腐ったお姫様は冷酷王子と恋に落ちる

縁緑

二話

 王国ディアノスは今年で建国一二〇年を迎える大王国であった。その国を治めるディアンティウス八世は国民にも好かれている賢王だった。そして、ディアンティウスには十人の子供がいる。その中の八番目にアリアスがいた。
「……はぁ」
 アリアスは大きな溜息を吐きながら、自室の机から外を眺めていた。
(私ももう十七歳……お姉さまは十五歳のときに隣国の王子と結婚していたわ……)
 つまり、自分は少し結婚するのが遅くなっている。とは言え、行き遅れているわけではないし、縁談が来ていないということでもない。付き合いがある国からは、アリアスが十五歳になった瞬間大量の縁談が届いた。しかし、父であるディアンティウス八世がそれを断っていたのだった。
 理由はただ単純に、国の利益とアリアスの将来を考えて、とのことらしいがその詳細はアリアスには教えてくれなかった。
(……もうすぐ建国祭ね)
 姉の婚約が発表されたのも建国祭の時だった。もしかしたら、もうすでに父の中ではアリアスの婚約者は決まっているかもしれない。
「せめて、優しい人だったら良いわね……」

 ディアノス王国一二〇年建国祭、当日。国はお祝いムード一色だった。隣国の賓客が首都に多く押し寄せてきていた。城内は準備でてんやわんや。この日だけは城中の使用人たちも王族たちと同じものを食べることができるので、どこか浮足立っているように見えた。
 アリアスは朝早くから身体を清め、今日の夜にある建国を祝う晩餐会に出るための準備をしていた。お姫様の身支度はものすごく時間がかかる。それにもまして、今日は多くの賓客を招いている状態なのだから、普段よりも更に支度に時間がかかった。
「……もうリボンなんて適当でいいわ」
 髪に巻きこむリボンはこれで五回はつけたり外したりしている。当初決めていた、ドレスもここに来て変更しそうで怖い。
「いいえ! 今日は一段と美しい姫様でいてもらわないと」
「そうですよ! 近くの国から格好いい人が来ているかもしれませんよ!」
 メイドたちは自分のことより楽しそうにアリアスの髪をいじっていた。アリアスは慣れてはいるものの、毎年メイドたちの気合の入れようがパワーアップしていっているように感じる。
 結局、当初予定していたピンクのドレスはアリアスの黒髪にはあまり合っておらず、急遽ブルーのドレスに変わった。それによってつける宝飾たちもサファイアなどを基準に変更されていった。
「……ふう、これでどうかしら?」
 アリアスは大きな鏡の前でくるりと回ってみせる。
「素敵です! まるで絵画から出てきた女神様のようです!」
「本当に!」
 メイドたちはアリアスの姿を感極まった表情で見つめる。その光景にアリアスは苦笑を漏らす。
(ちょっと、大げさよね)
 だが、彼女たちはこれが仕事で、もしも周りに「姫が貧相だ」なんて言われた日には国中の問題になってしまう。それはメイドたちにとってはプライドの問題でもあるのだ。
「ありがとう、みんな。今年もお疲れ様」
 アリアスがみんなに感謝を述べると、一気に和やかなムードになる。
「姫様ってば! まだまだこれからが本番じゃないですか!」
「そうですよ!」
 確かに、この後が問題なのだ。夜に行われる晩餐会ではダンスも予定されている。アリアスはダンスが苦手というわけではないが、得意というわけでもない。しかも、この国の姫が踊るとなればそれなりに注目もされる。
(……私と踊る羽目になる人が可哀相ね)
 そんなふうに考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「姫様、準備はいかがです?」
 レオナルドがドア越しに声を掛けてきた。
「ええ、終わったわ」
 その声を聞いてから、レオナルドはドアを開く。アリアスはレオナルドにドレス姿を自慢気に見せてみる。
「馬子にも衣装とはこのことですね」
 にっこりと微笑まれているが、口から出ている言葉はこの国の姫に対して言う言葉ではない。それを気づいているメイドたちはレオナルドに非難をあびせた。しかし、レオナルドもそんなメイドたちの言葉には慣れっこなので大して怯みもせず部屋に入ってくる。
「お時間が迫っているので、会場へ移動をお願いできますか」
「はいはい、行きますよ」
「返事は一度で結構ですよ。これから各国の賓客、貴族たちを迎えるんですから礼儀作法はしっかりしておいてくださいね」
 レオナルドの小言は際限がないのだろう。何を言ってもこんな感じに返されてしまうので、言い返すのも疲れてしまった。アリアスは溜息をつくとレオナルドに連れられ部屋を出た。

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