ただいま冷徹上司を調・教・中・!
恋っていったいなんなんだ?(6)
二人に全てを打ち明け別れを宣言し、自分が変わることを決めてしまうと、心の霧が嘘のように晴れて明るくなった。
和宏と別れたら当面男なんていらないし、暫くは恋愛に対してちゃんと向き合えるように、自分なりの矯正が必要だろう。
前向きに行こうと決めて仕事に集中すると、恐ろしいまでに捗った。
定時前には目途がつき、外回りの営業マンたちも次々と戻ってき始める。
社内で和宏の姿を確認すると、私はこっそりとスマホを取り出し、彼にメッセージを送った。
『大事な話があるの。今日、時間作ってもらえない?』
送ったメッセージはすぐに読まれ、あっという間に返事が返ってきた。
『ごめん。今日はこのあと松田クリニックの医院長との会食なんだ。今度でいいかな?』
本当に会食なのかよ……。
昨日の今日とあって疑いもしたが、今となっては私には関係ないことだ。
このままメッセージで別れようと打てば終わるかも知れないけれど、やっぱり最後は綺麗に終わらせたい。
迷ったが、『じゃあ、今からちょっといい?』と送ってみた。
『いいけど。どうしたの?』
『休憩室に来て。一分ですむから』
定時前のこの時間に休憩室に入ってくる社員などめったにいないし、奥ばっているため話し声もフロアには絶対に聞こえない。
私がスマホを片手に席を立つと、スマホが震え、『わかった。そんなに俺に会いたいの?(笑)』と表示された。
……なんなんだコイツは。
思わず舌打ちしたくなるのを我慢して、既読にもせずバカなメッセージを瞬時に消した。
やっぱりメッセージで別れりゃよかった。
そう後悔しながら休憩室に入ると、私の後を追うように和宏が飛び込んできた。
「どうしたの?千尋が会社でこんなことするなんて初めてじゃない?」
ニコニコ笑う和宏の顔はいつもと何も変わらず、冷たい感じも悪びれた感じもしない。
それがまた私の怒りに火を付けた。
「ごめんね。でも安心して。これが最初で最後だから」
無表情で私がそう言うと、和宏は困惑した表情を浮かべた。
「千尋?なにかあった?」
白々しく私の肩に伸ばした手をかわし、私は大きく一度深呼吸をした。
どんなに相手が悪かろうと、どんなに相手がクズ男だろうと、やはり自分から別れを切り出すのは気分の良いものではない。
けれど今、この男を目の前にして思った。
二年半の恋愛が生み出したものは、愛情でも情でもなんでもなく、不快な嫌悪感だけだったのだと。
昨日の私は彼に会おうと急いでここから飛び出したというのに。
今日の私は一刻も早く彼を視界から消したくて仕方がないなんて。
たった一日でこうまで変化した自分の気持ちに笑ってしまう。
「用事はひとつだけ。別れてください。今、この瞬間から、あなたと私はただの同僚。それ以上でもそれ以下でもないから、以後そのつもりでお願いします」
捲し立てるようにそう言い放つと、和宏は意味がわからないとでもいうかのように、目を丸くして口を開け放心した。
言うことを言ってしまえば、私の黒い感情も少しは薄くなってくる。
休憩室を出ようと和宏に背を向けたとき。
「なんでだよ。いきなり一方的にそんなこと……意味がわからない」
小さく低い声を絞り出すように彼は呟いた。
なるほど、そういうことか。
全てを伝えないと彼はなにも悟れないとは、最後まで情けない男だ。
漏れた溜め息を隠しもせず、私は和宏に向かい合った。
「あなたが今言った言葉は、私も昨日の夜に思ったことだわ」
「……え?」
「気付いてないのなら教えてあげる。昨日、残業が早く終わったから私、あなたの家に行ったのよ。そこで私が体験したこと……言わなくてもわかるわよね?」
冷たい視線で和宏を見上げると、彼の顔色はもう、見たこともないほど真っ青だった。
「昨日……来た……の?」
面白いほどの顔色の変化に、こっちの方が驚いてしまうほどだ。
「そう、行ったの。ドタキャンだったし、和宏に会いたい、なんて健気なことを思いながらね。鍵をかける余裕もないほどだったのねぇ。お楽しみの最中みたいだったから、そのまま帰ったけど。だからこれは当然の結末なの。理解できた?」
小首をかしげて和宏の様子を確認すると、この数十秒で観察日記が書けそうなほどの変化を見せている。
「……いや……違うんだ。あれは……その……」
「一分経過」
私は彼の言葉をスッパリと断絶した。
「いや待ってよ!ちゃんと話を……」
「何を話しても私の結論は変わらないわ。これで別れないなんて選択肢はない。言い訳するだけ無駄。聞きたくない。意味もない。終わりよ」
私は和宏の言い訳も聞かずに休憩室を後にした。
一応背後を気にしたが、彼が追ってくる気配は感じられない。
話を一分と区切ったのは正解だった。
あのまま和宏の言い訳を聞いていたら、きっと梨央を悪者にして延々と自分の浮気を正当化するに決まっている。
何を話しても浮気の事実は消えないし、そんなものに付き合うつもりもない。
なにをどうしても、許せないものは許せないのだから。
彼との関係をキッパリと終わらせた私は、すっきりとした気持ちで席に戻った。
ほんの数分しか席を外してはいなかったが、その間にうちの課の営業マンたちはほとんど帰って来ていた。
私の正面の紗月さん、隣の瑠衣ちゃんは、私が勢いよく席を立った理由を何となく察しているのだろうか。
話の結果、どうなってしまったのだろうかと、二人とも心配そうにこちらを見ていた。
「無事終了しました」
二人だけに聞こえるように小さくそう告げると、紗月さんと瑠衣ちゃんは心底安心したように笑顔で頷いてくれた。
そう、全てリセットできたのだから、私だって今までと同じというわけにはいかない。
区切りを付けたからには、自分自身も良いほうに変わっていかなくてはいけないんだ。
毎回毎回こんな結果になるのは、なにも相手の男だけのせいじゃないことくらい、本当はわかっている。
前向きに、強く、恐れず、自分の気持ちを大切に、後悔のない恋愛を探そう。
そう決めてしまえば心は軽くなり、残業だってなんのその。
帰って来てバタバタしている営業のフォローだって、積極的にこなしてしまうほどだ。
人間やっぱり切り替えが大切なのだとしみじみ思った。
紗月さんは保育園のお迎えがあるので、基本的に残業はしない。
けれどこの時期は年度初めで新入社員もいるので、時間ギリギリまで頑張ってくれた。
和宏と別れたら当面男なんていらないし、暫くは恋愛に対してちゃんと向き合えるように、自分なりの矯正が必要だろう。
前向きに行こうと決めて仕事に集中すると、恐ろしいまでに捗った。
定時前には目途がつき、外回りの営業マンたちも次々と戻ってき始める。
社内で和宏の姿を確認すると、私はこっそりとスマホを取り出し、彼にメッセージを送った。
『大事な話があるの。今日、時間作ってもらえない?』
送ったメッセージはすぐに読まれ、あっという間に返事が返ってきた。
『ごめん。今日はこのあと松田クリニックの医院長との会食なんだ。今度でいいかな?』
本当に会食なのかよ……。
昨日の今日とあって疑いもしたが、今となっては私には関係ないことだ。
このままメッセージで別れようと打てば終わるかも知れないけれど、やっぱり最後は綺麗に終わらせたい。
迷ったが、『じゃあ、今からちょっといい?』と送ってみた。
『いいけど。どうしたの?』
『休憩室に来て。一分ですむから』
定時前のこの時間に休憩室に入ってくる社員などめったにいないし、奥ばっているため話し声もフロアには絶対に聞こえない。
私がスマホを片手に席を立つと、スマホが震え、『わかった。そんなに俺に会いたいの?(笑)』と表示された。
……なんなんだコイツは。
思わず舌打ちしたくなるのを我慢して、既読にもせずバカなメッセージを瞬時に消した。
やっぱりメッセージで別れりゃよかった。
そう後悔しながら休憩室に入ると、私の後を追うように和宏が飛び込んできた。
「どうしたの?千尋が会社でこんなことするなんて初めてじゃない?」
ニコニコ笑う和宏の顔はいつもと何も変わらず、冷たい感じも悪びれた感じもしない。
それがまた私の怒りに火を付けた。
「ごめんね。でも安心して。これが最初で最後だから」
無表情で私がそう言うと、和宏は困惑した表情を浮かべた。
「千尋?なにかあった?」
白々しく私の肩に伸ばした手をかわし、私は大きく一度深呼吸をした。
どんなに相手が悪かろうと、どんなに相手がクズ男だろうと、やはり自分から別れを切り出すのは気分の良いものではない。
けれど今、この男を目の前にして思った。
二年半の恋愛が生み出したものは、愛情でも情でもなんでもなく、不快な嫌悪感だけだったのだと。
昨日の私は彼に会おうと急いでここから飛び出したというのに。
今日の私は一刻も早く彼を視界から消したくて仕方がないなんて。
たった一日でこうまで変化した自分の気持ちに笑ってしまう。
「用事はひとつだけ。別れてください。今、この瞬間から、あなたと私はただの同僚。それ以上でもそれ以下でもないから、以後そのつもりでお願いします」
捲し立てるようにそう言い放つと、和宏は意味がわからないとでもいうかのように、目を丸くして口を開け放心した。
言うことを言ってしまえば、私の黒い感情も少しは薄くなってくる。
休憩室を出ようと和宏に背を向けたとき。
「なんでだよ。いきなり一方的にそんなこと……意味がわからない」
小さく低い声を絞り出すように彼は呟いた。
なるほど、そういうことか。
全てを伝えないと彼はなにも悟れないとは、最後まで情けない男だ。
漏れた溜め息を隠しもせず、私は和宏に向かい合った。
「あなたが今言った言葉は、私も昨日の夜に思ったことだわ」
「……え?」
「気付いてないのなら教えてあげる。昨日、残業が早く終わったから私、あなたの家に行ったのよ。そこで私が体験したこと……言わなくてもわかるわよね?」
冷たい視線で和宏を見上げると、彼の顔色はもう、見たこともないほど真っ青だった。
「昨日……来た……の?」
面白いほどの顔色の変化に、こっちの方が驚いてしまうほどだ。
「そう、行ったの。ドタキャンだったし、和宏に会いたい、なんて健気なことを思いながらね。鍵をかける余裕もないほどだったのねぇ。お楽しみの最中みたいだったから、そのまま帰ったけど。だからこれは当然の結末なの。理解できた?」
小首をかしげて和宏の様子を確認すると、この数十秒で観察日記が書けそうなほどの変化を見せている。
「……いや……違うんだ。あれは……その……」
「一分経過」
私は彼の言葉をスッパリと断絶した。
「いや待ってよ!ちゃんと話を……」
「何を話しても私の結論は変わらないわ。これで別れないなんて選択肢はない。言い訳するだけ無駄。聞きたくない。意味もない。終わりよ」
私は和宏の言い訳も聞かずに休憩室を後にした。
一応背後を気にしたが、彼が追ってくる気配は感じられない。
話を一分と区切ったのは正解だった。
あのまま和宏の言い訳を聞いていたら、きっと梨央を悪者にして延々と自分の浮気を正当化するに決まっている。
何を話しても浮気の事実は消えないし、そんなものに付き合うつもりもない。
なにをどうしても、許せないものは許せないのだから。
彼との関係をキッパリと終わらせた私は、すっきりとした気持ちで席に戻った。
ほんの数分しか席を外してはいなかったが、その間にうちの課の営業マンたちはほとんど帰って来ていた。
私の正面の紗月さん、隣の瑠衣ちゃんは、私が勢いよく席を立った理由を何となく察しているのだろうか。
話の結果、どうなってしまったのだろうかと、二人とも心配そうにこちらを見ていた。
「無事終了しました」
二人だけに聞こえるように小さくそう告げると、紗月さんと瑠衣ちゃんは心底安心したように笑顔で頷いてくれた。
そう、全てリセットできたのだから、私だって今までと同じというわけにはいかない。
区切りを付けたからには、自分自身も良いほうに変わっていかなくてはいけないんだ。
毎回毎回こんな結果になるのは、なにも相手の男だけのせいじゃないことくらい、本当はわかっている。
前向きに、強く、恐れず、自分の気持ちを大切に、後悔のない恋愛を探そう。
そう決めてしまえば心は軽くなり、残業だってなんのその。
帰って来てバタバタしている営業のフォローだって、積極的にこなしてしまうほどだ。
人間やっぱり切り替えが大切なのだとしみじみ思った。
紗月さんは保育園のお迎えがあるので、基本的に残業はしない。
けれどこの時期は年度初めで新入社員もいるので、時間ギリギリまで頑張ってくれた。
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