そして、魔王は蘇った~織田信長2030~

内野俊也(Toshiya Uchino)

制裁

かくして放課後、柔道部錬成道場。
屈強な青年たちが揉み合い、汗飛沫と気迫を散らす中。
ワシは一応は一礼し、道場へと足を踏み入れる。
部員達を叱咤している牟田口も気付き、例の笑みを浮かべる。
「おい貴様ら!今日はこの2年B組の黒田泰年が体験入部したいそうだ!なんでもこいつが言うには、ここに居る貴様ら全員に勝つ自信があるそうだぞ!」
皆の動きが、ぴたりと止まる。
「おい、木村!ここまで言われてなんとも思わんのか!」
ずいっと進み出る巨漢。
此奴か。
柔道日本代表の若きホープ。100キロ超級 木村馬田男。
「…押忍」
100キロと言っても「肥え」と言うものとは程遠い。
田所を一回り大きくし、筋骨の密度を高めたかのような…ッ!?
「よし貴様らバショウを開けろ」
周囲の部員達は自然と散り、然るべき間を開ける。
自ずと対峙する両者。
「おいおいあいつ体重50キロちょいぐらいだろ。」
「死ぬぜマジ。」
周囲の部員らのどよめきは収まらない。

木村が語りかけてくる。
「うわさの信長なんとかか。どうやらそのツラ構え、なんつーかオーラっぽいもの…。
もしかしたら田所をやったってのもガチかもな。」
「然り。」
「だがせめてブレザー脱いで、ネクタイ外すってのが礼儀じゃねえか?」
「否!このままで良い。
…その方がお主も掴みやすく、投げやすかろう。
そう言うスポーツであろう?」
軽く眉間にシワを寄せる木村。若干殺気が増す。
(とは言え下手すると大怪我では済まん、加減はしねえと。)
一方でそんな内心も見てとれる。
それを察したのかどうか、牟田口が怒声を上げる。
「わかってんだろうな木村!絶対加減するな!世界レベルの相手と思ってヤレ!自慢の一本背負いで教えてやれ!
なーに、『不幸な事故』が起こっても、俺の親父がどうとでも処理してくれる。
貴様のキャリアにも傷は付けさせんから安心してヤレ!でねえと協会に理事長名義で引退届無理矢理出させるぞ!」
「…う…お、押忍!」
逡巡を、闘気を高め無理矢理押さえ込む、それが手に取るように見てとれた。

「まぁあの時は、牟田口が納得する程度の怪我をさせて納めようと思ったんですけどね。」
後年木村選手は筆者にそう語る。

両者は間合いを詰め、掴み合う。即座に仕掛ける木村…しかしその後1分間。
投げられない!どころか、周囲の目には木村が無様な踊りを繰り返しているように映っていたであろう。
「貴様木村!ナニやってる!遊んでんのか!いい加減…」
「先輩一気に!舐めた奴に教えてやって!」
「主将!どうにでもなるでしょうそんな奴!」

違う 違う そうじゃねえ。

コイツは、俺の、この俺の、技を、力を、ことごとく…

そんなお主の思考。これまた手に取るように…だでや。
「そろそろ良かろう。」
木村の貌からこれまでにも増して、汗が湧く。
う、動けない…どういう力だ!?
明らかにそういう表情の木村に、ワシはささやきかける。
「成る程令和の世ならば容易に天下も取りうる逸材よ。しかし悲しいかな、そんなお主の力の『機』ですらも…ワシには読めてしまうでや。」
「!?」
次の刹那。

紫電流、参の型 飛燕落とし!!

「視界が反転したってくらいでしたね。把握できたのは。
後から動画見たら文字通り真っ逆さまだったんすね。俺。もうほんと垂直落下?
受け身?そういうの頭というより身体が反応する暇すらなかったですよ。
考えられないすよね。体重倍以上の相手をアレだけのスピードで…。
ええ、余裕で死んでましたよ。畳の直前で、あの方が寸止めしてくださらなければ…。
それで私の体勢を戻して下さった上で、『今までの10倍精進致せ』と言ってくださったんです。
それからですよ。本当の意味で柔道に対してガチったのは。
まぁ、そのお陰で(五輪三連覇の)今があるわけですけどね。
他の連中みたくあの方に直接仕えることはありませんでしたけど、感謝の気持ちが絶えたことはありません。」
筆者の木村選手へのインタビューはここまでである。

さて、残るは…。
「お、俺はこの後所用がある。貴様らはサボらずに稽古を続けろ!黒田はもう帰ってよし!」
そう言って出口に向け踵を返した牟田口の首根っこを、ワシはぐいと掴む。
そして先刻の場所へと引きずる。
「そうつれないことを申されるな牟田口先生。もう少しワシの授業にお付き合いくだされ。」
・・・・・!!
そして…
「若武者諸氏よ!先刻のワシの演武は半端になってしまったが、なんと!お主らの師、牟田口殿が!全力のワシの技に対し見事!受け身を取って見せてくれようぞと、なんとも見上げた武士もののふ振り!ワシも渾身の力にてそれに応える故、刮目致すがよい!」
どよめく周囲。
「いいい言ってない言ってない言ってない!!」
そう喚く牟田口の貌は蒼白であった。
そして部員達に向き直る。
「なっなにを突っ立ってる!
全員で黒田を囲み殺しにしろ!
あとはどうにでも処理する!
せめて俺が逃げる時間は稼げ!」
しかし、彼らは立ち尽くしたまま…。
「喚いてもたれも動かぬよ。」
ワシに両襟を掴まれた牟田口の貌は絶望に染まっていた。
足払いや蹴りを出そうにも、それすらも何故か封じられてしまっているのである。
「おおかた、日頃は折檻のし放題。
そしていざ部員達が大会などで手柄を立てても、うぬが自らの名を売るに利用するのみ。
碌に称賛もしない。そんなところだろうて。」
「…頼む、悪かった、勘弁してくれ、いや許してください、お願いします!なんでもしますから!ど、どうか命だけは助けて…。」
恐怖に心の臓を鷲掴みにされ、もはや涙ぐんでいる牟田口。
「知らぬな。『ぱぱ』にでも頼んでみたらどうじゃ?」
次の刹那、再び飛燕落とし。
但し、初動のみ。
投げ落とす速度を緩めた、ことに此奴は気づいたかどうか。
とにかく無意識に、「受け身は」とれた。
だが大の字になったまま完全に放心…。
そして厳密には「無事」ではない。
なにしろ、牟田口の腰から下を覆うもの一切は、このワシの右手に握られているのであるから。
そして追い討ちをかけるかのように、志田の如く垂れ流してしまう牟田口。
それまで真剣な表情を崩さなかった部員達が、堪えきれずにどっと湧く。
それに呼応するかのように、ワシは声を張る。
「外で覗いてる奴ら、どうやら今日のところは稽古は出来ぬようじゃ!入って、どうぞ。」
まずはこっそりと一連の出来事を(例のカメラとやらで)撮っておったハル。
それに続いて、2年B組のほぼ全員の生徒が、どやどやと上がり込んできた。
「うっわダッセ!志田と同じじゃねーかwwww」
「つーか見ろよ見ろよアレ。ちっちゃ!!」
「どんだけ粗○ンだよwww幼稚園児かwwww」
「えーキモっ、しっかり被ってるー」
「真性じゃね?www」
「筋肉自慢でもそこはデカくならなかったんだなw」
「よっしゃ撮るしかねぇwwww」
「ウチも撮ってカレシに送ろー小さいの悩んでたけど、下には下がいるってw」

もはや立ち上がり、連中を怒鳴りつける気力すら奪われたらしき牟田口。
いや最早「壊れて」しまったやも知れぬ。
そして、生徒、とくに女子生徒らの関心が、ワシに向く。
「黒田君ホントは凄かったんだねー!マジカッコ良かった!」
「それを言うなら信長様でしょ。ねーウチらと一緒に撮ってー!」
「LINE教えてー」
「ちょっとユカ!アンタだけ擦り寄ってズルイ!」
なんともはや、これは。
これだけの数の女子(おなご)に囲まれるは、下手すると前世(まえ)においてすら無かったやも知れぬ。
困惑はする。まぁ悪くはないが…
ある程度女子達の要望に応えた所で、ワシはどうにか切り出す。
「済まぬが、ワシは帰ってせねばならぬことがある故…これにて…」
「あ、もしかしてYouTube?」
「ウチらも観るー。」
「うむ。有難し。チャンネル登録をよしなに。」
「じゃーね信長様、バイバーイ。」
「あ、ああ、こうか?ばい…ばい。」
そうして無言でついてくるハルと共に、ワシは帰路へつく。

黒田泰年よ。お主の気も少しは晴れたかの。




学校を出かけたとき。
息せき切って、駆け寄る影。
振り返らずとも分かった。
「綺羅…」
「何度も、ごめんね。」
ハル、すまぬが、と言いかけたが、いつの間にやら煙の如く消えている。
「いつでも構わぬと申しておろう。…また、症状が?」
「ううん、さっきのみて、単純に…信くんのが…欲しくなって…」
「あいわかった。実はワシも…。しかし」
どこで。
「あそこ。」
あの林は確か、「哲学の森」とやら言う…。
確かその奥には廃屋となった旧校舎の一部や、倉庫しかないと聞いた。
たしかに誰にも見られず…。
二人は手を繋ぎ、足早に「森」へと入る。
…もはやここの世の表現における、「共依存」と言われても仕方あるまい。










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