだろう。
良い香りがするコーヒーを淹れて平嶋課長の待つリビングの戻ると、私を悩ます出来事が待っていた。
ソファーに座る平嶋課長の前にあるテーブルに向かうようにしてカップを置いたが、自分自身が座るスペースがない。
ソファーは二人掛けだが小さめで、二人で座るには密着度が高くなってしまいそうだ。
かと言って床に座るのも不自然じゃないか?
必至に自分の場所を模索していると、平嶋課長がソファーの端に寄り、「ここ、座れば?」と誘う。
よりにもよって、一番難易度が高いと思っていた場所だというのに……。
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