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ただいま冷徹上司を調・教・中・!

伊吹美香

贅沢なのにもどかしい関係(2)

何が起きたのか、私には全く理解できなかった。

どうして私はテーブルの上に押し倒されて、大嫌いなヤツの下にいるんだろう。

両手を押さえつけられて、高揚した和宏が私を見下ろしている。

それが理解できたとき、一瞬にして全身に悪寒が走った。

「やめてっ!離してよっ!」

起き上がろうともがくけれど、和宏は一向に手の力を緩めようとはしない。

「聞こえてんでしょ!?離してって言ってんの!」

ものすごい形相で睨みつけると、和宏は気持ち悪い笑みを浮かべて私を見つめた。

「俺と付き合っていたころの千尋は、まるでお人形さんみたいだったよ」

突然語り始めたが、特に聞いてやる義理もないので懸命に暴れる。

「今の千尋は全然違う。攻撃的だけど、とっても魅力的だ」

そう言って笑う和宏の顔に身の毛がよだつ。

「千尋の新しい魅力に気付かされたんだ。自分の気持ちをぶつけてくれる千尋が好きだ。やっぱり俺には千尋がしかいないんだ!」

ガバッと首筋に顔を埋めてきた和宏を押し退けようと、必死に体を捩るが全く怯むことがない。

「やめて!こんなことして受け入れてもらえると思ってるの!?本気で大声出すわよっ!」

もはや本当に大声を出しているわけだが、定時後の会議室になど誰もやっては来ない。

「千尋っ!今度こそ俺達上手くいくって。力抜いて受け止めてよ」

「抜けるかっ!絶対やだっ!死んでもやだっ!」

「なんでだよっ!あれだけ俺に尽くしてくれたじゃないかっ」

このままじゃヤラれるっ。

暴れすぎて乱れたスカートの下から、じっとりと濡れた手が私の太腿を撫でた。

「やだっ!助けてっ!」

平嶋課長っ!

目を閉じて心の中でそう叫んだとき、会議室のドアが大きく開いた音がした。

私の体勢では会議室のドアを窺い知ることはできない。

けれど足音と、空気の流れ方で誰かが来てくれたことはわかった。

そしてそれが誰なのかも和宏の体の固まり具合で想像がついた。

「……なんで……ここに……」

絞り出すように小さな声で呟いた和宏に。

「助けてと言われれば助けに来る」

声の主は淡々とそう答えた。

下から和宏の体をこれでもかというほど突き飛ばすと、彼は呆気なくよろめく。

その隙にテーブルから飛び起き、慌てて服装の乱れをなおした。

そんな私の肩に自分のジャケットを掛け心配そうな視線を送ったのは、平嶋課長その人だった。

「吉澤。お前、自分が何をしたのかわかってんのか?」

声を荒らげるわけでもなく表情を崩す訳でもない。

あくまで冷静に静かに平嶋課長はそう尋ねた。

「わかっているのか、と聞いている」

トーンの下がった平嶋課長の問いに、和宏の肩がビクッと震える。

「いや、あの……」

そうやって自分より強い立場のものや、都合の悪いことがあると何も言えなくなってしまうところが情けない。

それなのに自分よりも弱いものには、自分の意見を押し付けて思い通りにし、自分の力を見せつけようとする。

小さな小さな力のくせに。

この情けなさに、もっと早く気が付くべきだった。

「確かに社内で強引だったと思います。すみません。でもこれは俺と千尋の問題ですので……」

「お前の思考能力はどうなってるんだ?」

和宏の言葉に被せるように発した平嶋課長の声色は、明らかに苛立っているようだった。

「お前がどんな考えを持っていようと、どうしたかろうと、相手の同意が得られていない時点で犯罪だろう?」

「そんなっ!だって俺と千尋は付き合って……」

「ないだろうが。自分に都合のいい妄想も大概にしろ」

私の気持ちを代弁してくれている平嶋課長を見つめると、なんだか涙が溢れてきた。

「お前はどれだけ自分勝手なんだ?先に久瀬を裏切ったのは自分自身だろ」

平嶋課長にそう言われると、何も返す言葉がないのだろう。

唇を噛み締め、ぐっと堪えているようだ。

「それとも何か?お前は自分のした事がどんなことなのか、理解していないとでも言うのか?だったらいつでも教えてやるぞ」

高圧的な平嶋課長に対してとても小さい和宏が、なんだか哀れに思えてくる。

「……だから……です」

蚊の鳴くような声を絞り出し、和宏は眉を下げて平嶋課長を見上げた。

「自分のしたことをわかってるから、今度こそ千尋を幸せにしてやれると思ったんですっ」

「吉澤。お前は本当に何もわかってないな」

平嶋課長は和宏を哀れみの目で見つめ、深く溜め息をついた。

「今度、なんて都合のいいものはないんだよ。一度裏切ったら二度とチャンスはない。それだけ久瀬のことが好きなら、裏切らなければよかっただけの話だ」

平嶋課長に諭すように、けれど冷たくそう言われ、和宏はすっかり項垂れてしまった。

「……今日は帰ります。すみませんでした……」

平嶋課長の横を通り過ぎ、会議室のドアを開けようとしたところで、和宏の動きがピタリと止まった。

「……ません……」

「ん?」

「俺、千尋のこと諦めませんから」

「まぁ、お前の気持ちは否定しないし無理に諦めろとは言わない。ただ、久瀬の気持ちを第一に考えてやれ」

まるで和宏へのエールのように聞こえる平嶋課長の言葉に引っかかったが、あえて私は口を挟むのをやめた。

和宏がガックリと肩を落として会議室を出ていくと、私と平嶋課長の2人だけになった途端静寂が訪れた。

いくら和宏が強引に襲ってきたにしても、こんな所を平嶋課長に見られたくはなかった。

しかし平嶋課長が来てくれなかったら、今ごろどうなっていたかと考えると恐ろしくなるのも事実だ。

「まったく。誰かの怒鳴り声がすると思ったら、まさか久瀬だったとはな。驚いたよ」

平嶋課長は溜め息をつきながら髪をかきあげてネクタイを緩める。

その仕草は、目を見張るほどの妖艶さだ。

「元彼とはいえ、男にのこのこ着いて行ったらどういうことになるかくらい、分かりそうなものだけどな」

呆れたような口調に、私は少し苛立った。

「付き合ってた頃は、あんなに強引に自分を正当化して押し付けてくるような人じゃなかったんです」

どっちかといえば子供じみていて、すぐ私に頼るから、いつの間にか私が彼を支える母のように尽くしていたのだ。

あんな一面、見たこともない。

「そうか。別れてタガが外れるってことは、それだけ久瀬に未練があるってことなんだろうな」

「迷惑です」

ははっ、と乾いたような笑いを漏らすと、平嶋課長は私を真っ直ぐに見た。

「やり方は間違っているが、それだけ愛されているってことなんじゃないのか?」

「本当に愛してるなら、始めから浮気なんてしません」

「他の女を見て真実に気付くこともあるかもしれない」

「他の女を見て抱いた時点で終わりです」

「久瀬の気持ちも理解できるが、吉澤はまだ整理ができていないのかもしれないだろう?」

「…………」

さっきから一体なんなんだ。

平嶋課長の言い回しが妙に頭にくる。

「男と女の気持ちは同じじゃないだろう?女はスッパリと割り切るが、男は意外と女々しいもんなんだよ」

私と和宏の問題には、平嶋課長の立場上、中立に立つのは仕方のないこと。

それはわかっているのだけれど。


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