腐ったお姫様は冷酷王子と恋に落ちる

縁緑

一話

 とあるところに、とても美しいお姫様がいました。お姫様の髪の毛は、まるで夜空を広げたような黒髪。お姫様の肌は陶器のように美しく、瞳は翡翠ひすいのように輝くグリーン。誰もがお姫様を見て「美しい」と漏れ零す。
 しかし、そんな美しいお姫様にも悩みがあった。それは――
「レオナルド!」
「なんですかアリアス姫……」
 姫と呼ばれた少女は、姫としてあるまじき行為である廊下を全力で走ってきた。それを見た執事のレオナルドは、端正な眉を深く寄せる。
「姫! あれほど走ってはいけないと言っているじゃないですか!」
「そんなことどうでもいいわ! ついに見つけたのよ!」
 アリアスはレオナルドの腕を引っ張り、レオナルドを連れ窓の近くに立つ。そして庭を指差す。
「あれをご覧なさい!」
 レオナルドは言われた通り、アリアスの指の先を視線で追う。そこには最近雇い始めた庭師のウィルが仕事をしていた。
 またか、とレオナルドは呆れたように溜息を吐く。
「ついに見つけたわ! 理想の身体を!」
「姫、あまり大きい声ではしたないことを言わないでください」
「ほら見て、重い荷物を持ち上げるときの上腕二頭筋じょうわんにとうきん……素晴らしいわ……それに浮かんでいる汗がなんとも」
「はい、そこまでです」
 レオナルドは不敬罪ふけいざいも恐れず、アリアスの口を手で塞ぐ。しかし、アリアスは気にせずレオナルドの手の中で「もがもが」となにかを伝えようとしてくる。
「っぷは! く、苦しいじゃない!」
「失礼しました。ですが、そういう下品な言葉はこの城内では許されませんよ」
「……わかってるわよ。でもあの筋肉をみて、どうしても衝動が抑えられなかったのよ!」
 レオナルドは感じた。これはマズイ、と。なぜなら、この美しい姫には止められない欲望というものがある。そう、それこそ――
「創作意欲が高まるわ!」
 そう、美しい姫は男性同士の恋愛を小説にすることが趣味のとても変わった姫だったのだ。しかも、偽名を使い、城下町でその小説を広めているという事実もある。それに関わっているのがレオナルドだった。
「……姫」
「ええ、わかってるわ……今書きかけのものがあるもの……それが終わってからの着手にするわ。締切はちゃんと守らないと駄目よね」
「そうじゃありません」
 レオナルドは何度目かになるかわからない溜息を吐く。
「姫、あなたは社交界のデビューも果たしたのに……少しはこの国の姫としての意識を持っていただかないと」
「う……」
 アリアスはレオナルドの言葉に何も返せなくなる。姫としての役目は理解はしているからだ。自身がこのディアノス王国の姫で、継承順位は八番目で下から数えたほうが早いくらいだが、それでも姫としてやるべきことは多い。
 父である国王のディアンティウス八世が、賢王として治世をしいている以上、それに恥じないよう教養を身につけたり、国民のためになるようボランティアをしている王族もいる。
 そして何よりしなくてはいけないこと。それは――
「早く、結婚していただかないと」
「ああ! 言わないでっ!」
 アリアスは顔を両手で覆い隠しながら、赤くなる自身の頬を隠す。熱を持った頬は簡単には色が引かなそうだった。
 そう、美しいお姫様の悩みとは――「政略結婚せいりゃくけっこん」のことであった。

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