臍(へそ)

西坂要石

発端

 日本海に面した崖を少し古びた電車が通り過ぎて行く。トンネルがあったりなかったりを繰り返してようやく広い台地に入り込むことができたと思ったら駅であった。みかん畑や桑畑が山々に設けられており私の目をほんの少し楽しませる。ホームに電車が着き窓が開いたので、私は席を立って鞄を持ってすっかり飽きていた車内から外に出た。
 
 私はもともと一つのところにじっとしているのは好きではない。常に動き回っていたいタイプでADHDと診断されてもおかしくないほど毎日シャカシャカと歩き回っていた。走ることはしないのは運動音痴だったからである。その原因は幼稚園の頃、リレーをやってとても早かったのにある男の子が「お前は遅い」と言ったからだと記憶している。その男の子の心理は知らないが私は生まれて初めての純粋な悪意に言葉が出なかった。恐縮して縮んでしまった。それ以来、私は遅くすることを心がけた。もし、早く走ったらその男の子に呪いをかけられたことになる。遅くすることによって呪いを回避したとも言える。そうしたら、かれはそのままを言っただけになるからだ。
 
 アドラー心理学が好きな人なら驚かれると思うが私はそういうところがある。まず、人の悪意というものを信じてみることにしている。そこには、何かしらの生きる知恵というか、マイナスの美学にあふれていると思うからである。電気的な拒否反応というか。私に経験はないがもし女性に頬を張られた人がいたらそれは絶対にその女性の言うとおりにした方がいい。多分、彼女には何かが降りている。その降りている声に従うことによって、かえって不幸から遠ざかることができる。

私はこの町のホームに降りて直ぐに頬を張られた気分になることができた。日本の臍がこんな町にあるとは到底思えないが

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