流し人形

白河よぞら

第22話 深まる謎

「そういえば、例の男の子はどこ行ったんですかね?」
「男の子?」
「ええ。三峯警部が連れてきた男の子。緑川修也くん、ですよ」
「そういえばそんな子もいたな」

 昨日の今日で色々ありすぎて忘れかけていたが、そういえば、三峯警部を探していた理由の一つがその男の子であったことを思いだしていた。

「け、警視正! 大変です!」
「どうした?」
「さ、昨日発見されたお年寄りが、病室から消えました!」
「なんだと?」

 消えた? なぜ? どうやって? いや、今はそんなことを考えているだけ時間の無駄なような気がした。気がついた時には、緊急配備をかけていた。

「香坂警視正」
「・・・・・・」
「警視正?」
「やめとけ。そうやって黙りこくった時は、大体何かを考えている時だ。話しかけて邪魔だけはするなよ」
「は、はぁ」

 少し年のいった刑事が、年若い刑事に対して説明をしていた。刑事の言うとおり、香坂警視正は、顎に手を置き何かを考え込んでいるようであった。
 三峯警部の首に残された索条痕は、首の前方部、つまり、喉仏のある位置から一定の距離まで伸びており、首の両わきに到達する前には消えている。確実に首を絞めて殺そうとするならば、索条痕が首の後ろまで残るような絞め方をするはずであるが、三峯警部の首の裏側には、痕が残っていなかった。本来、立っている人間を首を絞めて殺すのであれば、やはり首の後ろまで索条痕が残っているのが普通だが、実際には違っていた。これは、三峯警部が立った状態で殺害されたわけではない、ということだ。
 それならば、一体どのタイミングで殺されたのか。頭部に裂傷が残っており、生活反応が見られたことから、殺害される前に頭部を殴打し、この部屋に連れてこられたと推測出来る。なぜ直接この部屋なのか。それは、からくり扉が理由を物語っている。もしも、我々警察が来た後にからくり扉を開き、地下へと幽閉したのなら、少なからず内外にいた警官たちにその物音が聞こえているはずである。しかし、実際にはそんな物音は聞こえなかった。つまり三峯警部は、気絶させられた後にこの部屋に連れてこられ、イスにくくりつけられたまま殺害された、と考えるのが妥当であった。
 重要参考人の緑川敦也は、何者かによって殺害された。昨日発見された、緑川祥子も他殺だった。緑川祥子の方は溺死、緑川敦也の方は中毒死だと思われると報告を受けている。

「・・・・・・消えた老人と、消えた少年・・・・・・。ん? 老人・・・・・・?」
「香坂警視正?」

 その時、唐突に刑事の方を香坂警視正が振り返った。そして、肩を持って揺すってきた。

「おい、この家の本来の住人は誰だ!」
「は、は?」
「今回、帰省していなかったとして、誰が住んでいる。一人だけか?」
「い、いえ。2人のはずです」
「! ・・・・・・やはりそうか・・・・・・」

 刑事からその言葉を聞いて、香坂警視正は再び考え込んでしまった。
 おかしいと思っていた。あの、四肢が切断され、内臓も血液も全て抜き取られた遺体。検視はすでに終わっており、司法解剖も終わっているのに、未だにつかめていないその正体。なぜ未だに身元不明なのか。
 その気になれば、皮膚などからもDNA鑑定を用いて身元照会などはすぐに行えるはずだった。しかし、それは難航を極めていた。なぜなら、すでにDNA鑑定は行っており、結果は出ている。しかし、その結果として出てきたのが、すでにこの世にいないはずの人間だったからだ。

「緑川・・・・・・俊蔵・・・・・・」
「え?」

 緑川俊蔵というのは、修也の祖父で、敦也の父親である。公的な記録によれば、二週間前に足を滑らせて川に転落。その後、下流域にて遺体となって発見されていた。しかしそうなると、謎が増えるのだ。

「だとすれば、人形流しの人形を作っていたのは誰だ? ・・・・・・まてよ・・・・・・? 林」
「はい?」
「人形流しの人形作りが始まってから、緑川俊蔵とは誰か会ったか?」
「は? ・・・・・・確認してみます」
「頼む」

 もしも、香坂警視正の考えがあっていたとするならば、意外な真実が明らかになってくる。それは、こんな平凡な町では考えもよらない真実だ。しかし、その真実を裏付ける証拠が一切なかった。あるのは、状況証拠だけ。それも、たった一つだけ。仮に、推測が当たってたとしても、二つになるだけなので、どちらにしても完全に解決するにはピースが大幅に足りないのだった。

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