流し人形

白河よぞら

第8話 出てきたもの

 同日、12時頃。石動警察病院、解剖室。
 轟木町で発見された死体は、この石動警察病院へと搬送された。それは、この石動警察病院で司法解剖と検案を行うからだ。

「よーし、ゆっくりと運べー」

 処置台に死体が運ばれたあと、刑事立ち会いの下に解剖医が解剖を開始した。
 解剖医が、胴体部分の胸部からメスを入れてそのまま下へと動かして、胸を開いた。するとその瞬間、おびただしい数の蛆と尋常ではないほどの虫。そして、謎の液体があふれ出してきた。

「うわっ!」
「う、蛆がわいてる・・・・・・」
「こんなこと、ありえるんですか?」
「ない・・・・・・とは言い切れない。蠅蛆症ようそしょうというものもあるから。それに、腐乱死体にも蠅はたかる。しかし・・・・・・」

 体内で、これほどまでに蛆がわいて蠢いている死体は、今回対応している解剖医にとっても初めての出来事であった。
 3人が驚いていると、体内にたまっていた液体が、床へと少しこぼれてしまった。さすがにそのままにしておくのは汚いので、人に頼んでこぼれてしまった液体を掃除してもらうことになった。

「よし、この液体を検査に回してくれ」
「はい」

 看護師に、体内にたまった液体を入れたアンプルを渡して、残った液体は全て別の容器へと移し替えることにした。
 液体を吸引していると、1人の解剖医がとある不自然なことに気がついた。

「あれ、このご遺体、おかしくありませんか?」
「・・・・・・ああ、お前も気づいたか」

 もう1人の年のいった解剖医も気づいていたらしく、若い解剖医の意見に賛同していた。何か不自然な点があるのかと思い、解剖を見守っていた刑事がのぞき込むと、そこには本来ならあり得ない光景が広がっていた。

「こ、これは」
「このご遺体、内臓の一切がありません・・・・・・」

 そう、液体を吸引している途中に気がついたのである。全ての内臓がない、ということに。しかも、おかしな点はそこだけではなかった。

「なんだ、これ」

 液体の吸引を進めていると、液体で真っ赤に濡れ、水分を吸って重くなった、クマのぬいぐるみが出てきたのである。

「くまの・・・・・・ぬいぐるみ?」
「なんで、こんなものが身体の中に」
「空っぽだ・・・・・・」

 謎の液体を吸引し終わると、そこには内臓が入っていない、骨と皮だけになった遺体のみがあった。

「ふぅむ・・・・・・」

 それからも解剖は続けられ、解剖開始から1時間が経った頃、ようやく死因が特定された。
 少し気持ち悪くなり、解剖室から退出した刑事の元に、解剖を担当した2人の解剖医が、缶コーヒーを持ってやってきた。

「待たせたな」
「ああ、先生。うぷっ」
「おっと、ここで吐くなよ? 吐くなら、トイレで吐いてくれ」
「す、すいません。大丈夫です」

 気持ち悪そうにしている刑事のことを、ヤレヤレといった感じに見ていた2人であったが、若い解剖医の方は、背中をさすってあげていた。
 少し落ち着いたので、若い解剖医は刑事の隣に腰をおろし、今回の解剖の結果わかったことを説明し始めた。

「まず死因ですが、縊死だと思われます」
「縊死、ですか?」
「ああ、絞殺体だ。首が中途半端にしか残っていなかったから大変だったが、残っていた部分にわずかだが、タオル状の何かで首を絞められた痕があった。だが・・・・・・」
「吉川線がないので、自殺か他殺かは判断することが出来ません」
「とはいえ、状況から見ても他殺だろう」

 吉川線とは、首を絞められたことによって発生する索条痕とは別に、首を絞められた際にそれを振りほどこうとして首に残る、被害者自身が自分自身につける、ひっかき傷のことだ。これを以て、他殺か自殺かを判断する基準となる。

「それと、他にも色々とわかった。あとで報告書にはまとめるが、一応説明しておこう」
「はい、お願いします」
「まず、遺体には血が一切残っていなかった」
「血が、ですか?」
「ああ。それと、四肢や首、陰茎が切断された際に、出血した痕がないことから、血が抜き取られたのは、死亡してから切断されるまでの間だ」
「なぜ、そう言い切れるんですか?」
「切断された部分に、生活反応が見られない」

 生活反応は、生きている人間のみに発生するもので、主だったものでいえば、呼吸や治癒、皮下出血などが挙げられる。この全てが、死体には発生し得ないため、犯罪捜査などにおいて、事故や他殺・自殺を見極めるためにも重要である。

「生活反応、ですか」
「ああ。お前も刑事なら知っているだろう。死んだ人間の皮下出血は凝固する。そして、治らない」

 例えば、亡くなった人間を引きずると、地面に接地していた箇所に赤く、又は、赤紫色に変色した部分が発生する。これが皮下出血であり、生きている人間であれば、これは自然と治る。これは、人間や動物が持つ治癒能力によるもので、死亡した人間の場合これが働かないため、皮下出血が治ることはない。

「ほれ、これが報告書だ」
「あ、ありがとうございます」
「これから、署に戻るんだろ?」
「え? は、はい」
「頑張れよ」
「はい、ありがとうございます!」

 刑事は、解剖医から報告書と解剖記録を受けとり、石動警察署へと戻るために、踵を返した。急いで地下駐車場へと向かい、自分の車に乗りこもうとした時、不意に呼び止められた。

「あ、待ってー!」
「もう、何ですか?」

 刑事が振り返ると、そこには先ほどの若い解剖医の姿があった。
 走ってきたのか、その若い解剖医は肩で息をしていた。

「どうしたんですか?」
「いやぁ、間に合ってよかった・・・・・・」

 その若い解剖医が顔を上げたその瞬間、刑事は若い解剖医に寄りかかるようにその場で崩れ落ちた。

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