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ただいま冷徹上司を調・教・中・!

伊吹美香

始まりは意地と恥(6)

『針のむしろ』って、こういうことをいうのかもしれない。

今の私は女子社員の冷たく鋭い視線が耐えられなく痛い。

フロアに入って総合6課に向かう途中で倒れてしまいそうだ。

「気をしっかり持ってくださいね」

瑠衣ちゃんが小声で囁いてくれるが、笑顔で返す余裕もないくらい顔が引き攣ってしまう。

時間ギリギリに出勤してしまったため、ほとんどの社員が一斉にこちらを見ていて、ものすごい緊張感と威圧感だ。

きっとこの視線の中には和宏や梨央だって混じっているはず。

彼らはなにを思って、どんな視線を私に送っているのだろうか。

なにせ私の噂のお相手は、あの平嶋課長なのだ。

そうとう悔しい思いをしているに違いない。

そんなことを考えていると、なんだか少し優越感が湧いてきた。

特に梨央の悔しさで歪んだ顔を思い浮かべると、自然に口元が緩んでしまう。

なんて意地の悪い性格をしているんだ、私は。

うまく感情表現できない分、こうやって心の中で毒づいてしまうのが私の悪い癖だ。

けれどこの場合、仕方がないんじゃないか?

彼氏は他の女の誘惑に負け私をあっさりと裏切り、友達だと思っていた同期は興味本位で彼氏を寝取られたんだから。

……全部『元』だけど。

これはいわゆる、最大の復讐になるかもしれない。

和宏は自分と平嶋課長とのスキルの差を。

梨央は自分のアピールに見向きもしなかった最高の獲物をかっ攫われた悔しさを。

思う存分味わえばいいんだ。

…………本当は全くデマだけど……。

しかしデマであろうがなかろうが、全てを知っているのは私と平嶋課長の二人だけなのだ。

真実を知る人が誰もいないのならば、この女子社員の嫉妬や妬みが織り交ざったこの視線も、余裕の笑みで受け流してしまってもいいんじゃないだろうか。

事の収拾を平嶋課長に任せようと思ったとたん心が軽くなった私は、なんだかとっても気が楽になってきた。

そうなると高揚感から上がる口角を抑えられなかった。

どうせ平嶋課長が口を開けば誤解が解けて全ては元通りになる。

今だけ優越感に浸ってもバチは当たらないんじゃないだろうか。

それにまるっきり全てが嘘というわけでもない。

仕事から離れた平嶋課長のオフの顔を覗いたという面では、きっと私が初めての女ということになるだろう。

……もちろん、私たち社員の噂にならぬところで、平嶋課長が女子社員に手を出していなければ……だけれど。

まあ、平嶋課長のことだから、一度でも社員に手を出せばとんでもなく面倒くさいことになるとわかっているだろう。

だからこそ冷徹課長を貫いているのだろうから。

自席について同僚に挨拶をすると、みんな意味ありげな視線で私を見ながら挨拶を返してきた。

そっと課長の席を見ると、出勤はしているらしいが姿は見えない。

どうやら誤解が解けるのは朝礼明けになりそうだ。

平嶋課長は総合課統括部長と打ち合わせをしていたらしく、朝礼開始ギリギリに戻ってきた。

全体朝礼が終了し、課ごとの朝礼が終わっても、課長は何も口を開かない。

みんなの興味が私達に集まっていることに気付かない平嶋課長ではないだろうに。

「久瀬」

「はいっ」

ぼんやりと見ていた平嶋課長が唐突に私を見て呼ぶものだから、きゅっと身体を縮ませ勢いよく返事をした。

その声につられてか、一斉に自分たちに視線が集まったのがわかる。

噂の二人がどんな会話をするのか、誰もが興味深々なのだ。

……こんなところでプライベートな話なんて、平嶋課長がするはずがないのに。

「朝一番で光安総合病院から大量の輸液セットの注文が入った。物流には入荷次第即納品する段取りを取ったが、念のためメーカーに出荷日の確認をしといてくれ」

「わかりました」

話が終わり私が確認の電話の為に受話器を取ると、途端に漏れ出す溜め息の数々。

平嶋課長がどんな風にして誤解を解くのか興味はあるけれど、それは今じゃないだろうと思う。

そんなこんなで皆の視線を感じながらも午前中の業務は滞りなく終了した。

お昼になり席を立った平嶋課長が気になって、紗月さんと瑠衣ちゃんを引き連れてこっそり後を付けようと席を立つ。

ホールを抜けると、私達の前に五人の女子社員が平嶋課長に声を掛けていた。

「あの……平嶋課長に久瀬さんとの噂の真相をお聞きしたくて……」

おどおどしているが五人という人数は若干気持ちを大きくさせるのだろう。

彼女たちは平嶋課長との距離を縮めてそう聞いた。

人通りの多い給湯室前だというのに、彼女たちの行動力は尊敬する。

不愉快そうに眉を寄せて五人を見下ろす平嶋課長の視線に、彼女たちだけではなく私も鼓動が早くなり緊張してきた。

この状況で平嶋課長はどう答えるのだろうか。

「質問の意図はわかるが、それは君たちに何か関係のあることなのか?」

低いセクシーな声色にドキリとするのは、きっと私だけではないだろう。

なんたって平嶋課長の顔と声は最高A5ランクなのだから。

「関係はないですけど……。でも平嶋課長はみんなの憧れですし、きっとみんな気になって仕方がないはずです」

怯むどころか食らいつく女子社員に、私は無意識にエールを送っていた。

頑張って食らいつき、真相を聞き出すんだ!と。

「噂は俺と久瀬が飲み会後にホテルに入って、翌日にランチデートをしていた、ということだったな」

「はい……」

言い出しにくい噂をサラリと言ってのけた平嶋課長に、女子社員たちは何かの希望を見出したかのように表情を緩めた。

表情からは微塵も動揺は感じ取れないものだから、きっとこの噂は誤解で全ては早期終了する、と。

しかし、平嶋課長は私達の予想を大きく裏切る答えを返してしまった。

「誤解のないようにハッキリ言っておくが、あれはただのランチでデートというわけではない」

「……は?」

困惑した五人は顔を見合わせ、平嶋課長にその先の説明を求めるかのような視線を送る。

もちろん私も目を丸くしている紗月さんと瑠衣ちゃんと視線を交わし、隠れている壁を掴む手に力を込めて先を聞き逃さぬように耳を傾けた。


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